日本郵船・諏訪丸の記録写真 2506L

● 日本郵船・諏訪丸の記録写真 額入りジクレーアート
 ≪NYK Line SS Suwa-maru, Handing the SILK Seattle≫


額縁・マットの色をプルダウンにてお選びください

日本郵船・諏訪丸の記録写真 2506L

価格:

7,832円 (税込)

額・マット:
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送料無料。お届けはご注文後約7日です。価格にはアートプリントとマット・額縁、全て含まれます


商品名 :日本郵船・諏訪丸の記録写真 2506L
作品名 :NYK Line SS Suwa-maru, Handing the SILK Seattle
作者名 :anonymous
製作年 :1917〜1922
額縁・マット : カマボコ型 12mm t=1.5mmx2枚ダブルマット 前面1.5mm厚クリアーガラス
          額縁とマット色をお選びいただけます
           ・黒艶消し額縁 X ブラウン/ライトベージュ・ダブルマット
           ・白ツヤ額縁 X ネイビー/ライトブルー・ダブルマット
額縁サイズ : 440mm x 365mm
作品サイズ : 335mm x 230mm (内側マット抜きサイズ、表側オーバーマット抜きは345 x 240mm)

・ フレームの詳細

額装色見本

・ ディスプレーイメージ : 大きさの参考にしていただくためのイメージ写真です

日本郵船・諏訪丸の記録写真 2506L、ディスプレーイメージ

・ 額入りジクレーアートについて

当商品は伊勢和紙に顔料インクを用いたレプリカジクレープリントを、日本製の額装材料にてアート額装したものです。作品に奥行きを持たせるダブルマット(濃淡二重のマット)仕様です。
三重県伊勢市の伊勢和紙は江戸期より伊勢神宮奉書紙として漉かれ、伊勢神宮ばかりでなく全国の神社の神宮大麻(お札)として使用されています。インクジェットアートプリントへの取り組みに意欲的で、伊勢和紙アートペーパーは阿波紙と並ぶ新たなアート材料として世界中の写真家やアーティストに使用されています。無酸性和紙に顔料インクを使用することによりシルクスクリーン、リトグラフ、オフセットプリントに比べ、格段に耐光性・保存性が良く、長期にわたって鑑賞に耐えます。表面テクスチャーはマーメード紙やキャンソン紙程度の強さを持ち、厚めに乗せた顔料によって深みのある風合いが楽しめます。
製作にあたってはデジタル撮影、またはスキャニングした画像データに経年保存による傷の補修、色あせや黄ばみは原画の表現を損なわない範囲で色調・彩度の可塑修正を施し、再度、作品ごとの印刷プロファイルを微調整して仕上げ、新たなアート作品としてお楽しみいただけます。


● 日本郵船・諏訪丸の記録写真

日本郵船は1893年、初の遠洋航路ボンベイ線を開設、外国船に頼っていた綿花輸入を社船(政府補助を受ける日本郵船、大阪商船)に切り替えることに成功しました。1896年にはロンドン支店を開設、ボンベイ線を延伸して欧州線を開設します。今日の目線は花形の太平洋航路に向かいがちですが、当時の欧州航路は国策としてはむしろ太平洋航路より重要と考えられていました。日本郵船は、1913年に香取丸と鹿島丸、翌1914年には諏訪丸、八坂丸、伏見丸、合計5隻の新造貨客船を欧州線に投入します。諏訪丸は諏訪丸型ネームシップで、三菱長崎造船所で建造、蒸気レシプロ2基で巡航13ノットの航海速力を持ちました。第一次大戦戦禍を避けるため1917年から1922年の5年あまり、シアトル航路に配船されていました。1922年欧州線に復帰、第二次大戦では海軍輸送船となり1943年ウェーク島(ウェーキ島)で入港直前に米潜水艦の雷撃を受け、沈没を避けるためにサンゴ礁に乗り上げ擱座・放棄されました。(戦後、駐留する米兵が朽ちてゆく諏訪丸から外して持ち帰った真鍮の窓枠は、現在横浜の日本郵船歴史博物館に保管展示されています)
諏訪丸は、浅間丸や氷川丸のように広く話題に上る客船ではありませんが、今日飛鳥IIのファンネルでも鮮やかに描かれる日本郵船の二引きのファンネルマークが初めて使用された貨客船でした。1927年のある日、日本郵船神戸支店の職員が外国船の色とりどりのファンネルを眺めて「何故、社船のファンネルは黒一色なんだろう」と思ったことがきっかけだったと伝わります。当時は日本郵船も大阪商船もファンネルは黒一色でした。1885年に郵便汽船三菱と共同運輸が対等合併して日本郵船が誕生した際に定められたのが白地に横赤線二本、いわゆる二引きの社章・社旗ですが、これを港内のタグボートなどのファンネルにペイントして試用、1929年にファンネルマークに正式採用され、この第一号となったのが諏訪丸でした。
また、あのチャールズ・チャップリン、氷川丸に乗船したことは良く知られていますが、実はチャップリンが日本郵船の客船に初めて乗船したのは諏訪丸が最初でした。1931年から1932年にかけての一年半に及ぶ旅行は、ハリウッドで成功したチャップリンの二度目のロンドン凱旋帰国でした。英国出国にあたっては、豪華で巨大な欧米の客船を選ぶことはなく、こじんまりと家族的な日本の客船、諏訪丸を選んだといわれます。チャップリンは、諏訪丸を大層気に入り、再度日本郵船の照国丸に乗り継ぎ来日、そして離日にあたっても日本郵船の客船を指定して氷川丸でアメリカへ帰国しました。諏訪丸デッキで船長と撮った写真も残されています。(チャップリンのことで脱線すれば、来日中には毎日欠かさず日本橋の天ぷら屋、花長に通ったとといわれ、一度に32尾もの海老の天ぷらを食したと言われています。帰米に際してはダラーライン、カナディアンパシフィックとの激しい勧誘運動がなされましたが、急遽花長に料理人を派遣して御座敷天ぷらを習得させたことが氷川丸を選んだ理由になったと言われています。尚、高級御座敷天ぷらの花長は日本橋を引き払い大田区へ移転、庶民的な天ぷら屋さんとして再スタートしています)
日本郵船諏訪丸。シアトル港、荷揚げ作業中(前部、絹の荷揚げが見られます)の写真です

・ 雑感

この写真はシアトルの収集家所蔵によるもので、撮影者や日時が特定されていません。保存されている写真は、八つ切り程度のサイズながら状態は余り良くなく、無数にあったプリントの傷はデジタル修復しました。何より面白かったのは、この写真が「シアトルの荷役風景」としてのみ残されていたことで、撮影者も保管する収集家も、この船が日本郵船の諏訪丸であることには全く頓着しておらず「船名不明」としていたことです。たまたま、このプリントを見つけた際に、どことなく日本郵船の船に見えた(まだファンネルマーク採用前なので、一見ではわかりません)ので詳細にチェックすると・・・救命ボートにSUWA-MARUの字が読み取れために貴重な写真を得ることができました。実は、日本郵船のシアトル航路についての研究をしていたところ当写真を見つけましたが、探していたのは当時の絹の荷役の写真でした。他に良い資料は意外にも見つからず日本郵船のシアトル航路船の「シルクルーム」から偶然に掘り当てた写真です (T.O.)

【Maritime Gallery Ocean-Note】


● ジクレーアートプリント・客船の写真L 「ART OF SHIP」 INDEX

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