東洋汽船・天洋丸、地洋丸、春洋丸のポストカード

“Toyo Kisen S.S.Tenyo Maru Class” ポストカード4種セット(送料無料)

東洋汽船・天洋丸、地洋丸、春洋丸のポストカード

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400円 (税込)

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  • p2630・・・サンフランシスコ航路、天洋丸を大きく描いたポスター。このポスターは二段組みで、下部に別紙で航路と客船の案内と1918年のカレンダーが貼り足されていました。作者は不明、オリジナルは精美堂印刷所製
  • p2631・・・1915年に製作された、1916年のカレンダー入りポスター。右の客船はサンフランシスコ航路の地洋丸、左の客船は南米航路の安洋丸です。下部には北米航路、南米航路それぞれの寄港地と就航客船、そのトン数が書いていあります。ここでのトン数は総トン数を用いて、一般的な客船のトン数の倍の数字が記されています(東洋汽船のポスターのトン数表記はほぼ、この表記を踏襲しています) 作者は不明、オリジナルは東京今川橋精美堂印刷所製である表記があります(明治39年設立の精美堂は美術印刷の筆頭でした)
  • p2629・・・日の丸の扇、背景の濃紺は東洋汽船の社章でした。扇には、横浜新港埠頭を出航する天洋丸が描かれています。1918年のカレンダー入り。英語版と日本語版のうち、英語版。東京三間印刷所製
  • p2242b・・・デッキで座る女性を描いた東洋汽船の傑作ポスター。背景は富士山、1918年のカレンダー入り。日本語版と英語版のうち、英語版

東洋汽船の名は記憶も失われつつありますが、京浜工業地帯生みの親である稀代の実業家、浅野総一郎のダイナミズムは永遠に伝えるべきものでした。岩崎弥太郎が郵便汽船三菱を発展させると、反三菱の狼煙を上げた三井財閥勢力が共同運輸を設立、浅野は設立会合に出ながら、この時は共同運輸設立には参加しませんでした。郵便汽船三菱と共同運輸が合併して日本郵船が発足すると、浅野は同郷の安田善次郎のバックアップを得て東洋汽船を設立、すぐに米国に渡りパシフィックメール、O&Oラインと3社での太平洋航路共同運航の契約をとり付け、英国に足を伸ばし日本丸級客船3隻を発注して帰国します。こうして、日本の新興船会社は一躍太平洋の花形航路、サンフランシスコ航路へ参入しました。日露戦争で日本丸級客船を徴用され運航を休止する間、提携相手のパシフィックメールが船腹を更新、戦中予断を許さぬ状況にありながら、浅野は一気に不利を挽回する日本初の一万トン級20ノットの高速大型客船の建造を決断します。重油炊きボイラーの蒸気タービンは、英国のキュナードがルシタニア級で採用したばかりの世界最新鋭の機構であり、20ノットの速力は太平洋においては第二次大戦後の客船の性能にも劣らぬ先進的なものでした。これが1908年に就役した天洋丸級客船、天洋丸(1908年)、地洋丸(1908年)、春洋丸(しんようまる、1911年)の三隻です。設計は英国でなされたとされ、大西洋の新鋭船をそのままスケールダウンしたような船容は当時の日本の大衆の度肝を抜いたと伝わります。この3隻の客船建造がいかに破天荒なものだったかといえば、発注先の三菱長崎造船所が「せめて重油を止めるか、船容を小さくした方が良いのではないか」と意見した程だったと言われます。第一次大戦前後には、この三隻による収益は最高潮に達しましたが・・・急速な進歩は東洋汽船の独走を許さず、1920年代に入ると後発の悲しさ、航路数が少ない東洋汽船は急速に経営が悪化、強力な後援者である安田善次郎が暗殺されると浅野の夢も潰え、サンフランシスコ航路の運航権もろとも日本郵船に客船事業を分離合併(事実上の郵船による買収合併)、彗星のごとく光り輝いた東洋汽船は消えてゆくことになりました。天洋丸、春洋丸(地洋丸は1916年に座礁沈没)は1926年、日本郵船に移籍、天洋丸は1933年、春洋丸は1936年まで・・・浅間丸級にバトンを渡し退役、解体されました


○ オーシャンノートオリジナルポストカードについて

当ポストカードは、ヴィンテージポスターの画像データをポストカード用にレイアウトした精密レプリカです。元となるヴィンテージポスターには破れや傷み、退色やヤケがあるものが多く、折れや破れなどの傷み部分は画像修正し、質感を損なわない程度に色相・彩度、明度等を調整し発表当時のポスターの再現につとめています。プリントはオンデマンドアートプリント、通常のデジタルプリントとは違って水ににじまず、実際のポストカードとしても使用できます。
通常の屋内環境で30年から40年以上は鑑賞に堪え得る保存が可能なので、資料収集向けにも適しています

○ ベースペーパーとプリント

紙:0.27mm厚、特注カットアート紙(参考:官製はがき t=0.22mm)
寸法:148mmx100mm(裏面に淡グレー色で“POSTCARD”表記、郵便番号枠無し。郵便ハガキとして使用できます)
印刷:オンデマンド、ピグメント(顔料)インク、屋内30年以上保存鑑賞可
ベースペーパーは官製インクジェットはがきより、やや白色度高めです

○ 商品のお届けとお支払いについて
  • ポストカードシリーズは、普通郵便もしくは日本郵便クリックポスト(原則ポストカードセットで複数ご注文)にて御宅郵便受け投函でのお届けとなります
  • 他の商品も合わせ、合計5000円未満のご購入では、お支払いは銀行振込、ゆうちょ銀振替、クレジットカード決済の3通り、ヤマト運輸代金引換はご利用できません。(システム上、ご購入画面に銀行振込、ゆうちょ銀振替、クレジットカード決済しか表示されません)
  • 合計5000円以上のご注文では、お支払いは銀行振込、ゆうちょ銀振替、クレジットカード決済に加え、ヤマト運輸代金引換もご利用できます。324円の代引き手数料が代金に加算されますが、ヤマト運輸宅急便扱いとなります
  • 額装アート商品と併せてご購入の場合は、ヤマト運輸宅急便でのお届けとなります

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● 東洋汽船・天洋丸級客船のポスター、雑感

東洋汽船が存続しないため、当時の天洋丸級、もっと言えば東洋汽船の華やかさは僅かに伝わるのみです。1920年代までは、ポスターの製作は印刷所主導である面があり、ポスターのデザインは印刷所によって、印刷所の職工デザイナーによってなされました。デザイナーは印刷所から“独立”を果たすのは欧州では1920年代半ば(丁度、1925年のパリ万博=アールデコ博前後)、日本では1930年頃のことです。東洋汽船のポスターも、時代相応にデザイナー不詳のものが殆どですが、当時のポスター製作のプロセスでクライアントたる船会社の意向がどのように反映されているかは明確でないにせいよ・・・東洋汽船のポスターのセンスの良さは抜群で、稀代の実業家、浅野総一郎の光る個性が垣間見えるように感じます (T.O.)

● 日本郵船ポストカード INDEX

 ※ポスター画像をクリックしていただくと詳細ページへ移動します

日本郵船・橿原丸級客船のポスター ポストカード 日本郵船・新田丸級客船のポスター ポストカード 日本郵船・照国丸級客船のポスター ポストカード 日本郵船・氷川丸級客船のポスター ポストカード 日本郵船・浅間丸級客船のポスター ポストカード 日本郵船・諏訪丸級客船のポスター ポストカード 日本郵船・香取丸級客船のポスター ポストカード 東洋汽船・天洋丸級客船のポスター ポストカード 日本郵船・賀茂丸級客船のポスター ポストカード

納入事例
客船ポスター四方海話
船と港のエッセイ 1
船と港のエッセイ 2
【Maritime Gallery Ocean-Note】