海 ポスター : アメリカズカップ、レインボーの疾走シーン
1934年ニューポートの海のアメリカズカップ、思わぬ連敗からスタートしたアメリカズカップの防衛を果たすべく疾走するレインボーのポスターです。エドウィン・レビック・スタジオの代表作のひとつですポスターの解説
Rainbow=レインボー1934年竣工、127フィートの8艇目のJクラスヨットです。1934年のアメリカズカップにて防衛艇として、海を渡って来た英国の名艇Endeavor=エンデバーに対し2連敗、苦戦しながらも防衛を果たしました。アメリカにおいては、この名勝負は語り継がれるものであり、モデルシップの世界においても、1930年のエンタープライズ、1937年のレンジャーよりも、この苦戦=名勝負を制したレインボーの人気は高いようです。(イタリア、アマティ社の1/80シリーズが有名です)レインボーが、思わぬ苦戦を強いられる中、疾走するシーンのポスターです。フレーム入りポスターの仕様
作品名 :Rainbow's Run レインボーズ・ラン作者名 :Edwin Levick エドウィン・レビック
製作年 :1934
出版元 :Unwrapped Collection
印刷国 :U.S.A.
額縁・マット : 白カマボコ 12mm、濃紺暗灰色マット、前面1.5mm厚クリアーガラス
額縁サイズ : 395mm x 305mm
作品サイズ : 250mm x 195mm (マット抜きサイズ)
ポスターのフレーム(額縁)詳細
ポスターの作者について
エドウィン・レヴィックは1869年、ロンドンに生まれ、1899年アメリカへ渡り、ニューヨークをベースとする海の写真で成功してゆきます。レヴィックはニューヨークヨットクラブのオフィシャルフォトグラファーとして、アメリカズカップなどセーリングスポーツの写真を撮り、1928年にはアメリカ写真家ブルーリボン賞を受賞、アメリカ屈指のマリタイムフォトグラファーとなりますが、頂点を極めた翌年、心臓発作でこの世を去ります。レヴィックの仕事は第二次大戦勃発前まで妻と息子たちが引き継ぎ、アメリカズカップのJボート時代終焉まで、そのダイナミックな構図を引き継いだ彼のスタジオのカメラマンたちによりレビックのクレジットで撮影されました。その後、戦争の混乱で彼の写真は行方不明となり、1960年代になって、ニューヨーク市庁の倉庫に眠っていた43000枚に上る写真が発見され、ヴァージニア州のマリナーズ・ミュージアムに保存・管理されることになります。因みに、1930年のアメリカズカップからは、レヴィックの下で働き独立していたモーリス・ローゼンフェルドもその撮影に参加、ローゼンフェルド家は3人の息子たちを加え1970年代まで海の写真を撮り続けました。レビックの写真はマリナーズ・ミュージアムの管理の下で出版されますが、書籍としては1893年から1937年までのアメリカズカップを記録した写真集"An America's Cup Treasury"が出版されるのみで、重版の予定が定かでなく、ヨットセーラーたちにとってはビッグボートの華やかかりし日々に思いを馳せることのできる貴重な本となっています。ポスター 詳細
※著作権保護のため透かしを入れていますが、実際のポスターには入っていません















