海 ポスター : 戦前のアメリカズカップ、最後の勝利艇レンジャー
1937年当時、アメリカが持つ海の技術力の粋を惜しみなくつぎ込んだレンジャーのダイナミックなレースシーンのポスターです。最後のJクラスヨットであるとともに、スーパーJと異名された当時のハイテク艇の力強さが表現されますポスターの解説
忍び寄る戦火のためアメリカズカップは1937年を最後に中断されます。同時に1929年から採用されてきたJ-Classヨットのルールも、1958年のアメリカズカップ再開の時には新しいメータークラスのルールへ変更されたために、史上最も優雅といわれるカップレーサー、J-Classヨットは英米で10艇が建造されたのみでした。(周知のとおり、その後アメリカズカップは長い間、12mクラスで戦われることとなりました)最後のJ-ClassヨットとなったRanger=レンジャーとEndeavour2=エンデバー2は1937年、ニューポート沖の海でアメリカズカップを賭けて戦いました。レンジャーは名ヨットデザイナー、オーリン・ステファンスによって設計され、4-0で楽々エンデバー2を下しカップを防衛しました。合板にスチールを組み合わせた構造は初期トラブルを克服し、後にSuper-Jとの称号を得ることになります。最後のJボート、レンジャーの疾走シーンのポスターです。フレーム入りポスターの仕様
作品名 :Ranger レンジャー作者名 :Edwin Levick エドウィン・レビック
製作年 :1937
出版元 :Unwrapped Collection
印刷国 :U.S.A.
額縁・マット : 白カマボコ 12mm、濃紺暗灰色マット、前面1.5mm厚クリアーガラス
額縁サイズ : 395mm x 305mm
作品サイズ : 250mm x 195mm (マット抜きサイズ)
ポスターのフレーム(額縁)詳細
ポスターの作者について
エドウィン・レヴィックは1869年、ロンドンに生まれ、1899年アメリカへ渡り、ニューヨークをベースとする海の写真で成功してゆきます。レヴィックはニューヨークヨットクラブのオフィシャルフォトグラファーとして、アメリカズカップなどセーリングスポーツの写真を撮り、1928年にはアメリカ写真家ブルーリボン賞を受賞、アメリカ屈指のマリタイムフォトグラファーとなりますが、頂点を極めた翌年、心臓発作でこの世を去ります。レヴィックの仕事は第二次大戦勃発前まで妻と息子たちが引き継ぎ、アメリカズカップのJボート時代終焉まで、そのダイナミックな構図を引き継いだ彼のスタジオのカメラマンたちによりレビックのクレジットで撮影されました。その後、戦争の混乱で彼の写真は行方不明となり、1960年代になって、ニューヨーク市庁の倉庫に眠っていた43000枚に上る写真が発見され、ヴァージニア州のマリナーズ・ミュージアムに保存・管理されることになります。因みに、1930年のアメリカズカップからは、レヴィックの下で働き独立していたモーリス・ローゼンフェルドもその撮影に参加、ローゼンフェルド家は3人の息子たちを加え1970年代まで海の写真を撮り続けました。レビックの写真はマリナーズ・ミュージアムの管理の下で出版されますが、書籍としては1893年から1937年までのアメリカズカップを記録した写真集"An America's Cup Treasury"が出版されるのみで、重版の予定が定かでなく、ヨットセーラーたちにとってはビッグボートの華やかかりし日々に思いを馳せることのできる貴重な本となっています。ポスター 詳細
※著作権保護のため透かしを入れていますが、実際のポスターには入っていません















