海 ポスター : アメリカズカップ、レインボーのフィニッシュシーン
1934年、海を渡ってきた英国のエンデバーが大健闘の2勝先行、アメリカズカップの防衛は風前の灯でしたが、レインボーがこの苦戦を覆しカップの防衛を果たしたフィニッシュシーンを写したポスターですポスターの解説
Rainbow=レインボーは1934年竣工、127フィートの8艇目のJクラスヨットです。英国の名艇Endeavor=エンデバーに対し2連敗したものの、歴史的な接戦に苦戦しながら防衛を果たしました。1851年にイギリス・ワイト島の海から(アメリカス)カップを持ち帰って以来、ニューヨークヨットクラブは14回の防衛を果たしており、ファイナルシリーズでアメリカの防衛艇は、1870年のマジックが1レース、1920年のレゾリュートが2レースを落としたのみで、ファイナルシリーズでのレインボーの2連敗はニューヨークヨットクラブにとってショッキングな出来事でした。この写真はレインボーが苦戦しながらも、この名勝負を制してカップの防衛を果たした瞬間を捉えたポスターです。フレーム入りポスターの仕様
作品名 :Rainbow's Finish レインボーズ・フィニッシュ作者名 :Edwin Levick エドウィン・レビック
製作年 :1934
出版元 :Unwrapped Collection
印刷国 :U.S.A.
額縁・マット : 白カマボコ 12mm、濃紺暗灰色マット、前面1.5mm厚クリアーガラス
額縁サイズ : 395mm x 305mm
作品サイズ : 250mm x 195mm (マット抜きサイズ)
ポスターのフレーム(額縁)詳細
ポスターの作者について
エドウィン・レヴィックは1869年、ロンドンに生まれました。父親の仕事の関係でフランス、エジプトなどを経て、1899年自身の仕事によってアメリカへ渡りました。通訳、記者を勤める傍ら、記事の執筆の仕事を発展させたニューヨークをベースとする写真撮影の仕事が彼の生涯の仕事となってゆきました。やがて、ニューヨークヨットクラブのオフィシャルフォトグラファーとなり、アメリカズカップを初めとする当時のセーリングスポーツの写真を撮り、1928年にはアメリカ写真家ブルーリボン賞を受賞し、名実ともにアメリカ屈指のマリタイムフォトグラファーとなりました。しかし、残念ながらその生涯の頂点を極めた翌年、心臓発作でこの世を去ります。一時その行方は不明だったものの(ニューヨーク市庁の倉庫に眠っていました)、1960年代、彼の残した43000枚の写真はコレクターに発見され、現在、ヴァージニア州のマリナーズ・ミュージアムに保存・管理されています。彼が途中で続けることが出来なくなった仕事は、1930年代終わりごろまで彼の妻と息子たちによって継続され、アメリカズカップのJ-Boat時代終焉まで、レビックのダイナミックな構図を見事に引き継いだ彼のスタジオのカメラマンたちによりレビックのクレジットの下で撮影されました。因みに、1930年のアメリカズカップからは、レヴィックのスタジオで働き独立を果たしていたモーリス・ローゼンフェルドもその撮影に参加しており、ローゼンフェルド家はモーリスに3人の息子たちを加え1970年代まで海の写真を撮り続けました。(推測ですが、J-Boat時代、つまりレビック急逝後のレビックのクレジットがなされたアメリカズカップの写真の中にはローゼンフェルドによって撮影されたものがあるかもしれません)レビックの写真はマリナーズ・ミュージアムの管理の下で出版されますが、書籍として出版されているものは、1893年から1937年までのアメリカズカップを記録した写真集"An America's Cup Treasury"のみで、現在重版の予定が定かでなく、フネを愛する人たちにとってはビッグボートの華やかかりし日々に思いを馳せることのできる貴重な本となっています。
ポスター 詳細
※著作権保護のため透かしを入れていますが、実際のポスターには入っていません















