日本郵船・浅間丸の写真 2492L

● 日本郵船・浅間丸の写真 額入りジクレーアート
 ≪MS Asama Maru, NYK LINE≫


額縁・マットの色をプルダウンにてお選びください

日本郵船・浅間丸の写真 2492L

価格:

7,832円 (税込)

額・マット:
購入数:

送料無料。お届けはご注文後約7日です。価格にはアートプリントとマット・額縁、全て含まれます


商品名 :日本郵船・浅間丸の写真 2492L
作品名 :MS Asama Maru, NYK LINE
作者名 :Walter E. Frost
製作年 :1936
額縁・マット : カマボコ型 12mm t=1.5mmx2枚ダブルマット 前面1.5mm厚クリアーガラス
          額縁とマット色をお選びいただけます
           ・黒艶消し額縁 X ブラウン/ライトベージュ・ダブルマット
           ・白ツヤ額縁 X ネイビー/ライトブルー・ダブルマット
額縁サイズ : 440mm x 365mm
作品サイズ : 335mm x 230mm (内側マット抜きサイズ、表側オーバーマット抜きは345 x 240mm)

・ フレームの詳細

額装色見本

・ ディスプレーイメージ : 大きさの参考にしていただくためのイメージ写真です

日本郵船・浅間丸の写真 2492L、ディスプレーイメージ

・ 額入りジクレーアートについて

当商品は伊勢和紙に顔料インクを用いたレプリカジクレープリントを、日本製の額装材料にてアート額装したものです。作品に奥行きを持たせるダブルマット(濃淡二重のマット)仕様です。
三重県伊勢市の伊勢和紙は江戸期より伊勢神宮奉書紙として漉かれ、伊勢神宮ばかりでなく全国の神社の神宮大麻(お札)として使用されています。インクジェットアートプリントへの取り組みに意欲的で、伊勢和紙アートペーパーは阿波紙と並ぶ新たなアート材料として世界中の写真家やアーティストに使用されています。無酸性和紙に顔料インクを使用することによりシルクスクリーン、リトグラフ、オフセットプリントに比べ、格段に耐光性・保存性が良く、長期にわたって鑑賞に耐えます。表面テクスチャーはマーメード紙やキャンソン紙程度の強さを持ち、厚めに乗せた顔料によって深みのある風合いが楽しめます。
製作にあたってはデジタル撮影、またはスキャニングした画像データに経年保存による傷の補修、色あせや黄ばみは原画の表現を損なわない範囲で色調・彩度の可塑修正を施し、再度、作品ごとの印刷プロファイルを微調整して仕上げ、新たなアート作品としてお楽しみいただけます。


● 日本郵船 浅間丸の写真

少し客船史を齧ったことがある方であれば、ほぼ全員が「戦前の代表的な日本の客船は?」と問われれば浅間丸の船名をあげることでしょう。カナディアンパシフィックやダラーライン(後のAPL)の新船投入、物心両面で後ろ盾となっていた安田財閥の安田善次郎が凶刃に倒れたことにより、サンフランシスコ航路経営を切り拓き奮闘した浅野総一郎の東洋汽船は行き詰まります。日本郵船は、財界と政府の仲介でサンフランシスコ線事業を分離・設立した第二東洋汽船との合併を呑みます。サンフランシスコ線事業の評価は高く日本郵船としては厳しい合併でしたが、破談になれば第二東洋汽船と大阪商船の合併に発展することが予想され、郵商逆転もあり得たために合併せざるを得なかったと伝わります。サンフランシスコ線事業を引き継いだものの、東洋汽船が残した天洋丸は日本初の1万トン級客船ながら合併成立の1926年時点で船齢18年、競合他社の敵ではありませんでした。そこで日本郵船が立案したのは、欧州線に靖国丸・照国丸、シアトル線に氷川丸・日枝丸・平安丸、そしてサンフランシスコ線に浅間丸・龍田丸・秩父丸、一挙七隻の新船建造という大規模な増腹計画でした。
花形航路、サンフランシスコ線への日本郵船の注力はかなりのもので、外国人旅客受け入れに万全を期するため欧州の提携会社(例えばキュナードライン)へ船長から給仕に至るまで研修に派遣、受け入れたキュナードラインはその派遣人数の多さに日本郵船が「一体何万トンの客船を建造しているのか?」と訝しんだいう逸話もあったほどでした。船体建造と船内設備はやはり外国客船に比肩する水準であることを証明するロイド船級最上級(後のA1グレード)を取得しました。浅間丸は1929年サンフランシスコ線に就航、最大トン数と最高出力は姉妹船の秩父丸に譲ったものの、同年第四次航海で横浜・サンフランシスコ間を12日3時間22分で走破して速度記録を樹立、記録は僚船の龍田丸や秩父丸にも破られることはありませんでした。香港での座礁事故、房総沖での英軍艦による臨検とドイツ人乗船客引き渡しが大問題となった浅間丸事件などエピソードにも事欠きませんが、最後は海軍輸送船として兵員輸送の従事、1944年台湾南方沖で米潜水艦の雷撃を受けて沈没ました。浅間丸級の建造にあたっては、鋼材からインテリアデザインとその材料、設備に至るまで殆どが輸入され、実質的に客船をを輸入して組み立てたのみとも言われ、これを揶揄する如き評論も散見されますが、これは見当はずれなものです。当時の日本に外国船建造に比肩する技術力が無かったともいわれますが、これも的外れな指摘で、この頃すでに日本は船舶の保有トン数で世界第3位、工芸技術が世界最高レベルにあったことは19世紀中頃のパリ万博、ロンドン万博で日本の工芸やデザインが純粋な西洋美術的観点から見ても欧州の人々の度肝を抜いたことでわかります。日本郵船があえて輸入に頼ったのは、一段格下に見られがちだった日本の客船が世界最高レベルにあることを論理的にステップアップさせる意図がありました。建造の事情につき曲解めいた論説が多いのであえて一言添えておきます。
さて、今日、その確かな理由は判りませんが、やはり浅間丸は別格扱いをされているように見受けられます。浅間丸級のネームシップであるということを差し引いたとしても、浅間丸という響きがこの客船が永く親しまれる何かを持っていることは事実で、それは1930年代当時にやはり少年向け雑誌で描かれる客船が浅間丸であったのと同じものと感じます。ちなみに浅間丸の船名は富士宮市の浅間大社の社号を戴いたものです。日本郵船浅間丸、サンフランシスコ港外で撮影された写真です

・ 雑感

不思議な話かもしれませんが、日本郵船の社内にて客船と分類された船は、客船事業に再参入し1990年にクリスタルハーモニーが就航するまで浅間丸級三隻のみ、それ以外のすべての客船は貨客船とされていました。(正式な言い方ではないものの、貨物と乗客の主従により貨客船を客貨船を呼ぶこともあります。生前、クリスタル・クルーズCEO、日本郵船歴史博物館長などを務められた竹野弘之氏に聞いたところでは、戦前の日本郵船の客船は「客貨船でしょうねぇ」と 言われていた。法規上は12名を超える乗客を乗せる船は旅客船、いわゆる客船であり、それ以下は貨物船となる) 今もって、戦前日本の代表的客船に挙げられる浅間丸、こうして見ると、大きさの違いこそあるものの、やはり1930年代に大西洋で活躍したノルマンディーやクイーンメリーに匹敵する均整のとれた美しい建造物であることが今も人の心の琴線に触れるのだと感じさせられます (T.O.)

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