11/05 ジャイロスタビライザー

客船コンテ・ディ・サヴォアのジャイロスタビライザー:店長日記・アートポスター販売・Ocean-Note

イタリアンラインの客船、コンテ・ディ・サヴォアの一般配置図を眺めていると、かのジャイロスタビライザーの設置スペースがきちんと描かれていた。冬の北大西洋も乗客にとっては結構しんどい航海だったようである。ありえないこととわかりつつ、揺れない船というのはこれまたひとつの人類の夢だったりする。

現在の客船にはスタビライザーという羽がついている。古い大型客船ではまずビルジキールが採用された。両舷最下部に船の長手に沿って付けた長い突起物で、この抵抗で揺れを抑えようというものだ。フィンスタビライザーは水面下両舷に飛行機の翼のごとき長方形の羽を出し、この角度を変えて航空機の翼のごとく揚力浮力を得て左右の釣り合いをとろうというものだ。実は、この仕組みは1923年に日本の三菱造船が発明したものだったのだが、制御が上手くゆかず効果を確かめられなかったので、興味を持った英国の企業に特許を売ってしまった。現在ではコンピュータ制御によってコントロールできるので最も有効な揺れ止めとなっている。戦後になって船の揺れ止めとして普及することになるので、件の英国企業がたっぷりと特許料を得たことと思われる。ちなみに、第二次大戦中、米英の軍艦にはフィンスタビライザーが取り付けられて効果もあったそうだが、日本軍では上手に使えなかったらしい。

フィンスタビライザーのような立派な機械でなくとも、両舷船尾近くに三角形の羽(突起)をつけることもよくある。昔、竹芝−大島の東海汽船の船に乗って魚釣りに行った頃、ある時、カトレア丸(だったと思う。サルビア丸かも)がドック入りしてスタビライザーを付けて出てきた。揺れの軽減は実感できなかったが、妙に船内がうるさくなって辟易したことがある。まあ、うるさくなるほど水を切っていたわけだからやはり効果はあったのだろう。

米国のスペリーという会社は、元々、航空爆撃用の照準器を作って成長した会社だそうだが、1910年代には欧州に現地法人を構え、この現法も成功していた。イタリアとスペリー社とにどれほど深い関係があったかは生憎資料が見当たらないが、何せスペリーが開発したジャイロスタビライザーがイタリアンラインの客船、コンテ・ディ・サヴォアに搭載されたことだけは事実だ。このジャイロスタビライザーというのは相当な大仕掛けな装置で、コンテ・ディ・サヴォアには175トンもの鉄の独楽を3つも積み、これを波に応じて(揺れに応じて?)最大毎分910回転で回し、この慣性モーメントで船の揺れを止めるというものである。コンテ・ディ・サヴォアの就役前後の映像を見ると回っている場面も少しだけ登場する。残念ながら効果のほどは疑問で揺れない船はやはり幻想に終わったようである。もっとも・・・ジャイロスタビライザーは研究が進んだわけではなく、フィンスタビライザーに一定の効果が認められ、運用コストが格段に安価ですむために廃れてしまったとも言われる。何せ、巨大な鉄の球を回すわけなので電気代もまた膨大なものだったらしい。

客船の古い一般配置図はなかなか宜しい。模型作りをしている方にとっては欠くべからずネタだろう。僕も一昨年に氷川丸の模型作りでは大いに活用させてもらった。しかし、例えば、ベルサイユ宮殿の建築図面(高名なのは立面図だが)や、フランクロイドライトの帝国ホテルなどは平面図を見ているだけでウットリするのと同様、船の一般配置図もまた使うのみではなく、眺めてもまた大いに風情のあるものである。(2014,11,5)

S.S. Conte di Savoia 一般配置図

日本郵船・氷川丸 一般配置図

10/03 トゲナナフシのオス

トゲナナフシのオス:店長日記・アートポスター販売・Ocean-Note

横須賀ではトゲナナフシが沢山見つかる。もっと田舎に行けば山ほどいるのだろうが、何せ、あのゴムのおもちゃでしか見たことのなかったムカデ、今から25年程前に横須賀に住み始めて初めて見たくらいだから、少なくとも僕の生きてきた行動範囲の中では横須賀は虫が沢山居るところなのだろうと思う。トゲナナフシは、その名のとおりトゲトゲしているから触ったら痛いと思いがちだがそんなことはない。動きがスローモーでユーモラス(これは虫なりに個性があって、ひとつずつキャラクターが違う。結構、サッサと動くのも多い)、服にくっつけるとゆっくりと動き回るのだが、これがなかなか可愛いので我が家ではトゲナナフシとしばし遊ぶこともままあった。トゲナナフシの方は迷惑しているのだろうが・・・

先日テレビを見ていたら(ひるオビだったかな?)、トゲナナフシのオスというのは、自然界ではほとんど存在しないのだという話題をやっていた。何でも、トゲナナフシはメスがクローンを作るように繁殖するそうで、オスは必要ないのだそうだ。その時のコメンテーターの先生によれば、地球の何十万年単位の環境変化の中で、現在はトゲナナフシにとって最も理想的な繁殖環境にあり、オスがいなくても繁殖できるトゲナナフシにとって「楽」な時期にあたっているのだろうと推察されるとのことで、先々、数十万年単位の環境変化でトゲナナフシにとって厳しい時期が来ればオスが必要になるのだろうとのことだった。

2009年に京都でトゲナナフシのオスが見つかったのが唯一の発見例だそうだが、僕は、根が単純だから「これは見つけたら有名人になれるゾ」(別に有名人になりたいとも思わないが)と思って、毎日せっせとトゲナナフシを見つけては雌雄を確認している。オスはお尻の先端にクワガタのクワのようなフックを持っているそうだ。ちなみに、昆虫を研究している大学やら実験施設には、どうやって作るのか、ちゃんとオスがいるそうだが、毎日数匹のトゲナナフシと出会うものの未だ発見できない。

生物の繁殖のメカニズムは学校で習った通りで、卵細胞の核に別の単細胞が入り込んで、それがなんらなのスイッチ、あるいは刺激となって細胞分裂が始まり、遺伝情報に基づいて生体が形成されるわけだが、つまりはその外部からの刺激なしに細胞分裂をコントロールできているという理解になるのだろうか? 文明の進歩によって人間にとって適切な環境変化の方向に向かっているとはとても思えないが、意外に人間もオスが不要になるかもしれない(笑)所詮、男なんてそんなもんである (2014,10,3)

09/15 スコットランド独立−サミュエル・キュナードの手紙

ネタ元を公開するようになるが、客船に関して手元に置いて重宝しているのは野間恒氏の「豪華客船の文化史」という本だ。このところ、19世紀のまだ汽帆船の頃(とは言っても、実際に帆を張ったのは1860年あたりまでである)の船を調べる機会があって本をめくると、19世紀から20世紀の変わり目の充実した記述に比すると、少々資料が足りなくて久しぶりに「大西洋ブルーリボン史話」を通読する。少々、直訳気味だし用語も古いので読みやすくはないのだが、モザイク状に欠けている情報を埋めるには大いに役に立った。

1839年に英国海軍本部と蒸気船による大西洋横断郵便輸送契約を落札したカナダ人のサミュエル・キュナード、蒸気船の建造はウッド・アンド・ネピア(ネイピア)のロバート・ネピアに依頼した。グラスゴウでネピアとの契約を1939年3月18日に終えたキュナードはロンドンに戻りこのことを海軍本部に報告、同3月22日にはネピアあてに次のような手紙を書き送った。以下「大西洋ブルーリボン史話」から引用 − 「海軍本部と大蔵省は。船の大きさについては大いに気に入っています。私は、貴殿とウッド氏(引用者注:ネピアは蒸気機関のエンジニア、ウッド氏は船体造船の専門)にかかわるものはすべて信頼しています。私は、これらの船はこの国で建造された船の中では、最も美しくもっとも良い船になると断言しました。貴殿はこちらイングランドの一部の業者に損害を与えたとはまるでお考えになっていませんが、私はリバプールとこの地(ロンドン)から、多くの申し出を受けているのです。私がスコットランドで契約を済ませたと答えますと、彼らは一様に『堅固なものはできまいし、間にもあわんだろう』と言います。海軍本部は私と同意見で、これらの船は、この国(イングランド)で造ったのと同様に、良いものができるだろうと考えています。それで私は彼らに、貴殿は納期を守ってくれると保証しました」 − 引用ここまで

このところニュースでも頻繁に取り上げられているが、スコットランドの独立運動が注目されている。言葉は微妙だが、一般的には「スコットランドは1707年にイングランドに併合された」ことになっている。法律的には対等合併だったのだが、上記引用のキュナードの手紙のように、イングランドはスコットランドを見下しているようなところがあるようだ。タイタニックの映画などでも見られるように、アイルランドもしくは北アイルランドはあからさまに差別的な扱いを受けている。スコットランド出身の俳優のショーン・コネリーは「我々は300年待ってきたのだ」と発言、イングランドのやんごとなき方々は大いにわが心と向き合うべき時なのかもしれない。

世界的に紛争は絶えず、人間の本来の煩悩の成せる結果としか言えないのだが、様々なことに異を唱えたり行動を起こす集団の言い分にも耳を傾ける必要はあるかもしれない。大きくはキリスト教社会やこれに連なる民族国家が争って征服行動に出たことに問題は発っしているように思える。つまり、過去の(先祖様の)自分たちの行動によって形成された勢力図や国境を、「ここで争いは止めましょう」と言われても、我が地所をあらかた分捕られた北アメリカのインディアンの人たちは心から納得できることはないだろうし、ウラジミールが自分の夢見る理想国家を取り戻そうとしても寄ってたかって「それはもう済んだことだから」で済まそうとしたって一方的すぎるかもしれないのである。隣国は、我が国を目の敵にするが、麻薬で侵略を仕掛けた某国の方をもっと恨まんのは不思議だよなあ・・・あれこそアジア侵略の最たるものだと・・・これは私見だが。かのワインの国などにも少数の原住民族の子孫は居て、彼らが不満を行動に表わすとフーリガンとか称して力で封じ込めようとする。紛争紛争といって悪者を仕立てあげるが、原因は実は自分たちのご先祖の行状にあるものと立ち返ってみる必要もあると思えてならない。かと言って、不満の刃を度を越えた暴力で示すことが許されることがないのは言うまでもないことだが。(2014,9,15)

09/13 60分コース横浜港クルーズ・ペガサス号

日本郵船氷川丸・横浜港クルーズ:店長日記・アートポスター販売・Ocean-Note

横浜散歩。長女は学校が忙しく、僕も雑事に振り回され、近頃は家族4人が揃う機会が少ない。今日は久しぶりに4人連れになったので、まずはコスモワールドを奢った。僕は高所と絶叫マシーンが全く苦手だが、長女は乗り物酔いの割にジェットコースターの類が滅法お気に入りでご満悦である。赤レンガの先で弁当開きの後一旦二組に解散。次女と氷川丸でのんびりするつもりだったが、思いついて60分コースの横浜港一周遊覧船に乗る。僕も初めてである。

思えば、船に乗るのさえ2010年のクイーンメリー2寄港・追っかけお出迎えクルーズ以来である。高名なマリンルージュとペガサスという小さな遊覧船(京浜フェリーボート所属だがペガサスという船はいつも横浜港遊覧をやっているわけではないようだ)、出港時間はいくらも違わないのでどちらが良いかと聞くとペガサスが良いという。内心、ミーハーな助平心でサザンの歌のマリンルージュに乗ってみたいと思っていたが、このペガサスは大正解。バウのデッキの一番前で爽やかな晩夏の風が何とも良い気分、大人子供で2250円はお安くないが、十分元を取った。(笑) 熱くも寒くもない今時ならば、船室の中にこもる理由はない。海上、船首側から拝む氷川丸、格別である。

横浜港も海から見れば、「ああ、この新港埠頭(海保が使っている旧5号ふ頭)から氷川丸が太平洋横断していたんだなー、この光景から接岸したんだなー」なんていう雰囲気も少しは味わえる。往時の横浜港は昨年3月の日記で書いたのでご参考まで(2014,09,14)

08/24 日本郵船博物館・氷川丸の模型

日本郵船博物館・氷川丸の模型:店長日記・アートポスター販売・Ocean-Note

随分、日記が滞ってしまった。書くべき事と思っていたのは郵船博物館の氷川丸の模型のことだったが、もう6月の末になるが次女を連れだって観てきた。模型の横にコピーの紙ぺらがおいてあったのでキープさせてもらった。以下、備忘録として引用

引用ここから 2014年2月18日(火)より「氷川丸」模型を一般公開しております。
本模型は戦前カナダ・バンクーバーの日本郵船の代理店で保管されていましたが、第二次世界大戦下の対日資産凍結によりカナダ政府に没収されました。
戦後、競売で本模型を落札したアメリカ人の遺族がウィスコンシン海洋博物館に寄贈し、同館で展示されていることが判明。その後何度かの返還交渉を経てこの度日本郵船へ返還が実現し、当館にて一般公開の運びとなりました。
本模型は「氷川丸」竣工時の設計図面に基づいて精巧に作られた籾山艦船模型製作所の作品であり、当社のみならず日本近代海運史にとっても貴重な文化遺産といえます。模型縮尺は実物の1/48、全長約340cm、幅約42cmです。
当館に展示されている同籾山製の「浅間丸」・「鎌倉丸」模型と、また山下公園に係留されている実物の「氷川丸」と見比べてみてはいかがでしょうか。
実物の「氷川丸」同様、数奇な運命を辿り返還された「氷川丸」の模型を、どうぞごゆっくりご鑑賞ください。 引用ここまで

ウィスコンシン海事博物館のお知らせでは 引用ここから Bon Voyage Hikawa Maru
Hikawa Maru, an 11-foot, highly intricate model of a Japanese passenger liner, is returning to its home country after gracing the Wisconsin Maritime Museum for the past 34 years. On Thursday, December 12, the 1,680-lb. Hikawa Maru will be carefully packed for its 6,000 mile journey to the NYK Maritime Museum in Yokohama, Japan, where it will join its full-size namesake, which is now a floating museum.
“It’s been our privilege to be caretakers of this iconic model for more than three decades,” says Rolf Johnson, CEO of the Wisconsin Maritime Museum. “We want to let the public know that Hikawa Maru will be leaving the community shortly but there’s still time to bid the model bon voyage. We’ve created a special goodbye card and encourage everyone to write a message or add their signature. Copies of these ‘goodbye wishes’ will be shared with our Japanese colleagues at their museum.” 引用ここまで

ウィスコンシンの新聞社のニュースでは 引用ここから The Hikawa Maru was sold in 1951 to a model collector in Vancouver and four years later to a car dealer in Iowa who donated it to the maritime museum in Manitowoc in 1979. NYK Lines paid the Wisconsin Maritime Museum for the model, though Johnson declined to say how much, and is handling the shipping expenses to Japan. 引用ここまで

いかにも、只で戻ったと勘違いしている人も多いようだが、新聞社のニュースの最後の段にあるように、日本郵船はお金を払って買い戻したのである。もちろん、幾らだったかは知らない。もう4〜5年前だったと思うが、船のお好きな方に聞いた話では、実は随分前からウィスコンシン海事博物館とは交渉をしていて、その時点では、ウィスコンシン海事博物館側も同館の展示品として重要な物なので返せないという返事なのだという。同館の模型入手の経緯は上記英文のニュースにあるように、1951年に競売で手に入れたのはバンクーバーのコレクター、4年後にアイオワの自動車ディラーの手に渡り、1979年にウィスコンシン海事博物館に寄贈されたという。僕が聞いた話の続きでは・・・本当かどうかはわからないが、氷川丸自体、あるいは模型自体よりも、第二次大戦時の資産凍結、戦勝によって没収競売・・・という経緯に大きな価値があるという判断で買戻しの交渉が難航したのだということだった。繰り返すが、真偽のほどは定かではないし、お話をお聞かせいただいた方もどなただったか失念した。

残念ながら休館中の船の科学館の学芸員さんから聞いたことがある。「小野寺さん、あの飾ってある模型は幾らくらいか知ってる?大きいのは三千万とかだよ」・・・模型って・・・大きなクルーザーが買える値段である(笑)(2014,8,24)

04/02 客船フォーレンダム2014

ホーランドアメリカライン・客船、フォーレンダム横浜寄港20140401:店長日記・アートポスター販売・Ocean-Note

昨日の4月1日は、17年振りの消費税改定、巨大な流通業では大変なご苦労も伴ったようだが、価格を据え置いた当社にとってはさしたる大仕事もなかった。ただ、これでも一応ウェブエンジニアの端くれとして幾つかのウェブサイト運営に首を突っ込んでいるので、そちらのシステムメンテには気を遣わざるを得なかった。幸い、トラブルはゼロだったが、ショッピングサイトのカートがちゃんと動くか否かはサーバーとCMS次第なのでハラハラしたことは事実だ。それにしても、消費税はずいぶん昔に「総額表示の義務付け」が通達されたはずなのに、ここにきて税抜き表示を許すというのはいかがなものか? そもそも、サラリーマン時代の出来事ではあったものの、総額表示に対応するためにカタログを作り直すのに数百万円もかかったことは忘れられない。その予算をひねり出すのにエラく苦労したのだ。だからというわけではないが、町場で税抜きやら税込が混在するのは、一消費者としても甚だ不都合を感じる。

てなわけで、朝からあれこれ神経質になっていたら、忘れてました! フォーレンダム横浜入港である。目を上げて外を眺めたら居た。11時の大桟橋着岸予定だから、浦賀水道入航は大体9時過ぎの筈で、5:40過ぎに観音崎通過は早い。去年もフォーレンダム入港を書いたが、どことなくクラシカルな外観のデザインは客船っぽくて宜しい。

さて、昨年秋より、週に幾日か東京で仕事をしている。乗換は横浜駅だが、素敵なポスターを発見した。この間の終末のイベントだったようだが、「大桟橋フェスタ2014」のポスターである。船のポスターが必ずしもアールデコ調である必要もないが、こうしてアールデコ調で客船の風景を描かれればグッとくるのは僕だけではなかろう。何をもってアールデコとするかは実は曖昧で、アールヌーボーのように様式が定まってはおらず、むしろ1925年の前後10年ほどに一世を風靡したデザインの総称で、年代的な輪切りと捉える方が単純だと思っている。というのは、混沌とした時代の中でデザインのアプローチは多様化しており、活躍したデザイナーたちの出自を見ても、伝統的な水彩・油彩、デ・ステイル、ロシア構成主義、キュビズム、ジャパニズム、バウハウス・・・と、これまた雑多なもので、活躍した当の建築家やデザイナーたちも(不安定な情勢の中で)イデオロギー的なせめぎ合いがあったであろうとは想像できるが、大量生産という社会的産業システムが出来てゆく過程で、デザインという創造作業が構築規定されると同時に開放され、むしろ「流行」に乗って作り方や描き方を自由に選ぶことができたのであり、決してある定められた様式に則りデザインをしたわけではないのだと考えられる。「アールデコ」という名称は後年になってとってつけた便宜的な名称に過ぎず、やがて創造と生産が一体化したモダンデザインに収斂されていったのだろう。版画の版数の関係もあり(色数が多けりゃコストもかかるし、量産には向かない)、デフォルメして色数を絞った図柄のポスターは、結果的に万人にとって分かりやすくて、アピールも強かった・・・したがって真似をした人も多かった・・・だけのことであろう。僕が言わせてもらうなら、現代のわれわれが思うアールデコの客船のポスターというのは、むしろカッサンドル様式とでも名付けた方が的を得ているかもしれない・・・という風に改めて感じる「大桟橋フェスタ2014」のポスターであった。(ただの、その辺のポスターでこんなにアレコレ連想するのは僕だけかな?)それにしても、このポスター、なかなか素晴らしい出来だと思う。こんなポスターが街中にもっとチラリホラリとあればいいのになあ(2014,4,2)

03/26 隠蔽捜査最終回

隠蔽捜査最終回・堀の内駅:店長日記・アートポスター販売・Ocean-Note

余り真面目にテレヴィを見ることも無くなったが、上町の店を閉めてから、特にお酒を飲まなくなったこの2年程は、たまに待ち遠しいと思えるようなテレヴィドラマに遭遇している。順不同ながら、松田なんとかさんのドン・キ・ホーテ、上川なんとかさんのステップ・ファーザー・ステップ(僕は人の名前を覚えるのは滅法苦手な質で、それは俳優さんでも同じことなのだ)、森高千里さんの旦那さんのディナー、半沢直樹、そしてこのところはまっていたのはリーガル・ハイだ。特にリーガル・ハイは、半世紀生きてきて「こんなに面白いものはない」と心の中で絶賛していて、シニカルな演出はテレヴィドラマの最高傑作だと思っている。それだけ夢中で見ていたもんだから、これが無くなると生活に張りがなくていけない。地下鉄に乗っていたら、NHKの朝ドラのあまちゃんに出ていた俳優さんが目についた。TBSの隠蔽捜査の広告である。秋元康をパロった太巻を演じていた俳優さんである。おまけにその相方役は駅長を演じていた杉本哲太・・・あれあれ、と思って記憶の隅に放映を留めたつもりが、何故か見ることができない。てっきり23時からのドラマと思い込んでいたから見ることができるわけがない。(苦笑)

やっと見ることができたのは第5話あたりからだったが、リーガル・ハイが無くなってポッカリ空いてた隙間にすっかりはまってくれた。面白い!で、24日は早くも最終回で、前回から事件は南横須賀署管内で起きて、犯人は大津港にモーターボートを乗り捨て、この海沿いの騒音のない公衆電話を使っている・・・というお話。最終回では犯人は海沿いの公衆電話を止めて電車の音が入る公衆電話で電話をする。出たっ! 我が堀の内駅である。犯人はここで電話をして、次は京急大津で電話してついに捕捉される。人質を監禁した現場は大津駅から馬堀に向かったアパート、事件は無事に解決する。

まあ、中野駅なんかであれば地元感もないだろうが、ローカル駅に住まえば、やはり地元の駅が出れば心臓ドキドキ・・・ああ、我小市民なり(苦笑)(2014,3,16)

03/17 横浜大桟橋、客船クイーンエリザベス

キュナード客船、クイーンエリザベス横浜寄港20140317:店長日記・アートポスター販売・Ocean-Note

横浜のクイーンエリザベスを見に行かねばならないが・・・朝から東京・中野で別件の仕事。時間が押して中野を出たのは3時半過ぎ、東急車内でつかのまの睡眠をむあさぼりつつ、目覚めると横浜の手前。鈍行のみなとみらい線に乗り換えて日本大通り駅を降りて大桟橋に向かう。シルクセンターの交差点の信号待ちで歩を止めて見れば赤いファンネル。おお、大きい。思ったより貫禄あり、90000トンとは思えない。

あちこちのブログで張り付いて居た人の観船記もあるので感想は割愛する。(16日の午後は横浜でクイーンエリザベスを待ち受ける人たちからメールを頂いて・・・連絡係りではないが、いつものヴィッセルファインダーで船の現在位置を逐次お知らせ、下田沖からはすっかり張り付きになってしまった。皆さん書いているのではないかな???) 一言だけ書けば、時は流れて変わりゆくものは変わり、それに抗うことはできない・・・といったところだろうか。写真は関内駅に戻る途中、横浜公園から日本大通り方向。

1975年、夜の夜中にクイーンエリザベス2を初めて見て、「船乗りになりたいな」と思った時の感動には及びもつかないものだった。今日はくじらの背中でカップルの会話が耳に入った。彼曰く「この船の凄さは見ただけではわからないだろう」・・・彼女「フーーン、そうなんだ」・・・と言うけれど、彼女の返事は至極妥当で、クイーンエリザベス2のような、誰の目にも見ただけで「ただものじゃあない」と思わせるようなオーラと美しさを感じることは出来なかった。別にただものじゃないわけでもないし・・・ただの大きなクルーズ船なので。マスコミはやたらと三代目、三代目と報道するが、初代のR.M.S.Queen Elizabeth、そして二代目?のQE2からしたら三代目と言われても聞いてる方が居心地が悪いばかり。カーニバル傘下になったとはいえ、キュナードラインのキュナードラインたるところを期待するのは僕だけだろうか。(笑) オーシャンライナーの黄昏を、またまた実感させられたが・・・まあ、こんなもんだろう、ヨシヨシである。(2014,3,17)

03/16 キュナード客船・クイーンエリザベス2014

キュナード客船、クイーンエリザベス横浜寄港2014:店長日記・アートポスター販売・Ocean-Note

クイーンエリザベスが横浜寄港。ベイブリッジをくぐるため、干潮を狙った異例の時間の入航である。本日の横浜の干潮は23:18、潮位は29である。(ここ数日では昨夜に次いで低い)聞こえてきた話ではバラスト水をたらふく飲んで喫水を下げているらしい。今日は、横須賀にもギャラリーは多く、我が仕事場の下でも何人かが眺めていた。(2014,03,16)

03/04 梅 「思いのまま」

梅 「思いのまま」:店長日記・アートポスター販売・Ocean-Note

桜より・・・梅の花が好きである。別にどちらが良いとか悪いとか言うほどのものでもなく、梅が宜しい。いかにも春めいて咲き誇る桜より、まだ寒い中で楚々と咲く梅は良い。 あちこちに海の花が咲き始めているが、毎年楽しませていただいているのが、ご近所の庭の「思いのまま」である。こいつは八重の咲き分けだ。近頃、お正月用の海の盆栽もどきの苗やら寄せ植えでは、なかなかの強者もあって、一本の台木に白い梅と赤い梅の枝の両方を接ぎ木してるものがあって、初めて見た時は赤白ならぬ、目を白黒させたものである。多分、前年に接いで売っているのだと思うが、無事に何年も経ったらどうなるんだろう?そのまま、赤い花の枝と白い花の枝なんだろうか? 本物の咲き分けは、よく知られるものではこの「思いのまま」と「日月」だ。前者は八重、後者は一重、日本人は結構、八重を好むようで、庭木や盆栽の苗で売られるものも八重が圧倒的に多い。個人的には梅らしく楚々とした風情は一重だと思うのだが。

ウクライナへの進駐でロシアが厳しい立場に立たされているが、先般、ソチオリンピックの開会式にお出かけになった安倍首相は、プーチン大統領と首脳会談を行った。その際、シンゾウがウラジミールに贈り物として持参したのが梅の盆栽。品種は「思いのまま」だった。されもさても、北方領土問題を解決したい安倍首相の思いは伝わっただろうか。「思いのまま」っていうのは「思いのままに咲いてくれる」という意味らしいが、これに引っ掛けて北方領土問題も柔軟に解決したいというメッセージだったことは想像に難くない。しかし、忘れちゃあいけないのは、「思いのまま」ってのは「思いのまま」になるというよりは、梅の方が気まぐれに咲くということであって、人間様の「思いのまま」になるという意味合いは薄い。毎年、どの枝にどんな色の花が咲くかわからんのであって、赤が咲かない年もあれば、絞りの花が出る年もある。ロシア大統領府でも今頃、件の梅盆栽は花をつけていることだろう。どのように咲いたかしらん・・・ウラジミールへのメッセージ、良かったものやら悪かったものやら・・・(笑)(2014,3,4)

03/01 客船バルモラル横浜寄港2014

客船バルモラル2014:店長日記・アートポスター販売・Ocean-Note

ノルウェー(船籍はバハマ?)の客船バルモラルが本日横浜寄港。大桟橋着岸予定は午前7時。横須賀の当社沖を6時前くらいに行くと思って、例によって5時に起きてVessel Finder(http://www.vesselfinder.com/)でバルモラルの現在位置を確かめると・・・ウン?! もう観音崎をかわしている! 慌てて雨戸を開けて写真を撮るも・・・ご覧のとおり、5時9分で曇天の今日のようじゃあ真っ暗で撮れやしない。僕は、何度も言うがカメラとゴルフを趣味にすることを自分に禁じて生きてきたから(笑)残念ながらセルフタイマーで手ぶれを防ぐあたりまでは頑張っても、真っ暗の中で明かりを点けてる遠くの客船をシャッタースピードを上げて撮るにはどうしたら良いのかわからない。(デジカメってえのはその辺が難しいのだと、僕の周りの知人はみなさんおっしゃる)

バルモラルは、それほどなじみ深い客船ではないが、一昨年には1912年のタイタニック処女航の再現クルーズを行ったことで話題になった客船である。その航海がどのようなものであったか詳細を確認していないが、アイルランドを出帆後に病人が出て、ヘリが病人を迎えに来れる沿岸まで引き返したことはニュースになった。そこで話題は途切れたものの、無事に沈没地点で追悼式を終えたと聞いている。もちろん経度50W14、緯度41N46地点で沈没する再現まではせずにニューヨークへ着いたから、今日も横浜に寄港するわけだ。そういえば・・・昨年の今頃、NHKのニュースにまで登場したタイタニック2(タイタニック2世号である)は、結局スッタモンダで建造はとん挫したそうだ。その方が良い・・・タイタニックへの奇妙なリスペクトは、今の世代があれこれやったところで滑稽なばかりである。明日はP&Oのアドニアが横浜に入港するが、あいにくヤボ用で一日外出の予定である。残念 (2014,3,1))

S.S. Titanic, off Queens Town

R.M.S. TITANIC 1912 ポストカードセット

02/15 タイタニックの床

客船タイタニックのリノリウム:店長日記・アートポスター販売・Ocean-Note

お門違いの調べごとで客船タイタニックの船名を見かけた。少々傷んできた中野の実家の改装工事をあれこれとやっているのだが、共用部の床の材料選びが難航している。いくらか外部の人が出入りする場所なのだが、怪しからん人も居るのでタバコの焼け焦げに強いものが必要なのだ。喫煙率は年々下がって、昭和40年頃は50%弱くらいが今や20%ほどなので、以前ほど気に掛けることはないのだろうが、普通のCFシートでは一旦タバコで焦げると醜いのは永遠にそのままだからだ。

僕は学生時代、現場の床仕上げのアルバイトをやっていたことがあり、実は床材には少々うるさい。基本的には組下仕事で、床貼り下請けの下で現場引き渡し用の仕上げのワックス掛けの仕事だった。就職してサラリーマン時代は輸入家具のセールスが長かったし、色々な打ち合わせでは家具のコーディネートの関係で内装仕上げには関わらざるを得ないし、内装工事の仕事自体を請け負うこともたまにあった。この辺を割と苦も無くこなすことができたのは、現場仕事でいろいろな職人さんと関わってその仕事をこの目で見てきた経験が大きい。本を読むより現場に一週間もいれば自然といろんなことが覚えられる。だからセールスマンも、少なくとも家具屋さんなんかは綺麗なスーツでええかっこしいではダメだと今でも思っている。

それはそれとして、この手でクリーニング・ワックス掛けをしたからどんな材料が一番宜しいかは自ずと叩き込まれている。まあ今時Pタイルなんかは使わないが、塩ビ系のCFシートで柔らかいのはだめだ。ロンリウムとかかっこよく呼んでみたところでヤワな安物は良くない。もっともカチンカチンに樹脂ワックスをかければかなりタバコにも対抗できる。(先日、これも調べごとをしていたら、米国のジョンソンのワックスも、日本では流通がか細くなっていて、床に掛けるのは大変な力仕事になるが最強だなあ・・・と舌を巻いた20Lの「赤缶」やら「黒缶」は手に入らないようだ)本家リノリウムも汚れには弱い。床を貼ってすぐに良いワックスを掛ければ良いが、その前に汚れると染み込んでしまう。いろんな現場のいろんな床材の思い出があるが、これはいいなあ・・・と思ったのは米国のアームストロング社の床材である。商品名はいろいろあるようだが、僕らの間では「アームストロング」である。特に今でもベウトセラーの「ニューテッセラコーロン」という石目モザイクのものが特に宜しかったし、実家の床と階段もこれにしようと思っている。

 現場にも怪しからん輩はいるもので、CFシートにタバコを落とされたら、どんなに頑張っても手におえない。リノリュームだってシミは落とせない。ところがアームストロングは固くて密度が高く、左官屋さんが少々モルタルを落としたって結構簡単にとれる。金太郎飴のように裏まで柄が貫通しているから、どうしても取れない汚れでも、いくらか表面を削ることだってできる。つまり・・・現場の引き渡し仕上げも楽だし、綺麗なのである。しかしながら・・・値段もピカイチ、硬いから貼るのも手間である。高価であるがゆえに特殊な材料であることは確かで(とは言っても、いわゆる本物のリノリウムの一種で98%天然素材である!)、今回一緒に仕事をやっている工務店さんでは扱ったことがないという。で、調べれば高名な米国デュポンの人造大理石「コーリアン」のABC商会さんの扱いである。早速、親方にこのこと伝えた次第だが・・・

ABC商会のアームストロングの紹介に面白い記述を見つけた。天然素材由来のリノリウムという新素材(笑)は19世紀中ごろに英国で開発されたのだそうだが、米国アームストロング社がリノリウムの長物(いわゆる長尺シート材料)を商品化したのは1909年のことだそうで、あのタイタニックにはアームストロングのリノリウムが数百本積まれていたそうだ。そこにタイタニックの床材に使用されたと明記されてはいないが、英国から出航するタイタニックがわざわざ米国のアームストロングを積んでいるのは変だし、これは恐らく床に使用されていたということなのだろう。デッキはチーク、高級な公室や船室はカーペットだろうから、それ以外のところに使用されていたのだろう。リノリウムは一般に防火性も高く燃えないため有害な煙も出ないから正解である。時間がやや下るが、キュナードの客船、クイーンメリー(初代)には、思いのほかプラスチック素材が多用されているという。現代の価値観からすればプラスチックはチープな素材となるが、当時は高価な新素材だったのだそうだ。(笑) タイタニックにも使用されたと推測されるアームストロングは今でも高級だが、当時も豪華で贅沢な材料だったのだろう。

床のロンリウムといえば・・・今日はまた大雪で、これまた湿った雪で始末に負えず、使い古してほったらかしになっていた、磯釣り用のスパイクブーツを引っ張り出した。うっかり仕事場のたたきに上がったらすっかり床を傷めてしまった。そう言えば東海汽船では、当然のように磯釣りの乗船客が多いのだが、床が傷むので船内ではスパイクシューズご法度だったなあ・・・そんなことを思い出した。(2014,02,15)

S.S. TITANIC, General Arrangement 1912

S.S. Olympic, S.S. Titanic Advertising Poster 1912

02/09 春の客船寄港シーズン始まり クリスタル・セレニティ

客船クリスタル・セレニティ:店長日記・アートポスター販売・Ocean-Note

春の客船寄港シーズンの始まりである。今年の横浜入港では、何といってもクイーンエリザベスの初入港がハイライトなのだろうが、残念ながらベイブリッジをくぐれずに大桟橋ではなく本牧の方へ着岸する予定だそうだ。(2月10日訂正・・・QEはバラスト水を一杯積んでベイブリッジをくぐるそうです。大桟橋に着岸します。知人より指摘がありました)

観音崎の海上保安庁東京湾海上交通センターでは、浦賀水道南口入航予定を発表してくれているが、時間は多少前後するし、その間ずっと目を凝らして沖を眺めるのは大仕事すぎる。(笑) で、もっぱらシップポジションというものをウェブで見ながら客船を待つことにしている。これは楽である。検索(googleでもyahooでも何でも宜しい)で船名を入れ、positionと続けるとお目当ての客船の現在位置が分かる。注意しなければいけないのは一日一回しか更新されないサイトもあるので、リアルタイムでやっているサイトで見なければならないこと。今年は去年良く利用したCLEAN CRUISING(http://www.cleancruising.com.au/)より、以前には見たことがなかったVissel Finder(http://www.vesselfinder.com/)という素晴らしいシップトラッキングサイトを見つけた。トップページにアクセスして船名を入れるだけでカレントポジションを知ることができる。

クリスタル・セレニティは、日本郵船がやっているクリスタルクルーズの三番船で、一番船クリスタル・ハーモニー、二番船クリスタル・シンフォニーに続いて就役した。初代飛鳥が需要過多になったことと、三隻体制になったところでクリスタルクルーズの集客が一時頭打ちになったことで、一番船クリスタル・ハーモニーが飛鳥IIに改装され、現在のクリスタルクルーズ二隻体制のうちの一隻である。造船所は、史上最高の伝説の客船ノルマンディーやキュナードラインのクイーンメリー2を建造したフランスのアトランティーク造船所だ。

昨日は大雪、45年振りだとか・・・45年前の大雪の日、今では肘の骨を折ってさえ医者に行かずに治してしまうほどタフな僕だが、子供のころは弱くて幼稚園なんか半分くらいしか行けず、その日も僕は風邪をひいて寝ていた。当時、父の商売は順調で若い従業員さんが沢山いて、風邪で寝てる僕の枕元まで雪だるまを持ってきてくれたのをよく覚えている。大雪が嵐のように去ると・・・もう春遠からじ、春の客船寄港シーズンである。(2014,2,9)

01/31 書籍 ノルマンディーに夢のせて

横浜大桟橋・ノルマンディー:店長日記・アートポスター販売・Ocean-Note

殊更、客船の薀蓄を人様に押し付けるつもりはなく、知識や収集を披露して自慢する気もないし、逆にその類の話を聞かされるのは得意ではない。でも何事も淡々と努力されて道を究めておられる方々の生きざまのようなものは大いに参考になるし「かくありたい」と思わされることはしばしばである。

何が、船というものが心を魅入るものか見当もつかぬが(それは人それぞれだろう)、僕はそこにある種の人間臭さがあるからではなかろうかと思う。1966年にビートルズが日本へ来たけれど、羽田に日本航空のハッピを着てタラップを降りた記憶はあっても、肝心の飛行機のことって印象はない。チャップリンが氷川丸に乗って、日本を後にしたことや大いに天ぷらを食したことは、我々の想像力を刺激して止まないけれど、ジョンレノンが仮にJALの機内食の牛肉に舌鼓を打ったとしても、そんなこたぁ話題にもならない。この辺の違いが船にはあるんだろう。 フランスの客船ノルマンディーには、僕も通り一遍ながら強い思い入れがある。西村慶明さんのノルマンディーに関する一文を某ムック書で読むことがなかったら、船のお勉強に時間を費やすことにはならなかったかもしれない。エアーポケットのように、たまたま手に取る機会を得なかった書籍を入手して読んだ。漆島隆志郎氏が執筆された”ノルマンディーに夢のせて”という書籍である。昭和60年上梓の本なので、かれこれ30年前の書籍ということになる。まだ当時は、今みたいに安っぽい本だらけではなく立派な本も多かったとは思うが、濃紺の凹凸の強い平織りのクロスに金押し文字の装丁は素晴らしい。当時の販売価格は3800円だから豪華本! である。(笑) 内容は漆島さんの客船ノルマンディーへの強い思い入れに気圧されるもので、船舶としてのノルマンディーに関する知識の一助にはならなかったが、存在しない客船をまるで船内を歩いたように描写されるのを読むと、きっとデッキプランや一般配置図を暗記するほど諳んじておられるのだろうと想像がつく。

漆島隆志郎さんと言われてもピンと来ることはないだろうが、実は氏は大桟橋に飾られている1/100のノルマンディーの模型の持ち主である。このノルマンディーの模型は丸の内の洋服店に飾られて話題になったそのものであり、大桟橋での展示に関しては、2010年10月の神奈川新聞の記事によれば以下の通り。
以下引用 ― 横浜港大さん橋国際客船ターミナルの2階ロビーに1930年代に活躍したフランスの豪華客船「ノルマンディー号」(約8万3千トン、全長約313メートル、全幅約36メートル)の100分の1大の模型が展示され話題になっている。ノルマンディー号の研究を続け、著書もある漆島隆志郎さん(71)=東京都世田谷区=が17年の歳月をかけて製作した。個々の寝室の調度品を忠実に再現、約700体の乗客はデッキなどでさまざまな表情を見せている。横浜市港湾局も芸術性を評価、客船ファンに鑑賞してもらおうと、豪華客船の“メッカ”に9月下旬からお目見えしている。― 引用ここまで

あえて暴露が目的ではないが、僕が知ったお話では、このノルマンディーの模型は持ち主は漆島さんに違いないが、実は制作者は先の震災で亡くなられた模型職人の宮内晴美さんということである。そして詳しい経緯は不明ながら(噂話のようなものは聞こえるが真相は確証なく控える) 製作者でおられる宮内さんの強い希望で製作者を伏せたのだという・・・大桟橋に行けばいつでも見ることができるのはアリガタイことだが、何だか隅っこに置いてあるようでしっくりこないし、地球規模で見ても相当の価値を持つ立派な模型である、大桟橋のロビーはそこそこ面積もあるのだから常設の温度湿度管理された一部屋を作ったらもっと宜しいと思うのは僕だけだろうか・・・(2014,1,31)

Ocean-Note, Normandie Chantiers de l'Atlantique 1935 G.A.

Ocean-Note, SS Normandie, Arriving in the Manhattan

01/11 横浜大桟橋・飛鳥IIとにっぽん丸

横浜大桟橋・飛鳥II:店長日記・アートポスター販売・Ocean-Note

月に一度ほどは横浜に出かける。この数か月(あるいはこの先も)、週に数度は横浜駅を利用してはいるものの、もっぱら乗換だけだから、買い物で高島屋や相鉄の菓子屋やら崎陽軒に寄るだけで、ちっとも横浜っていう気分じゃない。生まれてからずっと横須賀に留まっている娘たちが、今時、余りに田舎の子でも気の毒だと思っていることもあり、桜木町、関内、元町あたりをブラブラするのはこちらも気分転換でよろしい。かつての営業マン時代は、年がら年中仕事と気分転換が交雑するような日々だったけれど、近頃は事務屋さんの生活感がわからなくはない状況なのである。 三連休で日曜は女房も僕も別々に用があるのだけれど(もっとも僕のはたかだかテレビのラグビー観戦である)、寒くて海にも行きたくないので横浜が良いだろうと急に出かけることにしたのだが、調べれば横浜に行くときは必ず弁当開きにする大桟橋には飛鳥IIとにっぽん丸が同時に居るらしい・・・ラッキーだ。実は大桟橋で飛鳥を真近に見たことはなかったのだ。桜木町で降りて汽車道経由で赤レンガ、ちょっと買い物をしてから大桟橋、すでに汽車道から飛鳥IIの巨体は見えていたがご立派な雄姿である。弁当開きをしているとにっぽん丸が入港。パイロットの仕事から接舷まで一切を見ながらの昼食は悪くない。

先般テレビを見ていたら、クルーズブームだとか・・・外国船が安いのでいいらしい。そのテレビで初めて知ったのだが、外国船が日本の港だけを回るクルーズは(法律で?)できないのだそうだ。そこでHISか何かが釜山を寄港地に加えて実質は国内クルーズのプランを・・・これが59800円か何かだそうで大当たりしているのだとか。乗るか乗らぬかは別にして、船はいい。綺麗な構造物である。見ているだけで気分が良い。59800円の外国船の是非はともかく、島国ニッポンのニッポン人が大いに船に関心を寄せるのは喜ばしき事である。(2014,1,11)

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