インペラトール級客船のポストカード

“Hamburg America Line S.S.Imperator Class” ポストカード4種セット(送料無料)

インペラトール級客船のポストカード

価格:

400円 (税込)

購入数: セット

上のサムネイル画像のポストカードセットです。サムネイルにポインタを乗せて表示、「拡大表示」クリックで拡大表示されます

  • p2863・・・就役当時、世界最大の客船であったことがわかる第一船、インペラトールのポスター。1913年
  • p2668・・・1910年6月10日出帆の客船インペラトール処女航海告知の日付が入れられたポスター。作者は不肖
  • p2669・・・1913年のカレンダーポスター。下部中央の空白部分にカレンダーを貼りつけて使用するものでした。客船インペラトール
  • p2670・・・米国の海洋画家ビショップによるポスター。この時代は、“HAMBURG AMERIKA LINIE”とドイツ語表記の社名が用いられることが殆どでしたが、アメリカ向けにアメリカの画家が描いて、恐らくアメリカで製作されたのでしょう・・・“HAMBURG AMERICAN LINE”と社名が英語表記になっています。これは欧州移民をターゲットにした北大西洋定期客船が、米国人観光客を視野に入れ始めたことを示しているといえます(A.F. Bishop, ?-? )

19世紀から、英独で繰り広げられた商船を含む建艦競争は、鮮明な2つの方向性に集約され、高速客船のキュナード対北ドイツロイド、大型客船のホワイトスター対ハンブルグアメリカラインという構図を生みだしました。1900年に客船ドイチェラントでスピード競争に勝利したハンブルクアメリカラインではあったものの、アルベルト・バリーン社長の胸中は乗り心地の悪い高速客船に納得できず、姉妹船を建造することなく1910年にはドイチェラントをクルーズ客船に改装してしまい、同時に安全で経済性と速度の釣り合った大型客船建造を計画します。ズバリ、その照準はホワイトスターラインのオリンピックとタイタニックでした。北大西洋航路を毎週出港で運航するためには21〜22ノット、航海を7日程度で行えば3隻で賄うことができ、最速のモーレタニアが26ノットで飛ばしたところで2隻で賄うことはできませんでした。(2隻で賄うには29ノット弱が必要で、実際にこれを成し遂げたのは後のキュナード・クイーン姉妹のみでした)華やかなスピード競争の話は半ば伝説的に語り継がれますが、実際には当時の乗船客の嗜好も、速い船に乗る派と乗り心地の良い船に乗る派に二分されていました。45000トンのオリンピック、タイタニックの登場は度肝を抜くものでしたが、二隻が船台にあって外板を着々と積み上げる頃、バリーン社長はすでにこれを上回る大きさの客船建造に取り掛かっていました。ちなみに全世界的に見れば1910年当時に20ノットを超える客船は多くはなく、タイタニックにせよバリーンの新船にせよ高速客船の部類に入ります。
1910年に起工した新船はタイタニック沈没の1ケ月後に進水、当初船名はオイローパの予定でしたが、ヴィルヘルム2世の歓心を得るために“インペラトール”=皇帝・・・と名付けられました。1913年には第二船が進水、船名はやはりオイローパを予定したものの皇太子によって“ファーターラント”=祖国・・・と名づけられました。第三船の進水は1914年・・・宰相ビスマルクの名を船名にしました。インペラトールは1913年の就役から一年、ファーターラントは1914年に就役しわずか数カ月で第一次大戦勃発、ビスマルクは未完のまま係留されました。心から平和を願っていたバリーン社長の失意は大きく、ほどなく自殺、第一次大戦後、三船は賠償で引き渡されインペラトールはキュナードのベランガリア、ファーターラントはユナイテッドステーツラインのリバイアサン、未完のビスマルクは完成させた上でホワイトスターラインのマジェスティックとしてそれぞれ運航されることになりました


○ オーシャンノートオリジナルポストカードについて

当ポストカードは、ヴィンテージポスターの画像データをポストカード用にレイアウトした精密レプリカです。元となるヴィンテージポスターには破れや傷み、退色やヤケがあるものが多く、折れや破れなどの傷み部分は画像修正し、質感を損なわない程度に色相・彩度、明度等を調整し発表当時のポスターの再現につとめています。プリントはオンデマンドアートプリント、通常のデジタルプリントとは違って水ににじまず、実際のポストカードとしても使用できます。
通常の屋内環境で30年から40年以上は鑑賞に堪え得る保存が可能なので、資料収集向けにも適しています

○ ベースペーパーとプリント

紙:0.27mm厚、特注カットアート紙(参考:官製はがき t=0.22mm)
寸法:148mmx100mm(裏面に淡グレー色で“POSTCARD”表記、郵便番号枠無し。郵便ハガキとして使用できます)
印刷:オンデマンド、ピグメント(顔料)インク、屋内30年以上保存鑑賞可
ベースペーパーは官製インクジェットはがきより、やや白色度高めです

○ 商品のお届けとお支払いについて
  • ポストカードシリーズは、普通郵便もしくは日本郵便クリックポスト(原則ポストカードセットで複数ご注文)にて御宅郵便受け投函でのお届けとなります
  • 他の商品も合わせ、合計5000円未満のご購入では、お支払いは銀行振込、ゆうちょ銀振替、クレジットカード決済の3通り、ヤマト運輸代金引換はご利用できません。(システム上、ご購入画面に銀行振込、ゆうちょ銀振替、クレジットカード決済しか表示されません)
  • 合計5000円以上のご注文では、お支払いは銀行振込、ゆうちょ銀振替、クレジットカード決済に加え、ヤマト運輸代金引換もご利用できます。324円の代引き手数料が代金に加算されますが、ヤマト運輸宅急便扱いとなります
  • 額装アート商品と併せてご購入の場合は、ヤマト運輸宅急便でのお届けとなります

ご不明な点はお問い合わせください

 category


● ハンブルグアメリカライン・インペラトール級客船のポスター、雑感

大戦中にすでに米国に没収されて輸送リバイアサンとして運用されていたファーターラントは、再度商船へ改装するにあたりアメリカ船舶院や保険申請、もとより再改装のために図面を必要としました。改装を請け負ったのは当時33歳のウィリアム・ギブス、後に史上最速の客船ユナイテッド・ステーツを設計する名アーキテクトです。アメリカに接収される際、ファーターラントのドイツ人船員たちは、船に備え付けられているべき図面を勝手に破棄していました。中立を守り、むしろ独側で参戦との推測さえあった米国が英仏側立って参戦したことへの抗議でした。戦後、ギブスが造船所へ図面の引き渡しを要求すると・・・「100万ドルでお譲りする」との皮肉な回答。激怒したギブスは2年がかりで数百名のスタッフを引き連れファーターラントを実測して図面を作り上げました。
大戦勃発時に未完成だったビスマルクは、完成した上での英国ホワイトスターライン引き渡しが決まりました。資材不足から完成は遅れ、1922年までずれ込んだ引き渡しの日、英国側の検収の役人が見たビスマルクは、辛子色のハンブルクアメリカラインのファンネルカラーと鮮やかな“BISMARK”の船名でした (T.O.)

● 北ドイツロイド・ハンブルグアメリカライン客船ポストカード INDEX

 ※ポスター画像をクリックしていただくと詳細ページへ移動します

北ドイツロイド・シュワベンスタイン級客船のポスター ポストカード 北ドイツロイド・シャルンホルスト級客船のポスター ポストカード 北ドイツロイド・客船オイローパのポスター ポストカード 北ドイツロイド・客船ブレーメンのポスター ポストカード ハンブルグアメリカライン・客船ハンブルグのポスター ポストカード ハンブルグアメリカライン・客船レゾリュート、リライアンスのポスター ポストカード 北ドイツロイド・客船コロンバスのポスター ポストカード ハンブルグアメリカライン・アルベルトバリーン級客船のポスター ポストカード ハンブルグアメリカライン・インペラトール級客船のポスター ポストカード 北ドイツロイド・カイザー・ヴィルヘルムII級客船のポスター ポストカード ハンブルグアメリカライン・客船ドイチェラントのポスター ポストカード 北ドイツロイド・カイザー・ヴィルヘルム・デア・クローゼ級客船のポストカード ポストカード

納入事例
客船ポスター四方海話
船と港のエッセイ 1
船と港のエッセイ 2
【Maritime Gallery Ocean-Note】

ページトップへ