12/29 三角ベース

野球・三角ベース:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

文章書きに行き詰まったら海辺で気晴らし。昨日、今日と家族四人で三角ベースの野球。バットが無いので、その辺に落ちてる枯れ枝で代用。長女が投げるボールが凄いのか(まさか?) 今日はバットを2本も折ってしまった。(笑) 三角ベースにつきものの透明ランナー・・・何と懐かしい響きやら。作戦など考えず投げて打って走る、物事の原点は楽しいものだ。

こんな遊びでも、寒さを感じないくらいには暖まる。疲れた頭には良き気分転換である。(2011,12,29)

12/25 クリスマス2011

クリスマス2011:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

朝より上町教会のクリスマス礼拝。出掛ける前にケーブルテレビでアニメの赤毛のアンの再放送をやっていた。アニメに出てくるロケーションを見てあの辺だこの辺だと女房とケンケンガクガク・・・ってえのもオタクな話だが(笑)、それはそれとして外国の文化に触れるときに教会と言うのは暮しの中に切っても切れないものがあって、赤毛のアンなんかも、例えば牧師さんと教会員との関係だとか・・・教会のことを理解していないとお話が判りにくかったりする。

クリスチャンではないしなる予定もないけれど、クリスマスをお祭りのように楽しんだり・・・あるいはそれで一儲けするのであれば・・・まあ、生涯一度くらいは教会で頭を垂れてみることである。バチはあたらないだろう(笑)

長女は図書カード、次女は野球のグローブをそれぞれサンタクロースから貰ったようだ。

今時の入門用グローブは良くできていて合皮ながら質感は全然昔のとは違うし柔らかい。それにしても、返す返す思うのは野球をやってる子供がいないこと。すっかりサッカーばかりだ。プロ野球は全然テレヴィでやっていないし時代は変わった。それでもプロスポーツで見れば野球の方が年俸もずっと沢山もらってるんだけどなあ・・・サッカーの練習している小学生を横目に娘達はキャッチボール。野球びいきではないのだが、こんなにグローブを喜ぶ次女を見ると野球も捨てたもんじゃないとホッとする (2011.12.25)

12/24 クリスマスイブ

クリスマスイブ2011:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

毎年のことだけどクリスマスイブは忙しい。次女の誕生日なのだ。我が家は24日は誕生日、クリスマスは25日と割り切るようにしている。そうしないと、どこまでがお誕生日でどこまでがクリスマスか判らなくなってしまうのだ。

今年の誕生日の夕食はとにかく時間のかかるボローニャ風スパゲッティ。思い返せば、15年程前にフードプロセッサを買うきっかけになったのもこのボローニャ風ソースを作るのがしんどくてだった。玉ねぎとにんじんとセロリをみじん切りにするだけで30分以上かかるけれどさらにこれを炒めるのに40分・・・これだけを作らならそれも良いが他の料理も作るとなればとてもかかりきりにはなれないからだ。フードプロセッサがあれば30分短縮できる。しかし、実は手でせっせと刻んだ方が上手にできる。プロセッサを使うと水分が多くなって炒める時にべちょべちょになっていいソフリット(玉ねぎとにんじんとセロリのみじん切りを炒め煮したものをソフリットという)にならない。野菜を刻んで30分、炒めて40分、ひき肉を加えていためるのが20分、トマトを加えて煮込むに最低2時間・・・丁寧にやるとざっと4時間かかる。(だからまともなレストランでは玉ねぎを刻むのは今でも包丁でやっている)

次女も8歳だ。ボローニャソースは昨日のうちに仕上げて、今日は、もうそんな機会もなかろうとデパートの屋上遊園地に連れて行く。横須賀のデパート、さいか屋は経営再建中で三棟のうち一棟のみが営業を継続している。この屋上遊園地も少し淋しくはなったものの営業を継続している。

屋上といえば、このところ時間のやりくりがつかないと利用するのが海辺の西友(LIVIN)の屋上駐車場でいただくお弁当。これが滅法景色が良い。猿島は正面、観音崎まで一望に見える。うみかぜ公園で遊ぶ人の遠慮会釈のない駐車のせいでとうとう駐車場は有料になってしまったが、1000円買い物すれば無料だから季節と風がよければ車の窓をあけて買い物がてら読書でもするには良かろう。(2011,12,24)

12/13 約束〜雑誌のタイアップ

不二家のケーキ:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

朝から久し振りに”××スタイル”という雑誌の広告代理店から広告出稿のお誘いの電話。いつもはすぐにお断りしているのだが、広告料は今どのくらいになっているのか興味が湧いてお話を聞いてからお断りした。(人が悪い 笑) この雑誌をご覧の方ならご存知のとおり西湘・湘南・三浦エリアのお店や会社が巻末に数ページ紹介されている。(12/30加筆:その号が出たのでコンビニで立ち読み。ペラペラとめくっただけだが、巻末ではなくトピックスかなんかというページに変わった様子)1ページあたり8社で、その8分の1のスペースで86000円とのことだ。このご時世に結構強気である。(笑) 1ページに直せば688000円、これだと内容のクォリティの高さで知られるp×nなんかとトントンか高い勘定になる。

僕は、読者としてはまるごとタイアップのような今の雑誌作りには否定的で、洗練されてはいなかったものの、スタッフの趣味で凝り固まったような初期のpopeyeのような雑誌が忘れられない。提灯記事を読んだって何も身につかないし残らないし、面白くない。それでいいんだろう・・・だから雑誌というものを読まなくなって随分になる。勤め人時代は、そっちサイドに居て、取材を受けたりタイアップ記事を書いてもらったりしてたから紙面の裏側が透けて見える。(笑) しかしながら、あれだけのお金のかかった出版物がたったあれだけの値段で買えるのは・・・中身が提灯記事=広告だからであり、くれぐれも情報の取捨選択を忘れぬことだ。

さて、次女はとうとう九九をクラストップで憶える。エライ! 僕が自分を戒め、子供たちにも言ってることは「どんな高い山に二番で登るより、低い山でもいいから一番に登りなさい」ということ。多分、この先”一番”をとることはないかもしれないが、九九をクラスでぶっちぎり一番で(二番手の子もやっと八の段を終えたところだとか・・・それにしても算数の苦手はどこにいった?)最初に憶えたことはきっと一生自慢できる。(苦笑)

で、約束のケーキを買ってあげる。不二家というのは俗っぽいけれど、やはり子供の心をつかむのは上手なのだろう。結局いくつかのケーキの冷蔵ショーケースを覗いて回ったものの、不二家がいいという。(確かに、判り易いよなあ・・・きちんと丸いケーキを1/8カットしてるからなあ・・・オサレで高価な凝ったスィーツよりこれなんだね。おまけにイベント中でケーキ4ケ 999円也!)

折角だからと、昔集めた皿を引っ張り出して、アーティスティックな次女のことだからフランク・ロイド・ライトのプレートでも選ぶかと思えば、デンマークiittalaの皿を選んだ。ま、とにかく・・・良く頑張ったね! 2011,12,13

12/07 水平線 一夜城

三春町・間引き:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

一夜明けりゃあ、家を出た道から水平線が一望。昨日までは雑木がボウボウで何も見えなかったのにである。

それにしても、女房は海を見れば「何で水平線は高いんだろう?」とボソッとつぶやくのだが、確かに水平線は砂浜で見ると目線のあたりよりちょっと低いところに見えるのに、高いところから見ると目線のあたりに見える気がする。

γやらθ、三平方の定理とか三角関数を使って水平線までの距離を求める方法はたくさん調べがつくけれど、水平線が高く”見える”ことへの答えは見つからない。海抜ゼロならば大体3.5kmから4kmくらい先の水平線を見ていることになるらしい。

以前に、仕事場の前の雑木林が刈られて眺めが一層良くなったことは書いたが、その時も今も急傾斜地(横須賀はそんなところばかり)なんか、そりゃあ平面的に見れば土地の所有者はいるのだろうが使える土地ではないしただの下ガケ、一体誰が頼んで手入れに来ているのだろう? 豊臣秀吉の小田原攻めの石垣山城のようなもの、ある日バッサリ木が伐られりゃあ驚くもんである (2011,12,7)

12/06 九九 (やれば出来るの通信簿)

観音崎20111206:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

天気の良い日曜の午後あたりは観音崎の山の上は心地よい散歩道だ。長女のラジオフライヤーの三輪車を買ったときもこの辺でスピード出したっけなあ・・・林が途切れるごとに海が見えるというのは、一望丸見えも気持ち良いものだろうが、チラリチラリもまた風情のあるものだ。スカイツリーが見えるという案内板があったので目を凝らしていると親切な紳士が「年に何回しか見えませんよ」と。

二年生の次女はいよいよ二年生の算数の最大のヤマ場、九九の真っ最中である。長女は磯野カツオ君のようなお点をいただくことなく何事もコツコツと着実にこなしているが、次女は万事個性的なところがあって算数が大の苦手である。苦手な算数で少しくらいは楽をさせたい・・・そんな思いで九九は授業が始まる2-3週間前から取り組んでみた。最終的にどうなるかはわからないが八の段を終えて出来ましたシール獲得はクラスで単独首位のようだ。当然、家族一同、驚きもあって心底褒めちぎる。これをきっかけに大いにドーパミンを分泌してモチベーションのかけらでも得てくれればと思うのだが・・・

「やれば出来ると言われ続ける永遠の大器晩成型」は僕のキャッチフレーズだったのだが、”やれば出来る”ってえのはいろいろと聞くところによれば、褒めるところがないと先生は通信簿にそのように書くのだとか(笑) 小学校、中学校とずっとそのように書かれたから、オール3あたりをウロウロするばかりでよっぽど褒めようがなかったのだろう。冷静に考えれば、やれば出来るのは当たり前でやって出来なけりゃ問題である。

宿題があればやっていたけれど、恥ずかしながら小学校から高校まで家で殆ど机に向かったことがなかった。結局は勉強に励むモチベーションがなかったから「勉強しろ!」とどれだけ言われても身につかない。僕の年代は偏差値というやつが最も熱を帯びていた頃で受験戦争と言われた時代だったから、正月に進学塾の合宿か何かをニュースでやっていて、将来のことを聞かれた受験生が「国家公務員上級職に受かり官僚になります」と答えていたのを見てとても同年代のヒトとは思えなかった。そこまで到達点が見えていれば十分、勉強に身が入るわけである。

何でこんな話になるかと言えば、先日たまたま個人的に児童相談所の人と話す機会があって、いろんな雑談から今のような回想をしたからである。とにかく僕の両親は一夜明ければ「今日から塾に行きなさい」という感じで、それが一度や二度ではなかったから、大いに期待して勝手に入塾手続きをしてくる両親も、”行かされる”僕も不幸なものである。極めつけは中三の時で、某有名予備校の”特訓クラス”とやらに申し込んできのは良いが丁寧に選抜試験があるという。数学の問題など・・・問題の意味さえわからないくらい難しかった。それなのに合格した? さすがに「問題の意味も判らなかったんだよ。選抜試験なんてウソっぱちだよ」と父に異議を言うと、さすがに父も特訓クラスの選抜試験に受かったことを喜んでばかりいられず予備校に問い合わせの電話をしてくれた。で、予備校ではすぐに来てくれというので父と行った。その責任者の先生曰く(未だに名前まで憶えているが記しません)「確かに、試験は悪かったです。けれど小野寺君の目には”やる気があった”から合格にしました」 これで親子ともどもいい気になって即入学手続き・・・何とアホな(笑) 結果は・・・凄くレベルが高くてついてゆけず・・・一体、先生の見たやる気の目ってどんな目だったんだろう?

横須賀の某公立中学の入学式直後の父母会で担任の先生が「とにかく何でもいいですから塾に行かせてください」とおっしゃるのだとか。近年の受験事情は承知しないが、要は学校では進路指導まではできませんということで、どこの高等学校を受けるかは塾と相談してくださいということらしい。確かに三年生の担任になって手取り足とり進路指導をして山ほど願書を書いても手当てが出るわけでもないだろうからわからなくはない。受験のことは受験のプロのである塾にお願いしますというわけだ。

小学生たちも半分以上は公文やら塾、進研ゼミをやってるようだ。(恥ずかしながら中一のとき進研ゼミにも手を出してしまった) で、経験者は語る・・・ではないが当家の娘達は望まないので塾やらなにやらには一切行かせていない。自分が嫌だったことを娘達にさせたくはない。きちんと勉学にモチベーションを築いて前向きにやってこれた方は、多分、子供達もきちんとそのDNAを受け継いで塾に励んでいることだろう。どちらもありだと思う。大事な事は、押しつけても身にはつかないということである (2011,12,6)

11/23 城ケ島

城ケ島20111123:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

夏の海水浴が終わった頃から行きたい行きたいと思いながら、誰かが風邪をひいたり週末の天気が悪かったりで行きそびれていた城ケ島に行く。近場ながら半年ぶりくらいだ。

馬の背洞門には黄色いテープが張られて立ち入り禁止が厳重になっている。良く見れば心なしか真ん中あたりの縦のヒビがはっきりしているようにも見える。「いつくずれるか懸賞にでもすればイイ」なんて冗談言いながら崩れて無くなればやっぱり淋しいだろうと思ったり。高いところが滅法苦手な僕はとうとう馬の背を渡ることができなかった。僕は憶えてなかったが女房は僕が連れて行った時に渡ったそうだ。

ウミウシ(ここではアメフラシのこと)は今頃の季節はまだ小さくて、長津呂の船着き場の磯に沢山いたのだが、あの春のでかいウミウシの気色悪さと違い妙に可愛い。手に乗せて!しばし愛でてしまった。ウミウシは地方によっては食べるそうだがまだ試したことはない。そういえば城ケ島の食堂には季節のせいだろう、海藻のアカモクも見当たらない。アカモクだって全国的に食べられていたわけじゃあないのに、少し流行る前に当家では食べて春の食材になったし・・・来春はウミウシでも食ってみるか? 食した暁には再度書きます(笑)

上の水仙ロードはこのひと夏ですっかり整備されて車が通れるほどに広げられて綺麗にならされている。でも・・・以前の、ちょっと秘密めいた背の高い笹の谷間を行くような道の方が風情があった。お気に入りだったS字のカーブもなくなって(ここには女房の好きなスミレがあったのだ)・・・

時の流れにはまた、砂を噛むような思いも少しはあるもの (2011,11,23)

11/21 100周年

浦賀・灯明堂:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

先日の土曜日は娘達の通う横須賀市立山崎小学校の100周年式典だったそうで、代休で本日はお休み。久しぶりに浦賀の海岸をブラブラする。今夏も砂を大量に入れたようで埋まったか海流が変わったかビーチグラスが多くはない。もう少し北風が吹けば増えるかもしれない。

娘達の小学校は以前にも書いたが、小泉純一郎さんを輩出しており記念文集にも寄稿されていたし、式典にも出席されたとか。ちなみに歌手の渡辺真知子さんも卒業生で、近隣の駅である京浜急行堀ノ内駅の入車の音楽はカモメが翔んだ日である。

少子化がどれくらい進行しているものか実感はないが、横須賀でも学校の統廃合は進んでいて、まして生まれ育った中野区に目をやれば以前にも書いたとおり、僕の通った小学校は昨年度で廃校統合され、淋しい思いをしているうちに中学校も統合されることに決まったそうで、やはり少子化人口減少も実感せざるを得ない。僕が通った中野九中はJR中野駅を挟んでお隣の中央中学と一緒になり(ということは、あろうことか???中央中卒の女房と同窓ということになる???エッ!ウソッ・・・苦笑)、場所は現中央中学のある旧警察大学跡地の一角に新たな学校を作るそうで、統合校の名称はまこと一直線に中野区立中野中学校になるそうだ。もっとも輪をかけて淋しいのは、僕の実家は新しい学区になると中野中学からはずれて東隣の十中域になるとか・・・ややこしい話しだったかもしれないが自分の出た学校が・・・どこにもない感じである。

100年といえば、厳密には山崎小学校の創立は1912年とのことで、それからすれば本当は100周年は来年なんじゃあないかと疑問に思ってもいるが、いよいよタイタニックの就航沈没から100年である。外国の事情も含め、思ったより各種イベントも少ないようで・・・その後タイタニックが朽ちてゆく様も伝わってこないが(お金にならないと大掛かりな潜水調査もないようで・・・)所詮、人の営みなぞ泡沫の夢ということか・・・(2011,11,21)

11/17 長い旅

僕らの旅:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

先週から実父入院、持ち直して事なきを得そうだが、一時は状態が悪く急遽医師から呼び出されたり・・・

誰もそうであるように、事あらば好むと好まざるに関わらずいくらか考えなきゃいけないこともある。不思議なもので少し状況が落ち着くとせめて身の周りをこぎれいにと思うもので、不要なものを整理処分したりする行動に至ったりする。別にそれとこれとは何も関係がないのである。(笑)

そんなことをやっていると、20年前、横須賀に住むに至ったことなどを思い返したり、今は建て替えてしまった実家の(戸籍を構えた男子でも実家と言うのかしらん?)ことを思い出したり、今まで住んだり働いたりした場所が次から次へと頭に浮かぶ。"終の住処"など言葉だけのことで・・・ああ、人生は長い旅みたいなものだなあ・・・

振り返ってみるのもいいさ
道草食うのもいいさ
僕らの旅は果てしなく続く
ときには疲れた体を木陰に横たえて
思いにふけるのもいいさ旅はまだ続く

いろんな人に会うさ
いろんな事があるさ
僕らの旅は果てしなく続く
知らない街で愛を見てふと立ち止まり
心の置き場があればそれもまたいいさ

(2011,11,17)

11/14 鎌倉 七五三

葉山デニーズ20111114:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

おととい、久しぶり、本当に久しぶりに鎌倉へ出かけた。次女の七五三(満でやっているので普通より一年遅いかも)で鶴岡八幡宮に行ってきた。次女は、三歳の時に白旗社を望む池のほとりの休憩所で千歳飴をしゃぶったのが良き思い出らしくたってのリクエストに応えた形である。倒れてしまった大銀杏を見るのも初めてである。

俗っぽくも鎌倉という場所が好きで高校生の頃から半年明けずに出掛けたものだし、結婚前までは毎年、正月三日の朝早くに初詣に行きそのまま健康祈願の思いを込めて江の島まで歩くのが習慣だった。途中、新田義貞公が稲村ケ崎をどうやって越えたのか真面目に悩むのも恒例(笑) 結局、関東大震災で三浦半島は隆起したから、800年前は今の波打ち際あたりが引き潮で渡れる浅瀬だったのだろうと毎度結論するしかなかったが・・・

いつも思うことだが、世界遺産になることの可否はともかく、800年前の遺跡がそのまま地中に埋もれているのが鎌倉で、発掘された大きいものは段葛くらいしかないわけだから、考えようによっては鎌倉・室町時代がまんま地中に埋もれて保存されているともいえる。おとといの七五三では八幡宮の御神域で過ごしたが、現在の八幡宮は徳川家光の頃より整備され、本殿は家斉時代のものだから江戸時代のものだ。金沢文庫のある称名寺、金堂前の庭園が往時の絵図に基づき復元されているが、行ったことがある人ならわかるとおり・・・なるほど極楽浄土である。さぞかし鶴岡八幡宮も神々しいものだったと想像される。このあたりの考えを上手にまとめなければ、ただの古都(政庁があっただけだが)というだけでは何の世界遺産か納得しにくいかもしれない。

この日はどこを走ってもガラガラで、真名瀬のあたりで時間を調整してから、次女のお楽しみ七五三恒例の”お子様ランチ”へ。長女はお子様ランチを終えたから、もしかすると当家のお子様ランチはこれが最後かもしれない。これまた久しぶりの葉山のデニーズで昼食。この葉山のデニーズがまた・・・ガラガラ。12時になっても駐車場は空いているし、席もガラガラ。晴天の週末土曜なのにである。この日の子供たちのはしゃぎぶりを見ると、たまにゃあ近場であってもお出掛けは良いものだと思う。当家の娘達は本当に欲がなく「欲しい」とか「行きたい」とかが無いのだが・・・気分転換も必要だということだ。

このところ店長日記が途絶えたのは、熱心に取り組んでいることがあるからだ。何かに手を尽くすと大概こうなる。好評だった客船ポストカードシリーズの一新に取り組んでいる。鎌倉の発掘ではないが50年から100年前の資料を集めるのはホネだし、傷んだ資料や画像をポストカードという箱庭・小宇宙に納めるのに丁寧に復元修正するのは面白くもあるが膨大な時間がかかる。オーシャンライナーの時代・歴史への大いなるリスペクト故、モチベーションも高く続けられる。スティーブ・ジョブスさんが亡くなって生前の逸話はつきないが、僕が一番心に残る話はこだわりで、「優れた家具職人はキャビネットの普段見えない裏側に安物のベニヤを貼って済ませたりしない」というもので、何にでもいえることだが安易なエクスキューズを自身に対して与えることなく、それは結果的に誰もが共有できるものではないとしても達成感をもたらしてくれる。どこか・・・商人であるよりもやっぱり職人的な自分に気づかされる時間である (2011,11,14)

11/04 観音崎フェスタ・横須賀美術館

横須賀美術館:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

ふた月ほど前だっただろうか、長女が学校から横須賀美術館のチラシをもらって来て9月から開催されるトリック&ユーモア展を見たいと言い出した。チラシにはエッシャーの絵、この”だまし絵”に”だまされた”ようだ(笑) 冗談はさておき僕も多感な時代にはエッシャーが好きで、世界有数の甲賀コレクションの展覧会を見に行ったり、その甲賀コレクションの4巻からなる当時の僕にとっては高価な図録を買い求めたりしたものだった。「小学生は無料なんだよ、文化の日は大人もタダだよ」と言われていたので昨日は観音崎までひとっ走り行ってきた。

反対運動が強く、未だに賛否の議論絶えないいわくつきの美術館だが、僕は反対意見の皆さんとは違った意味でアンチ横須賀美術館である。だから入ってみたいとも思わなかった。僕の思いはただひとつで「何もこんないいところに作らなくてもいいじゃない。土地の買い手がつかない平成町の空き地にでも作れば宜しい」ということ。至って個人的に過ぎるが、あの場所は美術館が出来る前はなだらかな起伏に富んだ素敵な園地で、長女も次女も歩き始めたころに良く歩く練習をしたもので、お気に入りの場所だったのだ。

まあ、40万都市たる我が横須賀に美術館のひとつもあって宜しいとは思うが・・・因縁の入館は・・・まず入るまでに一時間も並んでしまった。行列というやつが大嫌いで列に並んだことが皆無な僕にとってはこれだけで大厄。やっと中に入るとエッシャーを見るのにまた並んでいて、40年前のモナリザやパンダみたいに立ち止まらせずにささっと列を進めりゃいいものを・・・いい加減一時間の行列でメゲてた僕はとうとうギブアップしてエッシャーを見るのを諦めた。幸い、マグリットを観たので(これまた多感な頃に国立近代美術館に見に行った)多少の満足は得たが・・・で、常設も含め一回り。感想は・・・批判になるので書かない。やっぱりあの園地が惜しい・・・それだけ。

この日は観音崎フェスタとかで大賑わい。歩くなら一人で歩けばいいものを、ウォーキング大会か何かで何で何十人も徒党を組んで歩くのだろう?対面で歩いていたら「右を歩けよ」とウォーキング大会のご老人に怒鳴られたり、迷惑な話だ。静かな観音崎の方が好きだ。

昨日は横須賀学の会の集まりが、やはり観音崎と聞いていたので、ちょうど散会の時刻になるので三軒屋で皆さんにあいさつ。大橋さん、齋藤さん、野村先生と言葉を交わす。お昼も誘って下さったが、こちらも弁当持参だったので失礼した。

例年、文化の日は割と好日なのだが・・・残念ながら生涯最悪の文化の日・・・だったかもしれない(苦笑) 2011,11,4

10/03 トゲナナフシ

トゲナナフシ:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

つい先週の金曜日(9月30日!)まではまだセミが鳴いていた。こんなに遅くまで鳴いているのも珍しいだろうが、さすがに週末に一気に冷え込んだので死んでしまっただろう。路傍にはツクツクボウシの亡骸が転がっていて、もののあはれを感じぜずにはおれない・・・

昨夜はヤモリを見つけてつかまえようとしたら暗いところに逃げられて、暗がりにうっすらと白っぽく見えたので迷わずつかむとナメクジ・・・結構硬くてひんやりとした手触りだ。(苦笑) ヤモリはつぶらな瞳が可愛いくて当家でもアイドルである。

ヤモリは捕まえそこなったが、この3日ばかり毎日トゲナナフシを見つけている。トゲがあって痛そうだがそんなことはなくて、とにかく動作がのろくて(ナマケモノみたいだ)可愛い。こいつを捕まえて手に乗せるとゆっくりと腕に上ってくる。長女は小さい時と違ってすっかり虫はダメになってしまったが、次女は大好きなのでしばし遊んでいる。昨夕は頭のてっぺんまで登ったトゲナナフシにご満悦であった。

週末は次女が風邪をひいて出掛けることは叶わなかったが、身近なところにもまだまだちょっとした発見や面白いことがあるものである (2011,10,3)

09/28 北極星を探せ

北極星:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

昨夜は長女の小学校の課外授業に付き添って星の観察に出掛ける。何事も詳しい奴はいるもので、いつの時代も星とか星座にとことん詳しいのがクラスに一人や二人いたものだが、僕は全然ダメで恥ずかしながら北斗七星を探せと言われても北極星を探せと言われてもからっきしわからない。

昨夜は学校の屋上に上がってしばらくすると人工衛星が飛んで行って、これまた人工衛星が星のように夜空に見えるのを初めて見てビックリしたが、指導の先生が教えてくれたのが北極星の見つけ方。

4つの方法を教えてくれたが、一番見つけやすいのがカシオペヤ座から見つける方法だった。まあ、もしそこが行ったことの無い土地で、いきなり真っ暗な夜だったらアタリをつけにくくて簡単ではないかもしれないが、普通は昼間に太陽の沈んだ方向がだいたいわかったりするわけだから、おおまかに北側がわかるはずだ。首をあげて斜め上方を見上げれば周りに明るい星の少ないW型のカシオペヤ座は簡単に見つかる。北斗七星は今の季節だとやや低い位置にあって地上の照明にかぶって見えにくい。しかし・・・この歳になってこんなことが嬉しくて上の絵を描いてしまった。(別にヒマなわけではないが・・・アホである)

しかし、冗談は抜きにして、夜方角がわかるというのはアリガタイことで、昔ソニーの厚木工場へ仕事で行った帰り、横須賀へ戻るのに134号線を(あるいは国1だって良いのだ)目指したが、デンと横たわる小田原厚木道路に行く手を阻まれ横切ったり戻ったりするうちに夜も更けて方角が判らなくなった。その頃乗ってたクルマにはルームミラーの横におもちゃのコンパスが付いていてこれで”南へ向かえば絶対に海だから1号線がある筈”で走って事なきを得た。コンパスがなけりゃあ1時間やそこらは迷ったかもしれない。

GPS全盛時代だがはっきりと北極星がわかるのもそれはそれで良いことだと思う。近頃、家電品もブラックボックス化しているから目に見える星と言うのは永遠不変で安心感がある。前に知人のヨットに乗せてもらったとき、そのヨットには自動車用のナビが取り付けてあったのだが、どうした加減か海を行くヨットは時たま国道を走っていたりして(笑)

ターミネーターやマトリックスではないがいつか機械には裏切られそうな気がするのは僕だけだろうか (2011,9,28)

09/15 夕方泳ぐ QE2検索

観音崎・海水浴20110915:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

季節というのは都合や気分に関わらず移ってゆくもので、9月に入ればある朝突然セミの声が聞こえなくなり一雨過ぎれば風が北東に変わり涼しくなる・・・はずが今朝はとうとうツクツクボウシだけでなくミンミンゼミまで鳴いている。十五夜が熱帯夜というのも珍しいことだったそうだが、暑けりゃ涼む・・・多分今年海で泳ぐのは最後だろう。

調べ事で”QE2”つまり客船クイーンエリザベス2の画像を探していると見慣れないグラフのような画像が一杯でてくる。これが何かと言えば”quantitative easing”といって金融の量的緩和という金融政策(経済政策)のことだそうで、米国の連邦準備理事会は2010年11月から2011年6月まで8カ月間にわたり実施したそうな。これが第二弾にあたるため quantitative easing 2 、ややこしいことに QE2 と呼ばれている。お陰で資料探しははかどらず迷惑千万な話であるが、大学の経済学部を出ながら先頃の大震災後に円高が進んだことがどうしてもわからず悶々としていたところ、このQE2が為替相場に与える影響を知って政府日銀の失政失策を認むに至った。だって長期的には復興需要で内需拡大の好景気があるにしても危機的な状況を反映すれば円は安くなるのが道理なところ逆なのだから不思議だ。こちらは客船のQE2を調べているのに金融政策のQE2・・・中には米国経済誌の見出しHow QE 2 Could Drift Off Course(クイーンエリザベス2は針路を外れ漂流)などと客船のQE2にひっかけて政策の限界を指摘するものもある。(笑)

今時のダイガクならばせいぜい教育内容も上がっていて件のQE2も習っていることだろう???  が、僕がダイガクで習った必修科目の財政学では財政投融資あたりまでしかやらず、財政に連動する金融政策までは(つまり中央銀行による金融緩和、引き締め)教えてくれなかった。つまりダイガクを出ただけでは経済のニュースを読み聞きしてもチンプンカンプンということだ。

しかし、目からウロコとはこのことで、日米の円ドルレートを振り返れば、やはり通貨発行量がレートにほぼ反映されていることは事実で、為替レートの決定要素のうちもっとも影響が強いのが通貨発行量だということは・・・恥ずかしながら初めて知った。(そんことも知らなかったの?と言うなかれ、浅学を恥じるばかり)  米国はせっせと金融緩和をやって(ついでにいえば中国も)、日本は何もやらなかったからドルは市場にあふれて価値が下落、相対的に円が高くなるのだそうだ。ニュースでいってる「ユーロの危機や米国経済の先行きの不透明さから円が買われる」というのは間違ってはいないものの気分的な要因であり、経済のメカニズムとしては通貨量の方が理にかなった説明を得ている。日本の通貨発行量は1400兆円くらいだそうだが、100兆円程度の金融緩和をすれば円高も収まるのじゃないかという学者もいる。

まあ、素人考えだが、日本はかつて高度経済成長を成功させた体験も持っているのだから、デフレを2%程度の緩やかなインフレに乗せて、財政投融資はともかく回収が見込める民間事業にお金を突っ込めば話は上手くゆきそうなものである。無論、国債の発行は国会議決を経るわけだから、明瞭な投資先の取捨選択が必要で、この辺が政治家の腕の見せ所となるだろう。いずれにせよ、東北にやらなきゃいけないことがあるわけだから、この復興開発を民間事業にして国債で得た予算を割り当てる・・・民間は事業だから適正な利益を得て事業を推進する・・・ここには被災された皆さんに対するある種のモラトリアムも必要だとは思うけれど・・・このモラトリアム分だってやろうと思えば債権化できたりして・・・

そんなこと考えても一介の商人たる僕に何ができるわけじゃなし・・・国家規模の難しい計算よりも、小学2年の次女の算数の宿題プリントをきちんと理解させつついかに速やかに完遂するか・・・こっちの方が大問題だ (2011,9,15)

Ocean-Note, Queen Elizabeth 2, J. Olsen 1983

09/13 ローズマリーと玉ねぎのスパゲッティ

ローズマリーのパスタ2011:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

先週、今週と続けてお腹をこわしてしまった。大したことはなく出るものが出てしまえばおしまいだったが・・・原因は昼食のカレーである。

我が家は海軍に倣って金曜日はカレーなのだが、中途半端に余ったものが冷凍庫に入っていたので、男一人の昼食なんざいい加減なもの、同じ冷凍のご飯を自然解凍したのを皿に盛って、これまた自然解凍したカレーをぶっかけてチンしたのである。勿論、解凍が行き過ぎることはなくきちんと冷たいままではあったが、気になったのはルーが分離していたこと。混ぜて食べるからイイヤイイヤとやったのだが・・・冒頭の結果である。原因はいろいろ考えられるようだが、分離した状態のカレールーが余り宜しくないのは確かなようで、冷凍のまま鍋に移して温めるのが正解のようだ。

家内の弁当はきちんと昨日の夕食から手当てして、勿論娘達は給食、ところが、たまたま今日は僕の昼食の手当てが出来ていなかった。我が家も日本の厳しい景気状況を反映して行政改革著しく余計な在庫食材は一切なし、木曜までのメニューと材料は決まっていて購入済み、材料はすべて割り振られているので何も作れやしない。幾らか余分にあるものはパスタと玉ねぎとニンニクくらいである。ここで先週届いたいただき物のフランスみやげのアンチョビペーストを思い出した。パスタと玉ねぎときたら好物のアンチョビと玉ねぎのパスタである。

と・こ・ろ・が  ・・・である。アンチョビの使用許可を家内に申し出ると「エーッ」とダメだしを食らってしまった。自分が食わないのを僕が先にいただくのが気に食わぬらしい。ほとほと困って・・・ほんのスプーン一杯ばかりなのにである。こちらも頭に来たから「ああそうかい、そのアンチョビには一切手をつけねえよ!」と返してやった。手をかけぬようにしているが(手を掛ければ掛けるほど材料費もかかるのが料理だ)、それでも翌日の弁当をいつも十分考慮してお三度(もっとも今のシーズンは夕食のみだが)に励んでいる我が身がばからしい。と、腹は立っても腹は減る(笑) 仕方がないので仕事場の玄関脇のプランターからローズマリーをちぎって帰宅。(オフィスと自宅は歩いて三分なので昼は帰宅して食べる)

玉ねぎは大きめに切ってオリーブオイルで炒める。玉ねぎがほぐれたら軽く塩を振り中まで火を通す。ニンニクのスライスと唐辛子、ローズマリーを加えてニンニクが色づきかけたらパスタの茹で汁を加える。アルデンテのパスタを加えてフライパンをあおって和えたら火を止めて少しだけオリーブオイルを垂らす。

結構、お料理の勉強をした割にはハーブを使うのが苦手なのだがこれは美味! ローズマリーはこれまた難しくてジャガイモを使う時や豚肉やイワシと合わせて試しても、香りが邪魔で入れない方がいいと思っていた方で、唯一カポナータ(フランスならラタトゥイユ)を作るときしか使う機会がなかったが怪我の功名、プチトマト・アイコに続いて思いつきの大ヒットである。ローズマリーは生命力旺盛でそこいらの庭からはみ出しているから、お縄にならない程度で失敬して試していただきたいリチェッタである。(2011,9,13)

09/10 止まない雨はない

長沢ローソン:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

おにぎりを作って城ケ島あたりに出掛けようと算段するも長女が風邪をひいたので取りやめ。馬堀海岸や野比海岸あたりをウロウロして長沢のローソンの駐車場で弁当開き。コンビニの駐車場だからアイスクリームを幾らか買っても長居するには気がはばかれるが個人的には七里が浜のセブンイレブンよりは居心地が良い。

今週は親しかった知人の葬儀があったり、プライベイトなトラブルがあったり、台風一過の青空と裏腹に気分も冴えないが・・・止まない雨はない(2011,9,10)

09/07 訃報 松隈さん

個人的なお知らせになりますが、大変残念なことながら去る9月1日、本年2月までウィルクハーン・ジャパンの営業スタッフとして活躍された松隈恵子さんが永眠されました。

すでに5日と6日の両日、お別れの会が営まれました。

ご冥福をお祈りするばかりです(2011,9,7)

09/04 Over the rainbow 馬堀海岸

馬堀海岸の虹:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

夕方、海岸通り(行政上の正式名称かどうかは判らないが、JR横須賀駅から国道16号を経て、新しい埋め立て地の平成町・大津港・馬堀海岸・伊勢町・観音崎に至る道をいう)を走っていると、空の底が抜けたような雨・・・ふと対岸の館山・富津方向に目をあげると虹

絵に描いたような見事な虹、おまけに二重である。路肩には沢山車が停まって、皆携帯でパチリとやっていた。ちなみに不肖小野寺は携帯を止めてもう3年以上になるか・・・売り込みの電話がかかってきたりして(ソフトバンクさんが一番多いなあ・・・熱心だなあ) 「今はどちらの携帯をお使いですか?」と問われ、「携帯持ってません」というと、あちらさんは一瞬言葉につまる。ハハハ・・・流石にコールのマニュアルの想定問答にも「持ってません」はないらしい。今時ねえ・・・(2011,9,4)

09/01 夏休み 最後の最後に

横須賀・ギンヤンマ20110901:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

娘達の夏休みは儚く終わってしまったが、昨日まで午前授業だったのでリクエストに応えてトンボ捕り。

9歳女子と張り合う気はないのだが・・・長女は見事にギンヤンマ(♂)を捕獲。勿論、ギンヤンマが人前でどこかにとまることはなく、飛んでいるのを空中キャッチしたのである。僕が”生きているギンヤンマ”を初めて見たのは40歳過ぎてから(生まれ育った中野にはオニヤンマもギンヤンマもいなかった)、初捕獲はその5年程後だったというのに・・・

その瞬間の気持ちは一生大事にしてもらいたいものだ。昨日のヤフーのニュースの見出しに・・・「知っている」が学ぶ心を妨げる・・・などとあったが、ギンヤンマを「知っている」「見たことがある」ってえのと「捕まえた!」はすごく違うということを憶えておいてほしい。見ると聞くとは大違いで、ゼロに幾つ掛けてもゼロのままで”1”というのはたかが”1”だけどとても素晴らしいことなのである。

やるからには一生懸命やる、出来るまでやる。そうありたいものである。(2011,9,1)

08/30 プチトマト・アイコのスパゲッティ

プチトマト・アイコのパスタ:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

今年、妻が関わる某所ではアイコという品種のプチトマトを育てている。これが随分と収量が多いトマトで、真っ赤を過ぎてダメになってしまいそうなものは我が家で幾らかいただいている。

このアイコ、聞けば「甘い」と評判らしいのだが、僕が食べたところ大して甘くはないし、皮がとても厚くて、食べると身が「ブシュッ」とはねるし正直なところあまり宜しいトマトとは思わない。ただ家庭菜園で育てやすいのでウケているのだと想像する。で、朝食でも余ってしまっていたところ、ある日の昼食にアサリのパスタを作っていた時にひらめいて半分に切って加えたところ・・・ヴォーノ!

普通のトマト(桃太郎とか)に熱を入れると水分が多くて、パスタにするときはタイミングが難しいのだが、皮が厚くて水分が少ないアイコはキッチリ火を通せば甘みも増すし、トマトの風味もしっかり、酸味も少なくて・・・まさに生食よりもこんな使い方のためにあるんじゃあないかと思う程だ。ドライトマトを使うより手軽で美味しい。アクアパッツァなんか作るにもピッタリだろう。

つぶしたニンニクの香りを火をかけてオリーブオイルに移したらシメジを炒めて半分に切ったアイコを加える。アサリと水を入れてアサリが開いたら殻をはずす。パスタをアルデンテからマイナス1分くらいで茹でて加えたらフライパンでアルデンテまで火を通す。火を止めてオリーブオイルを垂らして軽くあおって完成。アサリの殻を外したフライパンはソースがひたひた、パスタにはソースで最後に火を通しきる、好きならば最後にバジルを散らしてもいいだろう。

こんな美味いものも滅多にない。久々の名作パスタである。(2011,8,30)

08/29 生涯通算四匹目のギンヤンマ

横須賀・ギンヤンマ20110829:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

娘達、夏休み最終日。少しだけでも・・・と思い、某所にトンボ捕りに出掛ける。僕の狙いは・・・生涯初のオニヤンマだ。

今日はギンヤンマのパレード。2組のカップルとあぶれたオスが3匹、こんなに沢山飛んでいるのは初めてだ。結局、オニヤンマとは会えなかったけれどギンヤンマ(もちろんあぶれたオスの方、産卵中のカップルはそっとしておく)を捕獲成功。去年はゼロ、生涯通算四匹目である。

いつものことながら、ギンヤンマは美しいの一言に尽きる。娘達は一年振りのトンボ捕りながらショウジョウトンボをそれぞれ捕まえていた。憧れのオニヤンマを死ぬまでに捕まえることが出来るだろうか・・・(2011,8,29)

追記:ギンヤンマのフツーの捕り方は承知しないが、僕が出会った限りギンヤンマは補虫網が届くところに留まることはない。だから、生涯四匹のギンヤンマはすべて空中キャッチしたものである。飛んでいるのをずっと見ていると必ず飛ぶ同じコースがあるのでそれを見極めたらそのコースの脇でしゃがんで待つ。ちなみに、使っている網は100均でかった子供用の網である。なかなかの名人芸で、飛ぶスピードが桁外れに早いギンヤンマはやはり捕るのが難しい。

08/26 夏の終わり 歯医者さんへ

観音崎・入道雲:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

今年は暑いことは暑いものの、海辺に人は少なく楽しみにしていたシロップかけ放題のかき氷の屋台も出ずどことなく夏らしくない夏だった。それでも入道雲がやっぱり夏の終わりを教えてくれる。

8年振りに歯科に通っている。勤め人を終えるときに三月掛りで直した歯は、たまに詰め物が外れて慌てて近所の歯科に駆け込む度にその場でくっつけてもらって事なきを得ていたが、ついに詰め物が外れたところに虫歯が発見され例のキューーンと削る治療をする羽目になった。

学校を卒業してから歯科に本格的に通ったのは三度ほどだ。二回目は横に寝た親知らずが悪さをしてどうにもならず急患で抜きに行ったが(その翌日は出張で飛行機・・・おまけに余圧の悪いプロペラ機にも乗らなきゃならず大変だった)、あとの二度はいずれも退職を決意しての歯科通いだった。

退職や転職は、やはり大きな決意であるには違いなく、次に健康保険がどうなるものやら・・・と思うとまず歯を直しておくという心理になるものだ。同じような行動をしていた友人や同僚も何人か見た。痛くてどうしようもないわけでもなく、医者通いが趣味のような人でもないのに歯医者に通いだしたら、その人は重大な決意を胸に抱いているかもしれない。僕の場合は一回目の転職の時は急なことで歯科に行く間もなかったが、二度目の転職と勤め人を終えて独立開業する時には悪い歯を全部直した。

決意といえば、突然の事で大騒ぎになった島田紳助さんの引退。多分、同じような経験と性質を持っている人なら記者会見を見てシンパシーを覚えたかもしれない。どちらかと言えば、良い機会だからこの辺で辞めちゃおうと思ったのではなかろうか?それが美学というに値するか否かは判らないが、惜しまれるうちに辞めるが華・・・なんていう思いもあったかもしれない。島田紳助さんが出演されていたテレヴィは鑑定団を見るほかは見ることはなかったが、鑑定団を見る限りでは大変な努力家、勉強家でもあり記憶力や物事の理解の早さには敬服するものがあって突然の引退は残念である。まあ、今回、そんな時間も無かっただろうから、ゆっくり歯の治療でもなされば宜しいと思う。(2011,8,26)

08/14 大葉のペペロンチーノ

大葉のペペロンチーノスパゲティ:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

今は処分したが、神保町の悠久洞で料理書をずいぶん集めたりした。そんな中にキャンティの森岡さんの著書があった。1970年代の料理書だったから隔世の感ありで、フレッシュバジルが手に入らない時代のものだ。うろ憶えだが、キャンティのバジリコのスパゲッティは確かペスト・ジェノベーゼの代用で、乾燥バジルとパセリ、大葉をバターで和えてチーズを振りかけるような感じだったと思う。これが、勘違いを生んで乾燥バジルを使ったスパゲッティはオリーブオイルを使ったものに化けてしまった。今でもレトルトのパスタソースで売っているものである。そのバジリコのスパゲッティをフレッシュバジルでやったら美味しかろうと思ったのだが・・・大失敗である。バジルはそのままかペストにしてこそ香りがあるけれど、みじん切りにすると青臭いばかりである。ならばと、同じシソ科の誼で代用されていた大葉を使ってみたわけである。

ニンニクはみじん切りよりスライスが良い。唐辛子適量、オリーブオイルで香りと辛みが出たら、パスタの湯を余り切らずに和える。火を切って最後に粗めのみじん切りにした大葉をたっぷり加えて軽く和えて出来あがりだ。家人が留守なので大好きな大葉のペペロンチーノを3日連続で作っている。一人の食事はおっくうで適当になってしまうが、日に大葉を一把でも食べておけば不健康でもないだろう。(2011,8,14)

08/13 朝のココア

うみかぜ公園・朝のココア:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

結石の疝痛で食欲も減退気味。うみかぜ公園で朝食代わりに甘いアイスドココアをいただく。ポリフェノールがいくらか胃痛を和らげてくれるかもしれない。

朝も早いのに釣り糸を垂れる人が多い。昔も今もちょっとした護岸にゆけばアミコマセの臭いは懐かしくも変わらない。

変わらないものもあるけれど、甲子園の野球を見ているとすっかりスライダーの全盛時代で目を丸くする。140km半ばのストレートを投げる投手が120km台のスライダーを投げて面白いように三振をとったりしてる。なかにはスプリットファストを投げる投手もいる。金属バット以来、ガンガン打つのを見るのが楽しい高校野球だったけれど、今年はピッチングを見ていて見応えのあるゲームが多い。テレヴィカメラの発達で”スライダー”のリリースも良く見えるのだがどうもどうやって投げているのか判らないし、ボールの回転を見ても名前通りスライドした昔の切るように投げたスライダーとはちょっと違っている。ああ・・・肘を骨折することなく、男の子をもうけていたなら・・・今頃は毎朝毎夕キャッチボールだっただろうなあ・・・(2011,8,13)

08/11 ガンバレ

横須賀・カマキリ:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

一週間程前から自宅マンションのエントランスにカマキリがいる。顔を近づければ一応カマを緊張させるが振りあげることまではしない。決して安全な場所でも無い筈だろうが、ずっとここにいる。

最初に見たときからカマキリであることは一目瞭然だか何か変だ・・・何と、羽がないのである。無論、とれてしまったわけではなく、良く観察すると生まれつきのようだ。

カマキリはカマキリなりに考えているらしく、壁を横に走る太さ10センチ弱のガス管を頼りにしているようで、午前中の日照りはガス管の影でしのぎ、鳥の襲撃をガス管の斜め下にいることで防いでいるようだ。何だか・・・がんばれ (2011,8,11)

08/06 花火 開国花火大会

よこすか花火大会2011:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

横須賀の花火大会、例によってお隣のマンションの屋上で見させてもらう。節電のためにイベント的な部分では縮小開催らしいが打ち上げ数は4000発だから三浦半島最大の花火であることには変わりがない。

最初から最後まで、娘達も揃って見るのは6年振りかもしれない。花火がいつまで続くのかは承知しないが、「友達と行く」とかで、いつかは長女が抜け、次女が抜け・・・そうなるんだろう。身軽になってどっかで寝転がって一人でボケーッと花火を眺める日も遠くはないだろう。わずか10年ちょっと前はそうだったのだから (2011,8,6)

08/05 夕方

観音崎・夕方20110805:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

先々週の台風以降、気温も低く泳ぎに行く間もなかったが、今日は予報に反して雨雲も来ないので夕方泳ぎに出かける。予想通り、台風が行った後で海藻が残っていたし、水は暖かくもないものの赤潮も入って足元も見えない。例年なら海遊びのトップシーズンだが今年はもう終わりだろう。月末くらいには良くなるかな・・・

上町の店を閉めて早くも一年になるが、最後に挨拶もできずに心残りだったイワセさんとバッタリ。海が好きな人は熱かった日の夕方はやっぱり海辺をブラつきたいもの・・・(2011,8,5)

08/02 Sail away

客船にっぽん丸・横須賀新港20110802:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

7月、猛暑の一週間を過ぎて台風、その後は涼しく、思った通り夏は短かった。盆あたりまでは泳げやしないだろう。

横須賀新港へは春の飛鳥寄港以来の客船寄港、夕方、にっぽん丸を見に出かける。出帆までの2時間、ジャズのライブをのんびりと聴く。風は東、涼しくて何よりだ。

いよいよのお見送り。今回のにっぽん丸はワンナイトクルーズだからそんなに大げさなはずもないはずだが、紙テープが舞う出帆はやっぱり感動的な情景である。上屋・デッキもない昔ながらのグランドレベルからの見送りはいいものである。(2011,8,2)

07/18 10万鼻毛

観音崎・パンダ20110718:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

ひと月早い台風の来襲だ。例年、お盆前後に来て暫くは海藻だらけで泳ぎづらく、8月の末と9月の初めには真夏の名残を惜しむのだが、今年は早い。

もう三十年来の持病で仕方の無いことだが・・・この数か月、結石に悩まされている。経験者ならおわかりのとおり痛い。人間が感じる痛みの単位は”鼻毛”という単位なのだそうで、鼻毛を一本抜いた時の痛みが1鼻毛(笑)、一番痛いとされるのが出産で10万鼻毛だそうだが・・・結石はこれに並ぶ10万鼻毛だそうである。

hanageという単位は「長さ1センチの鼻毛を1ニュートンの力で引っ張り鼻毛が抜けたときの痛み」が一単位、うれしさの単位は今のところないようだが、なでしこジャパンの優勝は何万ウレシイになるだろう。オメデトウ、アリガトウ(2011,7,18)

07/14 飛鳥II 世界一周から帰る

日本郵船飛鳥・観音崎20110714:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

朝、ハーブや椰子に水をやっていると飛鳥IIが東京湾に入港してきた。103日間の世界一周を終え横浜へ入港するところだ。

夕方、夕涼みの一泳ぎ。娘達の水泳上達の意欲は衰えず、ブレスは出来ないながらクロールの真似ごとが様になってくる。一昨年の右肘骨折から2年、僕の肘は変形しただけでなく野球のボールを投げることもままならないままだが娘達にインスパイアされ去年はまだ腕が回りきらなかったバタフライに挑戦、何とかできるようになっている。

ふと眼をあげると、横浜から浦賀水道へ、朝行った飛鳥IIが入ってきた。横浜で乗船客を降ろして最後の神戸へ向かうのだ。コンテナ船、自動車運搬船、LNGタンカー、自衛艦が多いせいもあって真っ白な飛鳥が来るとパッと風景が明るくなる。現代のクルーズ客船は昔のオーシャンライナーのようにスマートではないけれど、飛鳥にはそれなりのオーラのようなものを感じる。丁度、中の瀬航路を出て変針、浦賀水道へ入航してから見えなくなるまで10分余り見入ってしまった。(2011,7,14)

07/12 プライベートビーチ

観音崎20110712:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

眺めの良い崖の上の仕事場は街中のオフィスに比べれば涼しいが、この暑さではヒラメキの必要な仕事はかどらず夕方には観念して今日も海に出る。

先週から続く夕涼みの海で娘達は少しづつ泳ぎの腕を上げている。プールもない学校に通い、流行りのスイミングにも無縁だから簡単には上手にならないが、次女は初めて泳げるようになった。海で遊びながら覚えてゆく泳ぎだからそれなりに身についてゆくだろう。

そろそろ台風が来るかもしれない。今年は、今が一番良い時期かもしれない。(2011,7,12)

07/11 Footprints

観音崎・フットプリンツ20110711:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

夕方、子供達と観音崎でひと泳ぎ。夕凪過ぎ、陸風から海風に変わって暖まりきった身体には何よりの養生になる。夕方一時間くらいというのはビーサン引っ掛け、タオル一枚ぶら下げて行く感じが悪くない。(2011,7,11)

07/06 海 節電

観音崎20110706:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

娘達が学校から帰ると海へ行く。まだ水温低く、台風も来ていないので水が綺麗だ。暑ければ涼しいところで過ごせばいいだけのことである (2011,7,6)

07/01 ミッドナイト・フィッシング

喜多嶋隆・ミッドナイトフィッシング:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

今朝、この眺めの良い仕事場からはセミの鳴き声が聞こえる。今年の初鳴きだ。遠くに雷の音も聞こえる・・・いよいよ梅雨明けだろう。

10数年ぶりに喜多嶋隆さんの”ミッドナイト・フィッシング”を読んだ。面白かった記憶があったのが古書店で目についたからだ。昨今、ブックストアーに立ち寄っても手にとってみたい本が少ないが、携帯とネットが出張ってくる以前あたりの読み物は感覚的に合う。

ミステリーとしては物語が単調で、むしろ真名瀬で釣り船の船頭をやっている主人公の素朴な生き方にシンパシーを感じる。底流には高橋治さんの”さすらい波太郎”に似た海へのペーソスが流れていて、決して後ろ向きではないニヒリズムには潔い清涼感を感じる。暑さをまぎらわすにはもってこいである。(2011,7,1)

06/30 夕涼み 節電

横須賀伊勢町20110630:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

さすがに・・・暑い。ブラックアウト阻止には節電しかないわけで、微力ながらこの仕事場では冷蔵庫の使用を中止、クーラーも使わずに節電に努めている。陽が落ちて夕凪を過ぎれば北向きの窓から涼しさが入ってくるが、3時過ぎに学校から帰った娘達の顔が真っ赤なので、ガリガリ君を三本買って涼みに出掛ける。

走水海水浴場と言うが、実際にはここは走水の手前に当たり、横須賀に長く住んでいる人は伊勢町と言っている。東京湾は観音崎と富津岬を結んだ内側を指すそうだが、よくよく考えれば湾内で護岸になっていない自然の海岸は東京、神奈川では恐らくこの伊勢町とその先の旗山崎、観音崎、あとは猿島だけだろう。

帰りがけに馬堀海岸の護岸のアートを横目で見ると、開国したばかりのころの風景を模写した絵があった。大津町から横須賀村を望むといった題名だが切り立った岩山の前に砂浜がずっと続く景色である。京急電車が横須賀中央を越えると浦賀へ向かう京急本線は馬堀海岸を越えるまで大津道(おおつみち)という古道と並行して走る。この古道が昔の海岸線の名残である。随分、埋め立てたものである・・・ (2011,6,30)

06/28 南風

(Youtube 動画削除につき埋め込み終了)

アートディレクションの仕事に時間を費やすと過ごしてきた時代に気付かされる。谷川俊太郎の詩集をブックシェルフに置いてしまうとカタログ文化の洪水がおしよせていた。万事、散文的で、ひとつひとつのピースはさして問題ではなく集まった結果の雰囲気が意味を持つようになっていた。写真はありきたりの情景を撮るストリートフォトグラフィックになったし、鈴木英人さんのようにそのストリートフォトを作品に仕上げるアーティストも登場した。気難しくなく心地良く・・・

80年代の幕開けを飾った素敵な歌があった。ふと、昔観たオレンジジュースのCMが思い浮かび、そのBGMが耳の奥から離れなくなった。その声から、多分、太田裕美さんの歌ということしか判らなかったけれど、太田さんはこの曲で大晦日の歌番組にも出演したようだから、レコードもそこそこ売れたのだろう。南風という歌だ。

From the down town 目に留まったポスターに去年の夏・・・ 
From the Radio このメロディー 去年の夏のヒットソング・・・   (2011.6.28)

06/25 野比海岸

横須賀・野比海岸20110625:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

ウェザーニュースが「晴れのち雨」を連発するので予定を作って出掛ける気になれず気の向くままにハンドルを切る。着いたところは野比。1月のどんと焼き以来だ。

遠浅で穏やかな三浦海岸と違って穏やかな日の西湘くらいのビーチのせいか人も少なくてひなびている。静かで好きだ。

何もあるわけじゃないが寄せる波と遊ぶだけ、夏の朝だった。(2011,06,25)

06/24 豆腐のドルチェ

豆腐のデザート:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

このところ夕食後に豆腐のデザートをいただいている。ここ数年、美味しく感じたことがないので豆腐を避けていたのだが、ちょっとした手違いで冷蔵庫に豆腐が一丁。

ファミマなどで出回っている”くずもち”はお手頃で、4人で分けると夕食後の軽いドルチェに最適だったのだが、この”黒蜜ときなこ”を豆腐に合わせれば美味しいのではないかとやってみた。

不味くはないが、もう一工夫できそうで、いろいろと試した結果、「絹ごし豆腐に、ブルーベリージャム、これに黒蜜ときなこ」をかける。他のジャムではダメで、ブルーベリージャムと黒蜜ときなこの組合せが素晴らしいと思う。

ナタデココとバニラアイス・ウーシャンフェン(五香粉)は捨てがたかったが、アイスクリームを冷蔵庫にストックしておくのは手間だし、このドルチェは豆腐さえついでに買えば何とかなる手軽さも良いし、ヘルシーで良質のたんぱく質がとれるので子供たちも良い。それに、まだ工夫の余地がありそうなのも魅力的だ。(2011,6,24)

06/22 夏至、梅雨の晴れ間

観音崎20110622:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

久しぶりの晴れ、娘たちの授業もたまたま短かったので観音崎までひとっ走り。雨が続いたので海は冷たいが、ベースのハイスクールの連中は平気で泳いでいる。昔、サンタモニカの北のビーチに泳ぎに行ったときに海がとてつもなく冷たいのに辟易したものだが、アメリカ人は何ともないらしい。泊めてくれた友人に「アメリカ人と同じにしてたら風邪ひくよ。彼らは冬でもTシャツで平気なんだから」と注意されいたけれど本当だった。同じアメリカでも東海岸は暖流だから日本人と同じ感覚かと思えばそうでもない。しかし、海の外は・・・暑かった。

横須賀市街方向から東岸沿いに観音崎に向かうドライブは好きだ。誰でも好きなカーブがあると思うが、京急ホテル、美術館を過ぎて観音崎に着く手前の最後の右カーブが僕は好きだ。ここを越えるとちょっとどこかに行った気がするのだ。昔、片岡鶴太郎さんが出ていたあのテレヴィドラマのタイトルバックが印象的だった材木座の手前のカーブほど大掛かりではないかもしれないが・・・それこそそのテレヴィドラマのテーマ曲の作者が一曲書いても不思議じゃないと思うのだが・・・ (2011,6,22)

06/20 海が見える場所

横須賀市文化会館20110620:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

日曜学校の付き添いに気が向かぬ日は1時間程やり過ごさなければならない。半分程読みかけではかどらないペーパーバッグがあったのでクルマで読んでしまうことにする。ふっと・・・あそこなら停めたクルマから海が見えるだろう・・・と思いつき丘の上のパーキングにクルマを回す。あいにく今日はモヤで海は見えないがいいパーキングロットを見つけた。

父の日、娘たちがハンカチを暮れた。この柄が愉快なカメ。ペットショップでリクガメを見ていたら注意書きがしてあって、鶴は千年亀は万年ともいうが、要は長生きするので後々まで面倒を見られるか重々検討してから飼ってくださいというものだ。下手すれば娘達の子供のあたりまで生きるのだから・・・ハンカチのカメが宜しいところだ (2011,6,20)

06/12 片岡義男

片岡義男の本:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

朝から娘達の教会学校の随伴。今日はペンテコステ、聖霊降臨節。キリスト教も含め宗教に身を委ねるほど敬虔な精神を持たないが、月に幾度か聖書のお話に耳を傾ける時間があることは悪いものではない。

80年代、十代終わり頃、書店の書架に並ぶ先から購入して読んでいたのが片岡義男さんの本だ。赤い背表紙に白文字、角川文庫の片岡義男を手にすることで幾分かの高揚感を得たものだった。フツーの高校生だった僕にとっては、小説の登場人物たちはせいぜい一回り前後しか違わないのに随分とアメリカナイズされたオトナだった。

このところ、書店に行っても手にとってみようという本や雑誌がない。思うに、出版社や書店が想定する購入意欲盛んな年代、暮し向きのターゲットから外れたところにいるのだと思う。それが証拠に、古書店に行くと読みたい本が幾らでもある。古書店に足が向くようになったのは娘達がコミックの図書館代わりのよに気に入ってしまったからで、時間があればせがまれて足を向ける。

今では、角川書店も路線変更著しく、一世を風靡した片岡義男も全部絶版だそうで、古書店でしかお目にかかれない。何の気になしに手にとって数行・・・その言い回しは飽きるほど読んだ懐かしいものだ。メッセージや意味は希薄で、むしろ本を手に取ることに費やす時間そのものが一種のカタルシスであることに気付かされた。

片岡義男の描くライフスタイルは、それがファインダーに切り取られたような生活の一部なのだろうと割り引いても、ある人間の生きようとしては完成度の高いものだろう。ストイックだ。 問題は・・・片岡義男の描いた世界にはショーやサリンジャーのペーパーバッグはあったとしても片岡義男の角川文庫などとてもありそうにないところである(苦笑) 2011,6,12

06/06 運動会代休 観音崎

観音崎20110606:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

娘たち、今日は土曜日の運動会の代休。運動会の徒競争でどちらも勝てなかったし、僕も立ちっぱなしで運動会を見ていただけで足が筋肉痛という体たらく、これは体育に力を入れねばならぬと三人揃って自転車で観音崎までロードワーク。片道40分、帰りは公園マニアの次女にために寄れる公園は片っぱしから寄ったので行って返って4時間掛かりである。横須賀はアップダウンが多いし、結構な好天で汗だくだから良い運動になったろう。

海をのぞいてみれば、いつもと変わりない澄んだ水、暑くなれば水浴場の波打ち際にに可愛らしいメゴチの子供を見つけて大はしゃぎだが、目に見えない脅威がそこにあるかもしれないのには気分が沈む。テレビでは「ただちに健康被害には及ばない」と繰り返すばかりだが、そもそもあってはならないものがあるわけで、量の多寡で済む問題では無い筈だ。しかし、電気を使わずに一日さえも生きることのままならない現実、このパラドックスを解決する良策は当分結論を得ることができないのだろう。(2011,6,6)

06/01 久里浜

横須賀・久里浜20110601:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

朝から去年購入したドロップハンドルのチャリンコを駆って久里浜へ。税理士の先生と決算の打ち合わせ、もっとも、節税しなければならない利益などありようもなく(苦笑)簡単な仕訳上の確認だけである。縁など不思議なもので、先生は元々釣具屋さんをやっていた人で、久里浜港が全面魚釣り禁止になったことをきっかけに一念発起して士業に転身したお方だ。だから・・・話が合う。(笑) 久里浜港の海際には大きなSCとマンションが建ってしまって海の眺望は半分になってしまった。先生も好き物だから、お邪魔すると当社から買ってくれたポスターやら絵が一杯飾ってあるので人ン家に行った気がしない。

「税理士の先生とお仕事・・・」と話すと、娘達は税理士なんてわかりゃあしないから「ゼリーのセンセイ! じゃあ、ゼリーのおみやげ!」なんて喜ぶので、止せばいいものを人の良い父親は帰りしなにそれらしき菓子を物色。輸入菓子もいろいろあってHARIBOのグミにでもしようかと思ったが、昔懐かしニッポンのビーンズがあったので迷わずそっちにした。今じゃあこんなものを口にする機会も少ないだろうから・・・

内閣不信任案の是非や可決否決が山場らしい。このことを考える場合、「そんなことやってる場合じゃない」という意見も多いけれど、これがもし企業だったらこの程度の実績・業績で社長の地位に留まることができるだろうか?その前には参議院選挙でも統一地方選も惨敗して、これが企業だったら役員が誰も責任とらずにいられるだろうか?それこそ株主代表訴訟モノである。これ以上はノンポリ商人の一線を越えるので控えるが、言わずもがな・・・である (2011,6,1)

05/21 天神島

横須賀佐島・天神島20110521:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

もう初夏の陽気だが、春の大潮で行かない手はない・・・佐島・天神島。

恥ずかしながら今年は手許に潮時表がなくて、出がけに引き潮の時間を調べずに出た。天神島で自然博物館の人に聞けば「昼過ぎだよぉ」とのこと。あいにく、今日はおにぎりを持たずに来たので、昼ごろには今だけ110円引きの吉野家目指して出なきゃならないし、外側はカツオノエボシがたくさん出ていたこともあり、風の強い外からは早々に引き揚げ、自然公園入り口で遊ぶ・・・これがまた面白い。

クモヒトデ、5cmボラの子などを捕まえたので、次女の思惑とも重なり水族館ごっこ。ひじきの林を網でユサユサやったら・・・クラゲ。まだ小さなものだが(多分、オワンクラゲだと思う)、これがやっぱりユニークで見ていて飽きなかった。

いい歳になってもまだ海には知らなかったことばかりである。好日 (2011,5,21)

05/20 おたまじゃくし カエル

観音崎・カエル20110520:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

先週見たおたまじゃくしが気になって仕方ないので夕方出かける。どうしても、足だけじゃなくて手の生えたおたまじゃくし、しっぽが小さくなったおたまじゃくしを見たかったのだ。まるで子供である(笑)

その子供達を連れ、探せど探せど・・・ほとんどのおたまじゃくしには足が生えてきているが、手の生えたおたまじゃくしは見つからなかった。気が済まないので、水性植物が茂ってるあたりを探すと・・・カエルがいた。何という種類のカエルか承知しないがちっちゃなカエルである。

けれども結局、カエルになるちょっと前のおたまじゃくしは見付けることができなかった。どんなとこにいるんだろう? (2011,5,20)

05/19 黒船の再来 上梓

横須賀学の会・黒船の再来:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

朝から階下より呼び声 「小野寺さぁーーん」 ”横須賀学の会”の大橋さんと齋藤さんだ。ついにあの本が上梓、見本をお持ち下さったのだ。

”横須賀学の会”の労作、”黒船の再来”が17日に上梓された。米海軍横須賀基地は、1945年の日本敗戦、米国占領と同時に発足、本書の回想の当事者であるデッカー大佐は1946年4月から1950年6月まで第四代の基地司令官を務めた人物である。先般の日記にも書いた通り、その胸像が横須賀中央公園に鎮座している。横須賀生まれではない僕にとっては遠い存在だが、戦前生まれの方々にとっては忘れ得ぬ恩人として知られ、軍港として栄えた横須賀が敗戦から立ちあがる過程で、横須賀に民主主義を説いた”デッカーさん”として記憶にあるものだそうだ。

米国にて、回想録”Return of the Black Ships”が出版されたのは1978年、しかしながらその回想録の書籍は日本にはほぼ未紹介のまま絶版、このまま横須賀の戦後史の重要な一部分が欠落するはずだったものが・・・ 何の奇縁であろうか、ある日”横須賀学の会”にこの原著が持ち込まれた。

2007年夏に、本格的に翻訳に取り組み始め、丸四年を前にしてこの度見事に立派な本が上梓された。まさに手造りの本で翻訳から出版まで、印刷と製本の実作業以外は、荒訳の推敲、校正、体裁の企画立案、すべてを”横須賀学の会”の皆さんがなさったのである。

出版寸前に東北関東大震災が起き、予定されていた出版社からの上梓が不可能になり(教科書の出版社で、被災地の児童生徒への教科書増刷が必要になったため)、急遽、極端に言えば印刷所で印刷のみして手売りで捌くような悪状況ではあったものの、横須賀市からの助成を受けた事も関係して時間的に仕切り直すことが叶わなかったとのことである。

以上のような事情で、出版部数は1000部のみ、ISBNコードが取得できなかった関係で一般流通網には乗らず、書店では横須賀の平坂書房と有隣堂でのみ販売、それ以外は手売りとのことである。

書籍本体は布装丁、背金文字、600ページの大書?で、価格は3150円である。お申込みはKooインターナショナル出版部 03-6913-1266で受け付けているそうである。(2011,5,19)

05/15 (なんちゃって)油味噌

沖縄・油味噌:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

いつもの日曜の昼食は、金曜日の夕食の残りのカレーなのだが、雨続きの数日から折角の晴れなので日曜学校のあとに教会近場の公園あたりでおにぎりでも食べようということになる。

常備品だけでおにぎりといっても、梅干と昆布だけ、これじゃあ日曜の豪華昼食にはチト寂しいので、このところ娘たちにウケている”ひき肉のしぐれ煮”(何のこたぁない、ひき肉に生姜のスライスを加えて砂糖と醤油と焼酎で煮詰め焼いたもの、これもなんちゃってである。高価な和牛の赤身ひき肉なんざあ使わなくともグラム100円しない合挽きで十分美味しい)に加えて、三十年振りに”油味噌”を思い出してさっさと作ってみた。

学生時代、講義が休みの日は、ドライブ兼運転の練習がてら(まだ免許をとったばかりの頃だ)中学時代の友人と横浜や伊豆に魚釣りに出かけたものだ。いつも友人のお母さんが持たせてくれたのが油味噌のおにぎりで、ご存知沖縄の味である。そう彼らの一家は僕たちが中学の頃沖縄から東京に越してきた沖縄の人だった。これが実に美味しくて結局は作ってみたことはなかったけれど、作り方を聞くだけ聞いておいたのを思い出したのだ。

簡単すぎる程簡単で、味噌とツナ缶と砂糖を和えるだけ。以上(笑) 本当はアンダンスーといって沖縄伝統の甘味噌で、豚のバラ肉を炒めて作るのだそうだが、少なくとも僕が友人を通じて彼のお母さんから教えてもらったのは、ただツナ缶を混ぜるだけ! (今、思うに、彼のお母さんも当時めっぽう忙しい人だったから、そうのように簡単に作ったのかもしれない) まあプロセスや事情はともかく、こんな簡単なものでも十分に美味しいので機会があればお試しあれ(2011,5,15)

05/14 おたまじゃくし

観音崎・おたまじゃくし20110512:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

冬にたくさんのカエルの卵を見つけていて、「おたまじゃくしになった頃に来よう」と言いながら、なかなかタイミングが合わずに気になっていたのを検分に行く。こんな光景は、今でもちょっとした郊外の住まいであれば普通に見られるものだろうが、僕が生まれ育った東京中野の南側では見れるものじゃあなかった。夏休みになって母の自家の山形に行く頃はすっかり元気なカエルになってるわけで、足の生えたおたまじゃくしは、たまにゲーノー人の葬儀などが行われている宝仙寺の臼塚(山門入って左手の石と臼でできた塔、この底部が池になっている)で見た記憶があるくらいで、本物の自然環境の下の足の生えたおたまじゃくしは生涯二度目の観察になる。

テレヴィや写真で見るのとは違う。思わず”おたまじゃくしはカエルの子 なまずの子ではあるまいな・・・”と口ずさんでしまう。娘達は(僕のような新宿の高層ビル街が遊び場だったバリバリの都会っ子ではなく)横須賀の子だから、何ら躊躇せずおたまじゃくしを捕まえては遊んでいる。今日は・・・手の生えているのはいなかった。

ところで、おたまじゃくしの歌、権兵衛さんの赤ちゃんやおたまじゃくし、果てはヨドバシカメラの”まあるい緑の山手線、真ん中通るは中央線”まで、日本では替え歌がたくさんあるけれど、原曲は19世紀に作られたゴスペルで、これが南北戦争の時に北軍の愛唱歌”リパブリック讃歌”になった。何かの映画でトランペットソロのスローテンポの演奏があったのが印象的だった。

こんなにおたまじゃくしがいたら、もっとカエルだらけになるのじゃないかと思っていたら(もっともこいつは冗談ではなく数年間住んだ石神井公園では池沿いの小道はスリップ注意になるほどだった)、女房に言わせれば、昔勤めた幼稚園で近所からもらったおたまじゃくしを飼ったことがあるそうで、何でも手足が生えてカエルになるところで淘汰される率が多いのだそうだ。しかしまあ、おたまじゃくしというのは何とも可愛らしい生物である。(2011,5,14)

05/09 横須賀・中央公園

横須賀中央公園・デッカー大佐:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

家人が教会学校の間に用足し、時間が余ったので中央公園を散策。アテもなく一人でブラブラすると、気候も良ければなかなか素敵な処である。背後の山といくつかの高層建築物を除けば、一番海寄りの一番高いところとなるから眺望が宜しい。

去年発行されたYOKSUKA WALKERなる雑誌、コンビニや書店では2011年版が発行され平積みされている。一住民としてはやはり手をとってパラパラ。今年版も小泉進次郎代議士が出ていたが、多分、去年とは記事が代わっていて今年はデッカーさんの銅像の前で写真を撮っている。

”横須賀学の会”が郷土史研究の一環で取り組んだデッカーさんの原著翻訳(昨年の日記参照)もいよいよ終了してあとは出版を待つばかりの様子である。進次郎代議士がYOKSUKA WALKER紙面で語っているデッカーさんの研究をしてる”集まり”とは”横須賀学の会”で、訪れた催しは大津コミュニティーセンターで昨夏に催されたデッカーさんの写真展である。

そんなことを思い出したので、帰りしなにデッカーさんの胸像を詣でてみた次第。中央公園のある深田台という高台は、かつて軍港都市であった頃に海軍高官・士官が多く住まう処だったとか・・・巷、牛生肉の食中毒が問題になっているが(僕もユッケは好物だったので改めて自戒するばかり、幸い焼き肉店まで出掛けるほど”肉”に執着がなかったのでヨシ)、海軍高官・士官は牛肉が大変お好きだったようで、横須賀上町・深田あたりは日本でも有数の牛肉消費地だったそうだ。

昨年、荒訳に目を通しただけだが、軍政の最中に司令官が見た日本には興味深いものが散見される。例えば、アメリカにはおんぶの習慣は無いらしく、日本の赤ん坊がおんぶされてのを見て「あんなに頭がグルグル回って日本の赤ん坊は無事なのだろうか?」なんていう下り(笑) ”黒船の再来”ももうすぐ上梓、横須賀学の会のみなさんの労作だ (2011,5,9)

05/05 今年最初で最後のワカメ

ワカメ20110505:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

昨日書いた通り、今年最初で最後のワカメ、朝早くから処理。

メカブは茹でてフードプロセッサでメカブトロロ。醤油と酢だけでいただく。葉はもう厚いので、刺身ワカメはやめて、薄いところは味噌汁、厚いところはたまたまゴマドレッシングがあったのでインゲンとコーンを乗せてサラダでいただく。

この調子で原発事故が終息に向かわなければ、果たして今年の夏は海で泳げるのだろうか? (2011.5.5)

05/04 ムカデミノウミウシ


ムカデミノウミウシ:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

GW前半は長女が風邪、出掛けることもできず近所で次女と裏道の発見などに時間を割いたが(横須賀は谷戸の地形だから歩けるだけの間道を見つけると谷戸の向こうまであっというまに行けたりする。自転車で10分かかる大津グランドまで徒歩10分で行ける)、風邪も全快、一年で一番潮位の低い時期を逃さず天神島(佐島)へ行く。

恒例のカニ捕りに始まり、大きく引いた潮間帯でせいぜい楽しませてもらった。残念ながらいろんな種類は見つけられなかったけれど、アラメやアカモクについたムカデミノウミイシを3つほど見つける。バケツに入れてしまえばこの程度だが、藻についた海のなかの状態は言い表せない美しさだ。海の宝石だ。

朝から帰るまで読売新聞のW記者さんが写真を撮られていた。こちらから訊ねたわけでもないが、何でも読売新聞日曜版で荒俣宏さんの思い出の場所とかで佐島を取り上げるので写真を撮りにきたそうだ。僕たちが遊んでいた写真を記事に使わせてもらうかもしれない・・・とのことだったので快諾しておいた。5月末か6月とのこと。当家では新聞を止めてしまったので(女房も僕も新聞を開く時間がないのだ)見ることはかなわないけれど・・・

すでに漁師さんが葉を刈ったあとのワカメもいくらかあったので失敬してきた。好物のメカブである。今年は地震以降、あまり磯場に遊びに行く気にならず(僕は人一倍怖がりである)、とうとう早春からの海草採集をしなかったけれど最後の最後のメカブだ。ありがたくいただこう・・・素人考えだが海草はヨード分が豊富だから放射能除けになりはしないかと期待している。(2011,5,4)

04/29 タイムの花

タイムの花:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

昨年秋に作ったクーラーの室外機の上のプランター、タイム、オレガノ、ベイリーフ、ローズマリーを寄せ植えにしていたが、先日ローズマリーの花が咲いたのに続きタイムの花が満開だ。この仕事場は大層な吹きさらしで、横須賀上町の店をクローズしてこちらに移っても、相変わらず平均以上の寒い環境であることは・・・結果的に変わらなんだ。(苦笑) 果たしてこれで冬が越せるのかと心配したが、4つのハーブは無事、アレカヤシも何とか頑張れると相当粘ったが、12月中頃にはいよいよ枯れそうになって室内で3月までを過ごさせた。

ここは・・・風の家である。(2011,4,29)

04/23 シャガ

シャガの花2011:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

一番好きな花と問われれば・・・このシャガの花かもしれない。もう、今から30-40年前ほどの中野には空き地こそ結構あって、草野球はそこそこできたものだが、野趣には乏しくシャガなんか見たこともなかった。

文具・家具のプラス(今は子会社のアスクルが高名だ・・・近々の決算を見るとアスクルのお陰で連結決算ではついにガリバーのコクヨを抜いた(※注)ようだ。僕がいるころはコクヨの背中も見えなかったが・・・今泉翁の力量と運は凄い。しかし、アスクルが今泉翁のアイデアと言うが僕の印象は違う。今から28年前、プラスはオフィスコンビニエンス=OFCOという新事業を始めたが、これを焼き直したのがアスクルの筈だ。OFCOは本当に立ち上げに苦労した事業で、僕の同期入社の友人が泣きながら苦労したのを僕は間近で見ていたし、OFCOについては随分議論したもんだ)に勤めていた後半は石神井で一人暮らしだった。朝の出勤は他所ん家の生垣が途切れたところから石神井公園を抜けて駅に向かうのだが、この生垣のあたりにシャガとトケイソウがあった。

アヤメの仲間で、今は学名にも Iris japonica と日本が入っているけれど、大陸からの移入種らしい。どこにでもあるということになってるけれど、タンポポやヒメジオン・ハルジオンのように沢山ありはしない。ひっそりと咲いてる感じが好きだなあ (2011,4,23)

注:コクヨは上場会社で決算公告上は売上高2620億円弱、プラスの持ち株会社は非上場なので公告なしだが、グループ案内の数字を総計すると2900億弱になる。ちなみにプラスの売上高のうちアスクルは1900億弱・・・同業として見るのが妥当かどうかはわからない。アスクルは流通業なので。

04/15 タケノコ

タケノコ2011:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

タケノコ堀りはやったことがない。(マツタケ狩りも)

近所のお宅の花壇には竹が植えてある。孟宗竹の小さなものと思うが余り太くないもので、直径10cm弱のものだ。竹は竹だからタケノコが出てくる。おとといの夕方、興味本位で娘たちと一日でどのくらい伸びるか調べることにして目印を挿しておいた。13日18時ころに挿した目印に対して15日8時前、約38時間で3センチくらいも伸びている。

頭を出していないタケノコを掘るのは毎日林に入って余程気をつけなきゃいけないことが良く分かる。美味いものを食すには苦労がいるということだ。(2011,4,15)

04/06 桜

桜2011:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

京急堀ノ内の駅裏手、泉福寺のしだれ桜。長女が幼稚園に入った頃までは、通り掛かれば入りたがるので良く境内にお邪魔したものだ。後になって縁ができて、横須賀の市立小学校の校長先生を歴任されたH先生のご実家であることがわかり、”お寺”という世界のインサイド話も伝わってきた。ウチも寺である・・・そう小野寺(笑) (2011,4,6)

04/03 春日神社のにわとり

横須賀春日神社のニワトリ:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

新学期が始まる。まだ給食は始まらないので兼業主夫の苦しい時間割はそのまま。今日も昼食後、娘たちを連れて夕飯の材料のお買い物。生鮮三品も揃わなくなった堀ノ内駅周辺を離れて海辺のショッピングセンターに出るには春日神社を通る。オーシャンノート在所は横須賀市三春町という字になるが、この”三春”の町名は春日神社からとったものだそうだ。春日神社の由縁を読むと、元は猿島にあったものが島の要塞化にあたってこちらに遷宮したのだそうで、ご神体の鏡は猿島を向いて置かれているそうだ。このところ境内にはニワトリが居る。種類は承知しないが軍鶏の系統(比内地鶏に近いようにも見える)の雄鶏だ。大層な強面だが、かれこれ一週間以上顔を合わせるうち慣れてきたようだ。鳥には大脳はないから慣つくことは無い筈だが、次女とは気が合うらしい。(2011,4,5)

04/02 春休みの城ヶ島

城ケ島20110402:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

恒例、春休みの城ヶ島。大潮間近でヒジキのジュータン大漁、何故かアカモクは少ない。ワカメは収穫ゼロ。不作かしらん・・・ハバノリはもう終わりだけど、いい岩場を見つけて四人でせっせと摘む。珠玉の味噌汁がいただける。最後に、勝手知ったる城ヶ島のつくしを摘ませていただく。つくしは一週間ほど遅かった感じ、今年は早春を逃したような気がする。(2011,4,2)

04/01 テニス うみかぜ公園

横須賀うみかぜ公園・テニス20110401:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

4月1日、年度明け。長女は4年生になるが、4年生からは課内の部活動があるそうで、いろいろと迷ったようだがテニス部に入りたいらしい。僕にはテニスの心得はないが(若い頃にかじったが、あまりにキツいので挫折)、まるっきりラケットを振ったこともないのではイメージが貧困過ぎようと思い、頂きもののオンボロラケットを持って壁打ちに出かける。(2011,4,1)

03/30 うみかぜ公園にて パンダ

横須賀うみかぜ公園・パンダ20110330:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

子供達、春休みだが・・・ガソリン節約もあり出掛けず。今日は足掛け4時間の散歩。何年か前に、昨年旅出った義父に次女が買ってもらったパンダは何処に行くのも一緒のペットである。(2011,3,30)

03/20 つくし

横須賀中央公園つくし20110320:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

横須賀上町某所にてつくしを摘みました。(2011,3,20)

03/17 飛鳥II

日本郵船客船飛鳥II・横須賀新港20110317:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

飛鳥IIが横須賀新港埠頭に寄港しました。新港埠頭の開放、飛鳥の出入港イベントは中止されました。(2011,3,17)

(後日追記、飛鳥IIの入港は久しぶりで、娘達は横須賀新港の飛鳥IIを見るのは初めて。三春町の山の上からもすでに大きく見え、横須賀LIVIN前、よこすか海岸通りを渡る横断歩道で目に飛び込んできた飛鳥IIはまるで大きなビルディングのようで一同ビックリ)

03/12 東北関東大震災

東北関東大震災、被災の皆様にお見舞い申し上げます。また、一刻も早い救援救助とお亡くなりになられた方々の冥福をお祈りいたします。今後、計画停電が予想されますが、本サイトのウェブサーバーの運用に影響はありません。

地震直後より約11時間余り、横須賀市南部は停電に見舞われPCが落ち、電話もCATVのサービスのモデムが落ち、メール・電話共に不通だったためご心配をお掛けし、電源復旧後の12日には多数お電話をいただきました。ありがとうございました。

ウェブサーバー、メールサーバーは計画停電時も自家発電で運用されますので支障はありませんが、電力不足・節電の呼びかけに応じ、既に冷蔵庫とエアコンの使用を中止し、夜間・不在時はブレーカーも落としております。当社在所は東京電力の計画停電第3グループにあたり、この計画停電中は電話不通、お受けしたメール自体はサーバーに保管されますが、返信は給電再開後となります。また、現在のところ日々の業務には大きな支障はきたしておりません。

重ねて、救援・救助の進展を祈るばかりです。(2011,3,12)

03/09 ギター 一気に二棹 (苦笑)

ギター2011:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

”どうでもいい”ギターを入手した。(笑) オークションで2100円也である。オークションもトラブルが多いようだけれど、日本には自己責任がわかっていない人が多すぎるからだと思う。ジャンクと書いてあったら本当にジャンクだった。もう少しマシだと期待したが・・・3弦のペグのブッシュナットが無いのは判っていたので探さなきゃいけないと思っていたが、5弦のペグのギアもいかれてる。

以後週末二日間の出来ごと

ペグの穴はφ10mmで空いてしまっているので、シャーラータイプの中古のペグを買って交換する。ペグは2000円也・・・ギター本体とほぼ同じ(苦笑) トップのお腹は幾らか出ているけど、ブリッジは接着が甘くてすき間が空いてる割に持ちあがる気配なく安定してる。ネックの反りはなし、ボディ全体の痛みの割にフレットは全然減りなし。不思議だ。ナットの高さは好みのままなのでブリッジサドルを1mm弱削って調整は完了。  音は・・・悪い(笑) でも、このチープさが欲しかったので最高である。ボディが振動してる感じが無くて弦が鳴ってる。面白い。ネックはいい感じ、m7のコード(セーハして5弦のみ2f上のフォーム)もロックグリップで押えられる。これは・・・大当たりである。島村楽器で500円のストラップと昔ながらのフェンダーのオニギリ型ピックを買い求める。

で、小一時間練習して家に持ち帰って演奏。フィンガーピッカーを20年やってたから、弾き語りは久しぶりで、女房も幾らも聞いたことはなかった筈、まして娘達は僕の弾き語りなんて初めてだ。

で、本気か否か・・・二人とも「ギターを弾きたい」と。小3の長女にCのコードを教えるが・・・薬指が届かない。カポを付けて練習する手もあるが、小1の次女には無理だろう。緊急で予算委員会を開催の結果、5000円までならとの結論を得て、早速パーラーギターを探す。島村ではヤマハが15000円くらいとヤイリが10000円ちょっと。またまたオークションである。さっき見たヤイリが出てる。再度予算委員会。送料が1400円なので3600円まで頑張ることとなる。オークション終了まで15分、現在価格は2700円、3600円で入札、2800円で最高額入札者となる。終了5分前までそのまま・・・喜喜喜! ところが終了2分前で3700円! 無念・・・悲悲悲。 ところが何が起きたか、3700円が全入札取り消し、そのプロセスを見ていなかったが、記録を見ると高額入札者は取り消しで全入札が取り消され2600円まで落ちて、その後、他の入札が2件入って、結局2800円で落札。

ここまで日曜日

昨日届いたギターを早速調整。アクションが高いので、弦を外してトラスロッドを締める。約180度分程度。ナットを外して削る。6弦3fを押えて1fにギリギリ触れないくらいだ。最後にサドルを1mm強削る。約2時間の作業。ギター小僧時代に散々やったことなので(ちょっと弾けると、友達から頼まれるもので、このくらいの調整は朝飯前だ。ロッドをいじる時はどうのこうのと難しいことを言うが、自分の楽器は自分で調整するべきだ。プロの演奏家ではないのだから) 口笛吹き吹きスイスイである。1弦のナット溝だけやたら深いので、あとで瞬間接着剤でも買ってきて埋めるとしよう。

しかし、僕が使う方のDタイプ、Micaelaという聞いたことない韓国のブランドだが、イイ楽器を作る。思い出したのは70年代のスクエアショルダーのギブソンだ。あのレスポールを少し太くしたような感じ、旅行に行く父にお金を渡してロサンゼルスのマッケイブス(懐かしい!老舗だ)で買って来てもらったJ50、当時550$也が懐かしい。Dタイプだから、幾らかボディが厚いけれど何だか高校生に戻ったようである。さあ・・・目指せYデッキ (2011,3,9)

03/04 金曜日

横須賀うみかぜ公園20110304:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

金曜日は原則的に子供たちの宿題がない・・・ようだ。オーシャンノートもどういうわけか金曜日のご注文は少ない。一か月掛かりの知人のウェブサイトのショッピングカートシステム移設作業も一段落したので、娘たちを連れて夕方うみかぜ公園まで出掛ける。今日は寒い。先週の金曜は春一番、観音崎でアイスを頬張っていたのだが・・・(写真左) お陰で、草スキーも借り放題、ゲレンデ?も独占使用だった。

このところ、驚くなかれ国会中継をつけっぱなしにして仕事をしている。(笑) 先日までは衆議院の予算委員会、党首討論、今日からは参議院の予算委員会だ。天下の国会議員さんと大臣の水掛論には苦笑いするばかりだが、またいつの日か仕事の環境が変われば国会中継なんぞ見る機会もないだろうと思って見ている。まあ、つくづく思うのは政治家たる国会議員が行政省庁のトップたる大臣をやることに無理があるし、議員内閣制が制度疲労を起こしていてやはり大統領制に変えて行政トップは専門家がやらないと立法府たる国会の存在意義さえ怪しいものになりかねないということだ。立法府と行政省庁の利害が入り混じっていて、何の三権分立だかわかりゃあしない。だから、国会の中で総理大臣に対して与党党首に対する批判的質問が繰り返されるのだ。

さて、金曜日の締めくくりは、テレヴィドラマの”バーテンダー”だ。嵐なる人気グループには疎いばかりで相葉クンなる主役を演じる人物も知らなかったが、(それでもハピネス・・・だったかな? は好きだった)、たまたま初回を見て面白くて欠かさず見ている。カクテルというものに、それほどの完璧という具合があるかは関知しない。それでも、ああして儀式のようにお酒を作られれば神妙になって飲むにもちょっとした緊張が伴うものだ。もう、バーなんて随分行ってないなあ・・・行きたいなあ(2011,3,4)

02/24 やり残したこと

誰もがそうかもしれないけれど、その歳になってみれば思うよりも老け込んじゃあいないものである。そうは言っても、誰であれ神のみぞ知る残された時間が日に日に減っていることは事実であり、今やっておかないと出来ないと思い立つこともある。”弾き語り”をやらなきゃイケナイんじゃあないかと思い立ってしまった。目指すは・・・日本武道館でも東京ドームでもなく、横須賀中央駅前のYデッキである!(笑)

もう、ギター道楽はやめている。独身時代はギターにつぎ込んだもので、総額で数百万円になるだろう。でも、ギターを何十本持っていても手が二本で指が十本であることには変わりなく、海辺の町のマンション住まいでは高価な楽器のコンディション維持が困難だった。結局、今はマーチンとヤマハが一本づつ残るのみだ。この残ったギターで、”フォークソング”(笑)を歌えなくはないのだけれど、やろうとすることに対して楽器が上等すぎて宜しくない。ちょいと買い物に行くのにいちいちロールスロイスに乗って行くのはナンセンスだ。 で、”どうでもいいギター”を物色している。軽くて、音がデカく、調弦したままでへっちゃらで、雨にあたっても大丈夫、そしてヤル気マンマンになるギター・・・そう、国産のベニアのギターがいい。

30年くらい前は、今みたいにマーチンやらギブソンが楽器屋さんも含めて街に溢れていることはなくて、そういう舶来品は楽器屋さんにあったとしても手の届かないショーケースの中に鎮座していたもので、触らせてもらうのに手を洗ってから・・・なんてこともあった。もちろん、「ちょっと弾いてみていいですか?」なんて言い出せるもんじゃあない。ギターを弾かせてもらうのに、しっかり練習してからじゃあないと恥ずかしいくらいだったのだ。(随分経って、大久保の楽器屋さんで珍しいエラーズのギターを見つけて夢中で弾いてたら他のお客さん数名が僕の演奏に聞き入ってくれてたことがある。ギター小僧時代の無念を晴らしたものだ) 高校生ギター小僧の僕に、近所の楽器屋さんの親しかった店員さんが「マーチンフェアをやる」と教えてくれて、買えないとわかっていても「D-28も飾るから弾きにおいで」と親切にしてもらったのも懐かしい思い出だ。無論、弾いてもちっとも良さがわからなかった。当時のマーチンは板が厚くて新品の音は悪かったのだ。マーチンの良さがわかったのはその7〜8年後、中古のD-76を買った時である。あの鈴が鳴るようなマーチンの音を初めて知った。

で、ギター小僧だった僕が、当時の記憶をたどって安価などうでもいいやる気マンマンギターを探すと・・・同じようなことを考える人は多いらしくて、”国産ヴィンテージ”などと称してベニアのギターが結構な値段で売られている。2000円も出せば、当時3万くらいだったのが買えるのだと踏んでいたら大間違いで、少年ジャンプとかヤングギターとかで通販で売っていたトムソン(英字ではTomsonでGibsonとそっくりのロゴだった)なんか、人気のチューンOマチックブリッジ付のDOVEのコピー品に10万円!! もの値段がついている。唖然・・・当時だって3万しなかった筈で、幾ら鈴木バイオリン(木曽鈴木かも)製とは言え破格だ。やっぱり人気なのは東海楽器のCat's Eyesで当時の定価の3割位で売ってる。友達がなけなしのバイト代をはたいて買ったキャッツアイを良く弾いていて、当時、マーチンと提携していたから形は良くコピーされつつ、音は全然マーチンじゃあない印象が強く今は敬遠だが・・・ 意外なのは、ヘッドウェイが評価が高いのは当然にせよ、PearlとかGrecoの評価が高いこと。パールはドラムの会社だしグレコはエレキで有名だったから、ギター小僧が当時あちこちで弾いて太鼓判のパールやらグレコが隠れた名品と知る人は少ないと思って狙ったら知ってる人は知ってる・・・高い。”パールのギターは林楽器が生産、当時林楽器には百瀬氏が在籍していて・・・”とか”当時、全音には田原氏がいて・・・”などと、後にちょっと名の売れた職人さんの名前まで出して、当の百瀬氏や田原氏が作ったとは確かめようもないのに高値がつくのは・・・すご過ぎる。ここにもアキバ的な世界が押し寄せている。参った・・・

5年前に声帯ポリープの手術をやって声も変わってしまったし、もう高い方のAはおろかGだってやっとになってしまったけれど、またジャンジャカジャンジャカやりながら歌ってみようってえ気分になるのは悪いことじゃあないと思ってる。目指せYデッキである (2011,2,24)

02/16 大河ドラマ 江

すっかり日記も滞っている。書くことがないわけではないが・・・忙しいのだ。昨年からかかっているフォトフレームシリーズに加え、友人の誼でウェブのコンサル、直近には大阪市立博物館からクィーンメリー2絡みの仕事と、オーバーワークではないものの脳味噌にチャンネルでもつけたい日々。おまけに、先週からは長女と二人、風邪で寝込んだ。若者は(小3 笑)回復が早いけれど、こちらは解熱まで二日遅れ、まだまっすぐ立ってられないくらいフラついている。まずまず丈夫なのが取り柄だけど、四日間も寝込んだのは20数年振りだ。もちろん、今回もとうとう医者には行かず・・・

さて、大河ドラマの”江”、楽しんで欠かさず見ている。別に気に留めるわけではないが、このドラマの歴史考証について批判が多いらしい。 面白い! それだけで十分、テレビなんだから。批判がある人は、”江”を見ずに文科省検定済み教科書でも読んでりゃいいのであって、まさかこれを日本正史と思って正座して見る人は居まい(笑) 家康の生涯最大の危機”伊賀越え”、ここに10歳前後のはずの江が一緒にいるはずがない、信長を討ち果たし山崎の戦いを控えた光秀が江ごとき相手にしていられるはずが無い・・・等々、非難があるげれど、それが史実と違うと証明できるわけでもなし、そこに突然、坂本竜馬が「前年の宜しみ」などといって登場すりゃあマズいだろうが・・・イインじゃあない。少なくとも小学校前半の娘たちが信長やら家康やら秀吉などと口々に出すのは悪いこととは思ってない。僕の子供の頃は仮面ライダーとバロムワンしか頭になかったのだから。

来たる3月17日、日本最大の客船、郵船クルーズの飛鳥IIが横須賀新港に寄港する。以前ににっぽん丸寄港の時も出港に行ったけれど、船が近くてとても宜しいのだ。すでに船内見学会は募集を締め切ったが夕方の出港はお出かけの価値ありである。(2011,2,16)

01/31 暮しの手帖・横須賀特集

暮しの手帖・横須賀上町教会:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

北アフリカでは混乱が続いている。このところ日記の更新が滞っていたのは・・・居ながらにして旅に出ていたためだ。昨日はキューバに行っていて(笑)いまさらながらキューバの歴史をひもといていた。スペインからの独立後、親米の政権による不自由を打倒したのがカストロだ。そしてキューバ危機は起きた。ニュースによればエジプトのムバラク大統領も親米的で、その米国の強い支持と親米的軍隊組織こそが政権基盤なのだという。たまたまちょっと前にチュニジアに旅に出ていたところなので(苦笑)ニュースもどうなるものかと注視せざるを得ない。この旅の顛末はいずれ商品に反映されるので乞うご期待である。

さて、一方で民主化を求める群衆・・・何が”自由”かはわからないが、僕に”自由”な時間がゼロであることは事実で、”ブラブラする”時間はもう何年も持てずにいる。兼業主夫になってからはそれが余計に顕著で生理的に生命維持を果たすための時間はあるものの、それ以外の時間はほぼ全部ひも付きの時間だ。「昨日はどこにいたの」・・・「そんな昔のことはおぼえちゃいない」・・・「明日はどうするの?」・・・「そんな先のことはわかりゃあしない」・・・などと言ってみたいものだ。そんな日々だが、昨日は教会学校が終わって、女房と娘達が児童図書館に行ってる間、運転手たる僕は小一時間だがつかの間の自由時間を持つことができた。図書館の向かいのモアーズの本屋さんをブラつく。ギターの雑誌を立ち読みしようと思ったのだ。

このところエレキが欲しい。ホテルカリフォルニアのエンディングのソロあたりがやっとで、友達の彼女が歌手のオーディションを受けるのにギターで呼ばれたことなんかもあったけれど(俺より上手い奴を呼べといったら、ヘタウマがいいのだと言われた)、さっぱり上達せなんだ。それでもこのところ弾いてみたい曲があって、ストラト(軽いムスタングでも良いかと思う)が欲しいのだ。

そんな訳で本屋をウロウロしていると”暮しの手帖 横須賀特集”のコピーが目に飛び込んだ。手に取ると、連載の徒歩旅行という記事が横須賀の巻なのだ。その70ページを開くと・・・ドーンと左一面に、娘達が卒園、今は愚妻が教諭を務める横須賀上町教会=横須賀めぐみ幼稚園の写真。それこそ朝行ってきたばかりの処である・・・

記事は長いものではなく、上町教会もキャプションは「横須賀には読書をするための公園があります」・・・実は公園ではなく幼稚園の園庭である。なかの文章は海岸の貝殻拾い、上町あたりだと、三味線の前田さん、中央図書館、児童図書館、鐘司理髪さんの写真が載っていて、タウン誌のような宣伝臭はない。結局上町教会やめぐみ幼稚園のことも文中では触れられず、わずかに特集の終頁の地図に載ってるだけ・・・

早速、その当事者たる教諭の女房に話すと・・・「なにそれ、知らなーっい!」とビックリ仰天。まして女房は、かなり思い入れの強い暮しの手帖の信奉読者だったのである。写真を見てもわかるが、撮影されたのは恐らく保育のない日。上町の取材の様子から日曜ではなく土曜である。1月25日発売だから、校了は年末だったろう・・・ライターが一週間とすれば写真は12月上旬となる。訊けば・・・取材も受けなかったし、撮影の断りもなく、もちろん見本誌が送られてくることもないそうだ。つまり、教会・幼稚園関係者は・・・何も知らないわけだ(笑)

素朴で宣伝臭のない記事。モノではなく人と空気を綴るような物言いは宣伝料でとんでもなく安価に売られる高級雑誌(爆笑)に毒された俗人間にとっては新鮮だが、当事者さえ何も知らないとは・・・まあ、暮しの手帖らしいといえば・・・暮しの手帖らしい (2011,1,31)

01/11 ハバノリ

城ケ島・ハバノリ20110111:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

冬休み最終日、城ケ島に出掛ける。アップダウンで半周歩いて、トンビに盗られないよう注意しながら弁当開き、これは当家にとっては安上がりで楽しい休日の過ごし方である。まだワカメには早いのに漁師さんの小船が結構出ている。近くに寄ってた漁師さんがいたので箱メガネで底を見て長い手網で何を捕るかと思えば・・・ナマコ。食って嫌いじゃないけれど、未だに触れないもののひとつだ。

お金を使わずとも、海に行けばいいことがある。昨日は初めてハバノリを採った。釣りを覚えたのはメジナだったし、すべてひっくるめて生涯一度きりの”優勝”のタイトルは大島の釣り大会でメジナを釣ったときだけ、ただし基本的に向こう合わせのお魚だから高度な釣りの奥義なぞ身に付かない・・・と思う。そのせいだろうが、恥ずかしながら忍者といわれるクロダイは幾ら狙っても釣れなかったし、とうとう一枚も釣ったことがないのだ。で、そのメジナというお魚、冬場にやたらと美味しくなる。ただし、コマセを食んだ魚体は・・・臭う・・・不味い。

メジナが冬場に美味しくなるのは、ハバノリを食べるからだ。ノリメジナといって、ハバノリを餌に釣っている人も多く見かける。冬場のメジナ、簡単に言えば、お刺身はヒラメの昆布〆のようなお味である。ほのかな磯の香りと甘みが味わえる。

結局、ハバノリのことは良く知っていたけど、ノリでメジナを釣ったこともなかったし、採るのが大変そうなので自分でやったことがなかった。昨日は、磯伝いに歩いている”採ってください”と言わんばかりの密集帯があって、いたずらで摘んで食べると・・・一同「ヴォーノ!」 食いしん坊の四人は、逃してならじとせっせと摘む。道具がないので・・・爪でガリガリ掻く。干せばやっと一畳くらいの量は採っただろうか・・・

帰宅後、夕飯のメインは”ハバノリの味噌汁” 感動的な美味しさである。ワカメもそうだが、やはり採ってその日の内に食せば、それまでに知ってるその食物とは全然別物だ。これは・・・当分はまりそうだ (笑 2011,1,11)

(後日追記:正式な?作り方は承知しないが我が家のハバノリの味噌汁は簡単。良く洗って砂などをおとしたハバノリはザルに上げておいて、まず味噌汁を作る。ダシ、みりん、酒、などはお好みでとにかく何にも入らない味噌汁を作ってお椀に注いだら、ハバノリをそこに散らすだけ。アツアツでやればハバノリの色がサッと変わり得も言われぬ香り・・・である)

01/09 野比 どんと焼き

横須賀・野比どんと焼き2011、小泉進次郎:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

今朝は早起き。野比海岸のどんと焼きにでかける。昨年の春、長女が久里浜で海老の形の素焼きを拾った。今では超貴重なレア物、どんと焼きの遺物なのだ。葉山の博物館長、池田さんのビーチコーミングの本を読んでいたからすぐに分かったのだけれど、昔、正月飾りの海老は今みたいな樹脂製ではなくて素焼きの海老に彩色したものだったそうで、これをどんと焼きしたあと掃除し損ねると海岸に残る。一旦海に入ったものは丸まるし、そのまま残ったものは海老のままだ。その海老のままのやつを見つけたのだ。推定、40年以上前位のものだ。それで、来年はどんと焼きに行こうといことになっていたのだ。幾らも離れず歩いていたのに、悲しいかな(悔しいかな?)僕にではではなく長女に拾われた海老はオーシャンノート仕事場に保管展示してある。

こんなに大規模じゃないにせよ、たき火といえば・・・焼き牡蠣だ。横須賀に越して間もない頃、冬の楽しみだった。その頃は誰も食べないから拾い放題(野生の牡蠣はほとんどが漁業権対象外)、バケツ一杯10分である。ただ・・・美味しくない。川かなくて味が薄いからだ。(安浦漁協で養殖事業を立ち上げている。こちの味は関知しない。噂では美味しいらしい) ある日、職場の上司を誘って牡蠣拾いをした。あまりの寒さに上司は流木やらゴミを集めたき火を始めた。で、これまた落ちてた焼き網で牡蠣を焼いた・・・ショック!旨い! 絶品である。味がギュッと濃くなって、たき火の燻製効果もあって旨い。以後、毎冬の楽しみになった。ちなみに、家のガス台でも燻製的美味にはならないけれど結構楽しめる。但し、牡蠣の海水で焼き網はすぐ駄目になる。

さて、どんと焼きには小泉進次郎代議士が来ていた。代議士が立候補するはるか前、それも準備だったのだろうが、上町への出勤途中で県立大学駅で辻立ちしてるのを良く見かけたが、正直、どうにもならないと思ったもの。それが立候補と同時に人が変わったようになって、当選してお人柄も深くなり・・・大変、立派である。人気もあるし(これは政治家には大切)、いつか登りつめるのではないかと思う。次女は握手して、家に帰ると「あの人と結婚する!」という。握手した人と結婚するんじゃ、何回結婚すりゃあ良いのやら・・・ (2011,1,9)

01/05 歴史 コピペにご用心

横須賀海辺釣り公園20110105:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

娘たちと三人で注文した雑誌を本屋までとりに行くが、寒いので自転車を断念。歩いて丘を下ってたら誰とは無しにそんな気分で、海釣り公園まで歩く。わずか十数分の歩きも”海を一望に望む仕事場”に篭りっきりになりがちで、このところ調べごとに振り回され、どんどん深みにはまってる僕にはアリガタイ。娘たちも正月のご馳走攻めが回復せずやや食欲不振なので良かったろう。

今、歴史ブームだとか。歴女なる言葉も造語されてるようだし(そういう女性に会ったことはないが)、しかしながら人文科学のお勉強は歴史を学ぶことにあると思ってるので大変宜しいことだと感じている。ただ、要注意なのは、過去のことは自分の目で見てきた出来事ではないので、手紙や証文など史料が現存している出来事は動かぬ事実だとしても、”書かれた”歴史はそれが真実だと単純には思わぬことである。学者にも作家にも研究の末に組み上げた自説があるのだ。

昔の上司の経験談。ある家具納入の案件で深刻なクレームが発生した。お詫びに行って調査のレポートを提出したら、見るなり中身も見ずに突き返されたという。あろうことか、数種類か出したすべての書類の宛名に誤字・・・何でそんなことになったかといえば、PCで作業してコピペをしくじったらしい。そして間違ったままの宛名が全部にコピペされたといわけだ。そりゃあ激怒するなあ。笑えない話だ。僕も同じ思いをした。調べ事をして偶然見つけたのだが、某オークションで英国の写真家Bekenの写真を出していた出品者がおられて、その商品説明文が全部当社のウェブからのコピペだったのだ。別に、お断りがあったわけじゃないから責任も感じないが、僕のコピーは僕が自分で徹底的に調べて引用なしに事象を特定し所感も盛り込んだ主観的なものだから、僕以外の(当社以外の)誰かが客観的な論説として引用されるには無理がある。でも、そういうことが実際にあるのだ。伝言ゲームじゃないが、もし、どこかで間違うと、ずっと先までそのまま伝わってしまうかもしれない。

今、新たに取り組んでる仕事はなかなか厄介である。二十数枚の絵の大して長文でもない説明文を書くのに、もう昨年暮れからずっと掛かりっきりなのだ。ほとんどが戦前の客船黄金時代期のグラフィックだが、少なくとも平均的収集家+ くらいの知識はあるので自信たっぷり、なめてかかったら偉い思惑違いで、スイスイ書き始めて確かめようと再度調べると(この手の研究は意外に進んでないから、問題のちょっとした資料探しだけで時間がかかる。当然英語、仏語、独語が多く尚更である)、オリジナル製作年、作者に新発見があったりするのだ。酷いものだと、今日に伝わるオリジナルの複製とされるのもが・・・実は縦横比の変えられたものだったという珍発見に出くわしたりする。泣く泣く商品リリースを断念したり・・・こうして歴史は書き換えられるのである。(苦笑)

また、ある作品・成果物の規定には苦しい思いをすることも多々ある。後世、僕たちはモダンだ、アールデコだ、バウハウスだ、果てはポストモダンなどとやるわけだが、創造した御当人がそんなことを考えて創作しただろうか?でも・・・規定したがるし、要領良く伝えるためにはそうせざるを得ない。これが・・・苦しい。特に1910年代から40年代はそれが混沌としてて、妙に細分化されてて、結局、そのアーティストの出自を調べて何たるかを規定せざるを得ないのがつらい。以前、料理とか音楽の話で書いたとおり、創造は引用に依るところ大だから(オマージュなんて題名がついてれば愉快なもん)、その引用元をお勉強しなきゃならない。何で今更ルネサンス様式の絵画を穴の開くほど見てるんだろう・・・そんな瞬間にややパラノイアに陥る(笑)

ゲイジュツ(を理解する)は難しい(笑) マグリットの展覧会を見て何かを見ようと空を見たり、エッシャーの甲賀コレクションのレゾネカタログをお金を工面して買ったりしてた頃が懐かしい。理解するより・・・それを楽しむが宜しい!(2011,1,5)

01/04 いい人 どうでもいい人?

葉山・富士山20110105:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

朝から葉山。富士山が綺麗だ。長女は理科でいくらか天体のことでも習ったのだろう。あれこれ訊くのでついつい脱線、水金地火木土天海冥を「水金地火木ドッテンバッタン」と教えて大笑い。今は水金地火木土天冥海のはずだよ・・・と補足したら・・・ちょっと気になってしらべてみると、世界天体会議とやらで冥王星は惑星でなくされてしまったそうで現在は”水金地火木土天海”だそうだ。3だった円周率が3.14に戻ったり厄介な話である。ふと思い出して、筒井康隆の”到着”という短編の話を聞かせる。そう、たった数行の短編・・・ぺちゃ・・・ぺちゃ・・・次々と地球もその他の星も落ちてつぶれる。みんな一団となって落ちてる途中だったのだ、というお話だ。たしか初期短編集の”にぎやかな未来”に載ってたと思う。今、皆で落ちてる途中、海冥だろうが冥海だろうが海.であろうがどうちらでも良いこと(笑)、シュールレアな筒井文学、唯野教授あたりがかったるくて読まなくなってしまったが、時に超刹那的な結末で失笑をもたらす筒井作品は第一級の日本文学だと思ってる。ブンダンもご苦労なところらしいが・・・

もう5年振り以上になるが、午後、昔の同僚K君からメールをもらった。ヒマな時に電話でも・・・とのことで懐かしく電話すると、あちらもいっぱしの管理職で身につまされることも多いらしい。お互いブイブイ言って肩で風を切ってた頃とは違う(苦笑)

季節はずれの海岸物語というテレヴィドラマがあって、片岡鶴太郎さん演じる圭介が、亡くなった古尾谷雅人さん演じる和彦に「お前いい加減にしろよ!いい人ってえのはどうでもいい人ってことなんだゾ!」となじられるシーンはなぜか印象が残っている。ちょいと、ドラマとは意味合いが違うが、土台、概して可も無く不可も無く褒めるとこも貶すこともなけりゃあ”いい人”なのだ。ところが往々にしてそんなどうでも”いい人”に勘違いして”いい人”を演じてしまうから性質が悪い。

聖人君主でもあるまいに一億総いい人だらけだから、息苦しくなってきて・・・果てはエビゾウ事件じゃあないが、事あらば、まるで正義を背負って立つようにしくじりを総スカンだ。「溺れてる子犬の頭を棒でたたくようなことをしちゃいかんわなあ」一介の商人たる僕は極めてノンポリティカルだが、金丸信さんが何かの時に言ってたことをいつも心に留めている。いい人はいい人を貫いてもらいたいものだ。僕は・・・降りる。K君と話してて、妙に物分りの良い、優しく、気を配り、事あらば丸く収める”いい人”・・・それはシンドイ事と同感するばかり。人間なんだから

ペニーレーンでバーボン 作詞・作曲 吉田拓郎

みんなみんないい奴ばかりだと
お世辞を使うのがおっくうになり
中にはいやな奴だっているんだよと
大声で叫ぶほどの勇気もなしに
とにかく誰にも会わないで
勝手に酔っ払っちまった方が勝ちさ
そんな時僕はバーボンを抱いている

筒井康隆さんの断筆宣言ではないが、この名曲も差別的な言葉が使われているとして、名盤”今はまだ人生を語らず”はCD未発売のままである。ソニーも”ペニーレーンでバーボン”をカットして発売しないし、拓郎ご本人もそうする必要が無いと考えてるらしい。初めてこの曲を聴いたのは75年のつま恋がNHKの7時のニュースで流れた時のことだった。その頃は、僕は何も知らないガキで、母と二人で字余りで早口言葉のような歌に大笑いしたもんだった。

”いい人”と勘違いされていい気になること無く、むしろ宜しくないことと自らを律したきものである。五倫・・・仁、義、礼、智、信・・・元旦に続き・・・自戒 (2011,1,4)

01/01 新春 BMWの写真の額装

BMW額装:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

年末、荒川で歯科医院をなさってるA先生が見えた。一昨年から医院で飾られるポスターやプライベートの贈り物などで使われるアートの額装などをお願いされてお付き合いが続いている。先日は新しく建造されるヨットの艇名に”Ocean-Note”の名を使いたいとの相談だったが、今回は2011年のBMWのカレンダーの額装を依頼された。先生がこのカレンダーの額装を思い立ったのは、表紙の写真が2009年のフランクフルトで発表されたVision(正確にはBMW EfficientDynamics)という話題のクルマで、かつその下に”VISION AND LIALITY”のコピーライトがあったからだ。曰く「VISION AND LIALITY・・・現状と見通し・・・僕の信条なんだよ」

BMWは南ドイツミュンヘンにある。ドイツは北側のケルンやハノーバー、スイス国境のバーゼルには仕事で何度も行ったがミュンヘンには行ったことが無い。 僕が「Aさん、僕、VISION AND LIALITYと聞いたら、何故かビートルズのNowhere Manを思い出しちゃたんですよ」とお話すると、お答は・・・「僕は、その頃も受験で忙しくて音楽なんて何にも知らないんですよ」

青春の悩み多く抱えて(爆笑)、音楽聞いて本ばかり読んでは思索(詩作もやった)にふけるばかりだった僕とは全然違う(苦笑)。少年時代から目的意識がはっきりしてて・・・それは今も同じことで、ちょっとしたご縁で親しくさせていただいているが、Aさんは僕と逆に大変温厚なお人柄だが、お話すると僕もガンバラなくちゃ、と気合いが入る。しかし、改めて思えば、僕はやっぱり夢想家みたいなところがあって、どちかと言えばNowhere ManであってVISION AND LIALITYは少し縁遠い方かもしれない。

小学校3年の長女は親があきれる位の読書好きだ。子供の頃の僕じゃ考えられないけど「いい加減にしろ!」と止めなきゃならないほど本を読む。その長女が何かの本で読んだらしく「夢は見るもんじゃあなくて叶えるものなんだって」とまるでお説教のように僕に言う。でも長女は「この言葉はあんまり好きじゃないな」とマセた事をいう。(笑) 同意同意、「叶う夢は夢ではなくて目標だよなあ」とつぶやいた。でも・・・夢ばかりじゃあねえ・・・

お正月早々・・・自戒自戒(笑) (2011,1,1)

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