海 ポスター : ヨット、ジオとナイトウィンド
戦前、米国建造の12メータークラスヨット、ジオとナイトウィンドの雄姿。ニューポート沖と思われる海面をスピンネーカーを一杯に張って競り合う素晴らしい写真です。ポスターの解説
1920代頃から、米国においても、英国で提唱され普及しつつあったメータークラスルールに基づくレース艇が建造されるようになって来ました。既に19世紀末にはアメリカズカップは、スプリントレースとしてのステータスを確立しつつありましたが、クラブ間の私的レースであるため、そのルールは都度細かい修正がなされ、また水線長とセール面積から割り出したハンディキャップは、レースの結果を複雑なものにしていました。そうした点にも少なからず影響を受け、英国においてメータールールが提唱されたのです。1930年、メータールールとは別に存在したユニバーサルルールに基づきJ-Classヨットによる3回のアメリカズカップが開催されますが、米国内部でも、優れたバランスを持つ外洋レース艇の12メータークラスによるアメリカズカップ開催が模索されたようです。残念ながら第二次世界大戦勃発で、アメリカズカップの再開は1958年まで、待つこととなりますが、VimやNothen Lightなど優れた12メータークラスヨットをすでに米国は建造していました。戦後は周知のとおり、アメリカズカップは1987年まで12メータークラスヨットで争われ、文字通り12メータークラスヨットは(スプリント)レース艇の最高峰に位置づけられました。そういった米国初期の12メータークラスヨットのうちの2艇が、この写真に写されるUS8 ZioとUS13 Night Windです。残念ながら両艇とも現存しませんが、恐らくニューポート沖と思われる海面で、スピネーカーを張って疾走する素晴らしい写真です。ローゼンフェルドコレクションの集大成のうちの一冊(ミスティックシーポート編集による最初の写真集)では、有名な"Flying Spinnnekers"ではなく、この写真"Zio & Nightwind"が取り上げられています。フレーム入りポスターの仕様
作品名 :Zio & Nightwind ジオとナイトウィンド作者名 :Rosenfeld Collection ローゼンフェルド・コレクション
製作年 :1939
出版元 :Mystic Seaport
印刷国 :U.S.A.
額縁・マット : 白カマボコ 12mm、濃紺暗灰色マット、前面1.5mm厚クリアーガラス
額縁サイズ : 320mm x 260mm
作品サイズ : 225mm x 175mm (マット抜きサイズ)
ポスターのフレーム(額縁)詳細
ポスターの作者について
モーリス・ローゼンフェルドは1885年オーストリアに生まれ、一家はアメリカに渡りニューヨークで育ちました。彼は写真家の道を選び、当時アメリカで最も有名な海の写真家のひとりであったエドウィン・レビックの下で働きます。独立して自らのスタジオを持ったのは1910年、海の商業写真の仕事は順調で、モーリスの3人の息子たちは次々と父の仕事に参加することとなります。1929年、そのキャリアの頂点でエドウィン・レビックが急逝しました。レビックはアメリカズカップのオフィシャルフォトグラファーでしたが、1930年のレースではレビックの急逝を受けて、ローゼンフェルド達も撮影に参加しました。以後、ローゼンフェルド家はアメリカで並ぶべきものが無い存在としてアメリカズカップをはじめとするアメリカの海のシーンを撮り続けました。1968年、モーリス・ローゼンフェルドは亡くなり、それ以降も有名な”Flying Spinekers"や"Once in a Lifetime"を撮ったスタンレーを中心にビジネスは続けられましたが、1984年100万枚にも上る膨大なネガ・フィルムは、コネチカット州のミスティックシポートミュージアムに売却されました。1983年、永遠と思われていたアメリカスカップの防衛に敗れカップがオーストラリアに渡ったことや、アメリカズカップが変貌しスポンサーのロゴが大きく描かれるヨットの写真を撮ることに意義を見出せなかったのだといわれます。2002年スタンレー・ローゼンフェルドはマイアミの自宅で永眠しました。ローゼンフェルド家の作品は、写真集"Sail & Sailing"(重版未定、市場在庫のみ)、"A Century Under Sail"(スタンレー自身による編集)、"Sleek"に見ることができます。ポスター 詳細
※著作権保護のため透かしを入れていますが、実際のポスターには入っていません














