海 ポスター : Jボートのマッチレース、マーク回航
ヨットのスプリントレースの象徴的なシーンといえば、マークの回航で遠くからマストが交叉するように見える瞬間です。ともに1930年に建造され、ニューヨークの海で競り合うJクラスヨット、エンタープライズとヤンキーのポスターですポスターの解説
ヨットレースといえば、マーク回航でマストが交叉するように見えるシーンが印象的で、イラスト化されていろいろなヨットレースのイメージロゴマークなどにもなっています。意外なことにこの写真はその元祖かもしれません。高い一本マストに鋭い三角形のメインセールが海に現れたのは1930年代だからです。このポスターでマストを交える米国のJクラスヨット、エンタープライズとヤンキーは共に1930年、紅茶王トーマス・リプトン卿の5度目にして最後の挑戦、新しいJクラスのルールで建造されたシャムロック5世に対するアメリカズカップ防衛のために建造されました。ヤンキーはフランク・パインの設計、米国英国合わせて10艇のみが建造されたJクラス艇のなかで、別格のレンジャーを除けば最速だったといわれますが、ターンの性能に劣り、1930年、1934年ともに防衛艇の候補になりながら1930年はエンタープライズに1934年はレインボーにその座を譲りました。エンタープラーズはスターリング・バージスの設計、天を突くバミューダマストはアルミ製で、ヨットの総重量はリプトン卿のシャムロック5世の3分の2という当時のハイテクヨットで、美しいシャムロック5世を全く寄せ付けずカップを守りました。今日現存するJクラスヨットは3艇のみ、いずれも英国艇で、エンタープライズ、ヤンキーともに第二次大戦の混乱の中、1940年代にスクラップにされてしまいました。フレーム入りポスターの仕様
作品名 :Regatta of Excellence, Enterprise and Yankee エンタープライズ&ヤンキー作者名 :Rosenfeld Collection ローゼンフェルドコレクション
製作年 :1934
出版元 :Mystic Seaport Musiumn
印刷国 :U.S.A.
額縁・マット : 黒パール 40mm、パープル色マット、前面1.5mm厚クリアーガラス
額縁サイズ : 525mm x 675mm
作品サイズ : 350mm x 500mm (マット抜きサイズ)
ポスターのフレーム(額縁)詳細
ポスターの作者について
モーリス・ローゼンフェルドは1885年オーストリアに生まれ、一家はアメリカに渡りニューヨークで育ちました。彼は写真家の道を選び、当時アメリカで最も成功していた海の写真家のひとりであったエドウィン・レビックの下で働きます。独立して自らのスタジオを持ったのは1910年、海の商業写真の仕事は順調で、モーリスの3人の息子たちは次々と父の仕事に参加することとなります。1929年、そのキャリアの頂点でエドウィン・レビックが急逝しました。レビックはアメリカズカップのオフィシャルフォトグラファーでしたが、1930年のレースではレビックの急逝を受けて、ローゼンフェルド達も撮影に参加しました。以後、ローゼンフェルド家はアメリカで並ぶべきものが無い存在としてアメリカズカップをはじめとするアメリカの海のシーンを撮り続けました。1968年、モーリス・ローゼンフェルドは亡くなり、それ以降も有名な”Flying Spinekers"や"Once in a Lifetime"を撮ったスタンレーを中心にビジネスは続けられましたが、1984年100万枚にも上る膨大なネガ・フィルムは、コネチカット州のミスティックシポートミュージアムに売却されました。1983年、永遠と思われていたアメリカスカップの防衛に敗れカップがオーストラリアに渡ったことや、アメリカズカップが変貌しスポンサーのロゴが大きく描かれるヨットの写真を撮ることに意義を見出せなかったのだといわれます。2002年スタンレー・ローゼンフェルドはマイアミの自宅で永眠しました。ローゼンフェルド家の作品は、写真集"Sail & Sailing"(重版未定、市場在庫のみ)、"A Century Under Sail"(スタンレー自身による編集)、"Sleek"に見ることができます。ポスター 詳細
※著作権保護のため透かしを入れていますが、実際のポスターには入っていません

















