海 ポスター : 客船の復刻ポスター "NYK around the world"
1930年代冒頭、北太平洋航路に新造船を一挙6隻就航させ、世界有数の海運会社として名乗りを挙げる日本郵船が、1932年、主に欧米で使用するために製作したポスター。印刷ではなく、オリジナルポスターをデジタル技術で復刻したミュージアムクォリティーのプリントですポスターの解説
1932年、北太平洋航路へ一気に6隻の新造客船を就航させ、客船運行最盛期にあった日本郵船が使用したポスターの復刻ジクレープリントです。このプリントは、いわゆる印刷とは違い、オリジナルのヴィンテージポスターをデータ化し、アートペーパーにインクジェットプリントしたもので、美術館によるオリジナル保存のための摸刻展示などにも利用される、デジタルジクレーという手法で製作されたものです。戦前、太平洋の花形といえば北太平洋航路の客船でした。1929年から1930年にかけ、北太平洋における客船運行の覇権を握るべく、日本郵船は6隻の新造客船を就航させます。サンフランシスコ航路へは浅間丸、龍田丸、秩父丸、さらに北、北緯50度を越える厳海の航路をとるシアトル航路には外板を厚くした氷川丸、日枝丸、平安丸が巡航17-18ノットで定期運行に就きました。現在では、ボーイングの街と知られるシアトルは、当時”日本郵船が造った街”と謳われ、グレートノーザン鉄道で東部へ直結もしており、北米の太平洋への玄関として栄えました。日本郵船の船は、ライバルのカナディアンパシフィックラインよりも洗練されたサービスと安全性が大変高い評価を得て、後にあの喜劇王チャップリンが氷川丸に乗船した史実などもその優れた評価を裏付けています。この図柄は、その優れたデザイン性から、ヴィンテージポスター市場でも高い評価を得ているもので、6隻の新造客船投入により太平洋航路で覇権を握り、さらに、「世界的な海運会社たる」ことに意気上がる日本郵船が、日本ではデザインすることもままならない当時の最先端の図柄を採用し、国内というよりは主に欧米で使用するために製作した意欲的なものです。一般的には年代的なこともありアールデコ様式のデザインとされますが、オーナーの個人的コメントとては、アールデコ様式というよりは、その記号的なテーストから、キュビズム並びにロシア構成主義の影響の強さを感じさせるバウハウス様式といった方が正確だと思います。このポスターを評するときにアールデコと言い切ることには大変違和感を感じます。ポスターの字体そのものを見ても・・・まさにバウハウスですから。ちなみに日本郵船は、1961年に客船の運航から撤退したものの、今日では世界第二位の海運会社です。
フレーム入りポスターの仕様
作品名 :NYK around the world 日本郵船・アラウンド・ザ・ワールド作者名 :Georgii Hemming ギオルギー・ヘミング
製作年 :1932
出版元 :Vintage Arte
印刷国 :U.S.A.(Degital Gicree)
額縁・マット : 黒パール 40mm、ライトグレーマット、前面1.5mm厚クリアーガラス
額縁サイズ : 620mm x 800mm
作品サイズ : 415mm x 570mm (マット抜きサイズ)
ポスターのフレーム(額縁)詳細
ポスターの作者について
このポスターの作者はロシア系スェーデン人の建築家、ギオルギー・ヘミング(ゲオルギー・ヘミング)で、ピアニストであるフジ子・ヘミングの父親として知られています。ヘミングは妻、大月投網子とベルリンで出会い、フジ子もベルリンで生まれますが、その後、一時日本に移住していたとされ、その数年の間にこのポスターを手がけたのではないかと思われます。ヘミングはその後、スェーデンに帰国しました。元々建築家であったこともあり、グラフィックペインターとして他の作品は知られていませんが、少なくともこの作品を見る限り、ロシア系という出自からロシア構成主義の影響、そしてベルリンに在住していた事実と、このポスターに使用した字体からはバウハウスの強い影響を受けていたことが伺えます。尚、ギオルギー・ヘミングがバウハウスに在校、もしくは講師を務めた記録は発見できません。ポスター 詳細
※著作権保護のため透かしを入れていますが、実際のポスターには入っていません














