海 ポスター : 客船の復刻ポスター "Frach Line"
そのデザイン、サービス、スピード、今日まで史上最高の客船の呼び声も高いノルマンディ。1939年に第二次大戦のために運行停止した年、最後に使用されたポスターです。印刷ではなく、オリジナルポスターをデジタル技術で復刻したミュージアムクォリティーのプリントですポスターの解説
オリジナルは世界で4枚しか発見されていない貴重品!客船ノルマンディーの最後に使用されたポスターの復刻ジクレープリントです。このプリントは、いわゆる印刷とは違い、オリジナルのヴィンテージポスターをデータ化し、アートペーパーにインクジェットプリントしたもので、美術館によるオリジナル保存のための摸刻展示などにも利用される、デジタルジクレーという手法で製作されたものです。1920年代後半、欧州各国は巡航30ノット近い高速客船建造を競っていました。この速度であれば、4日で大西洋を横断し、2隻で東航、西航を週に一便運行できるからです。5万トン級の客船で、ドイツとイタリアはこの挑戦に失敗、1930年、わずか一ヶ月違いで、ドーバー海峡を挟みフランスとイギリスで8万トン級の客船が起工されました。後のノルマンディーとクィーンメリーです。世界恐慌の逆風の中、ノルマンディーはフランス政府の出資を受けたフレンチラインが国策会社になることと引き換えに完成しました。この船には、フランスの国家的情熱が注ぎ込まれ、速度、サービス、食事、そして最先端のアールデコ様式のインテリア、あらゆる面での最高峰を目指しました。1935年、期待に違わず、大西洋の初横断で速度計測地点と定められていた、ビショップロックからニューヨークのアンプローズ灯船間を29.64ノットで走破、イタリアのレックスからブルーリボン(大西洋横断の速度記録を塗り替えた客船の称号、ノルマンディの場合はニューヨークに青い30メートルのリポン=ペナント旗を掲げて入港する写真が残っています)を奪取しました。こうして「世界一の客船」の名を欲しいままにしたノルマンディ、翌1936年にはライバルのクィーンメリーが就航、ブルーリボンを奪取され、その後2度奪還、都合3度ブルーリボンライナーとなりますが、1939年、第二次世界大戦勃発でニューヨーク港88番桟橋から動くことが出来なくなります。1940年にはフランスがドイツと休戦協定、帰るべき祖国さえ失ったノルマンディは、1941年の日米開戦を受け適性資産としてアメリカに接収され、軍隊輸送のための改装工事中に失火、消火の放水によってあえなく転覆してしまいます。短い生涯の輝きがいかにまばゆかったかは、戦後、フランスがドコール大統領のフランス栄光政策のシンボルとしてノルマンディーを真似た”フランス”を建造したことでも窺うことができます。このポスターは数多いノルマンディが描かれたポスターでも最後に使用されたもので、実際の使用は大戦による運行停止により短期間に終わってしまったと推測され、リトグラフで製作された(オフセット印刷技術の本格的普及は戦後のことで、この時代のポスターはシルクスクリーンかリトグラフです)オリジナルは現在まで4枚しか発見されていません。夜のニューヨーク港でのノルマンディはシックでエレガントといわれたノルマンディ伝説をそまま表現しているように見えます。そして誇り高く "THE WORLD'S MOST PERFECT SHIP" とコピーライトされています。
フレーム入りポスターの仕様
作品名 :French Line フレンチライン作者名 :Siegfried Von Herkomer ジークフリート・ファン・ヘルコマー
製作年 :1939
出版元 :Vintage Arte
印刷国 :U.S.A.(Degital Gicree)
額縁・マット : 黒パール 40mm、ライトブルーマット、前面1.5mm厚クリアーガラス
額縁サイズ : 620mm x 800mm
作品サイズ : 365mm x 570mm (マット抜きサイズ)
ポスターのフレーム(額縁)詳細
ポスターの作者について
ノルマンディーの最後のポスターであり、オリジナルは大変な希少価値を持っているにも関わらず、作品左上に入れられた"HERKOMER"の文字の謎・・・未だに作者が解明されていません。一部のプリントショップにおいて、Sir Hubert von Herkomer=フンベルト・ファン・ヘルコマー(ハーコマー)とクレジットされますが、これは間違いです。写実的な肖像画で著名なドイツ系英国人であるヘルコマーは1849年生まれで、1914年には英国にて没しており、このポスターが製作された1939年はおろか、ノルマンディーが起工された1930年にはすでのこの世の人ではありませんでした。オーシャンノートにて調査した結果、少ない手がかりの中で、恐らく正解と思われる有力な作者はヘルコマーの息子、Siegfried von Herkomer=ジークフリート・ファン・ヘルコマーです。父親の方のヘルコマーは絵画だけでなく版画や彫刻、音楽から映画製作まで多彩な才能を発揮し、準貴族に列せられましたが、晩年にはスタジオを創設して活動していたようです。彼の弟子の中の一人には、無論、息子であるジークフリートも居ました。残念ながらジークフリートの人物来歴や作品も今日に伝わっていませんが、ジークフリート・ファン・ヘルコマーかあるいはヘルコマースタジオ?の作品であるというのが間違いのないところのようです。フランスのノルマンディーを何故、英国で描いたか・・・これも謎ですが、クィーンメリーと熾烈な競争をしていたノルマンディーであるからこそ、英国向けに・・・という意図があったのかもしれません。ポスター 詳細
※著作権保護のため透かしを入れていますが、実際のポスターには入っていません














