海 ポスター : 1937年のアメリカズカップ防衛艇、レンジャー
40人ものクルー!優雅で大時代的な旧きよき海の時代のアメリカズカップを象徴的に切り取った有名な写真です。右下のコピーライティングには、オーナーのバンダービルトや、デザイナー、バージスとオーリン・ステファンスの事も・・・泣かせるポスターですポスターの解説
アメリカズカップは1930年から全長120フィートを超えるJクラスヨットで争われました。何と40人ものクルーを必要としました。1937年を最後にアメリカズカップは中断、再開されるのは1958年まで待つことになりますが、戦前の優雅な海の時代、最後の勝利を飾ったのがレンジャーです。設計はベテランのスターリング・バージスと若手のオーリン・ステファンスの共同、ステファンスはその後、歴史に名を残すデザイナーに成長してゆきます。レンジャーは今日では当たり前のタンクテストの申し子といわれ、大きく(グラマラス?)パワフルでした。セールには初めて化学繊維が使われ、ハルは合板と鋼鉄の組み合わせ、後のヨットに大きな影響を与える当時最先端のハイテク艇であり、1934年エンデバーでカップ奪還まであと一歩に迫ったソプウィス卿の再挑戦艇、エンデバー2世を4連勝であっけなく下しその速さを見せ付けました。因みにこの年、レンジャーの戦績は37戦35勝という圧倒的なものでした。Jクラスヨットの大きさと優雅さが伝わるポスターです。フレーム入りポスターの仕様
作品名 :Regatta of Excellence, Ranger レンジャー作者名 :Rosenfeld Collection ローゼンフェルドコレクション
製作年 :1937
出版元 :Mystic Seaport Musiumn
印刷国 :U.S.A.
額縁・マット : 黒パール 40mm、ライトブルーサンド柄マット、前面1.5mm厚クリアーガラス
額縁サイズ : 570mm x 630mm
作品サイズ : 400mm x 550mm (マット抜きサイズ)
ポスターのフレーム(額縁)詳細
ポスターの作者について
モーリス・ローゼンフェルドは1885年オーストリアに生まれ、一家はアメリカに渡りニューヨークで育ちました。彼は写真家の道を選び、当時アメリカで最も成功していた海の写真家のひとりであったエドウィン・レビックの下で働きます。独立して自らのスタジオを持ったのは1910年、海の商業写真の仕事は順調で、モーリスの3人の息子たちは次々と父の仕事に参加することとなります。1929年、そのキャリアの頂点でエドウィン・レビックが急逝しました。レビックはアメリカズカップのオフィシャルフォトグラファーでしたが、1930年のレースではレビックの急逝を受けて、ローゼンフェルド達も撮影に参加しました。以後、ローゼンフェルド家はアメリカで並ぶべきものが無い存在としてアメリカズカップをはじめとするアメリカの海のシーンを撮り続けました。1968年、モーリス・ローゼンフェルドは亡くなり、それ以降も有名な”Flying Spinekers"や"Once in a Lifetime"を撮ったスタンレーを中心にビジネスは続けられましたが、1984年100万枚にも上る膨大なネガ・フィルムは、コネチカット州のミスティックシポートミュージアムに売却されました。1983年、永遠と思われていたアメリカスカップの防衛に敗れカップがオーストラリアに渡ったことや、アメリカズカップが変貌しスポンサーのロゴが大きく描かれるヨットの写真を撮ることに意義を見出せなかったのだといわれます。2002年スタンレー・ローゼンフェルドはマイアミの自宅で永眠しました。ローゼンフェルド家の作品は、写真集"Sail & Sailing"(重版未定、市場在庫のみ)、"A Century Under Sail"(スタンレー自身による編集)、"Sleek"に見ることができます。ポスター 詳細
※著作権保護のため透かしを入れていますが、実際のポスターには入っていません














