07/22 戦没船員の碑2008

昨日は海の日だ。海の日は、元々、明治天皇が明治丸で東北巡航から横浜に戻られた日を記念して制定されたものだそうだ。国民の休日になったのは1996年、祝日法改正で2003年からは7月第三月曜となっている。(成人の日や敬老の日が毎年違う日なのに違和感があるのは僕だけだろうか?海の日も同様、それなりに云われがあって決まっているのだろうから、連休のためっていうのも変な気がする)

さて、2006年の海の日は我がオーシャンノートが開店、昨日2008年の海の日は北海道帯広で知人の池田さんが”STAR SHIP MODELS”という店を開店された。池田さんとは、オーシャンノート開店からしばらくして、何点かのアートポスターご注文をいただいたのが縁、その後も度々お買い上げいただいたので、メールのやりとりをしていると、「実は船舶模型の製作会社を興そうとしています・・・」ということで応援させていただいている。日本では、大阪に良く知られる船舶模型製作会社があるが、個人のコレクション向けでは恐らく日本で唯一無二の存在となっているものの、ひとたび海外に目を向ければ最高峰は国際規格の1/1250モデルで(例えば大和を作れば20センチ強)日本円で30万円を越すものから、お手ごろな2〜3万円のものまで種々出回っている。日本では余り知られていないが、世界的にはこの1/1250の船の模型のコレクションは上質な大人の趣味である。しかしながら、これは実は作るのにものすごい費用がかかる。亜鉛合金のホワイトメタル素材のものだと、金型を要するが、この金型は一声100万円という代物なのだ。近年は、デテイールのシャープさでは劣るものの、少量生産に向くのでシリコン型を利用するポリレジンのものも出回ってきている。そういう、ある種、苦労が目に見えている商売を始めた池田さん、まだ店のホームページが出来ていないので紹介できないがいずれ紹介したい。同じ、誰も登らない山に登る池田さんには、シンパシーを感じている。

海の日の前日の読売新聞には、こんな記事があった。かいつまんで引用すれば”大戦で戦場に行った兵士、陸軍では20%、海軍では16%の将兵が帰還できなかった・・・軍人でない商船の船員の未帰還率は43%!だった・・・当時の軍の感心は艦隊決戦にあり、輸送船や商船の護衛の任務は嫌われた・・・2500隻6万人の船員を失い補給を絶たれて日本は負けた・・・”という書き出し、曰く、欧米の海軍は元々海運の護衛のために作られたものだが、日本の海軍は軍艦同士の決戦に目を奪われ、海運なしで成り立たない国の成り立ちを忘れてしまったとうもの。僕の持論でもあるが、記事中にある、社団法人海洋会の杉崎昭生さんの「残念ながら日本は農耕民族で、いまだに海洋民族でない。海への感心が持続できないのです」の言葉が印象的だ。

観音崎にある戦没海員の碑は、確か昭和44年の除幕式の際も皇太子時代の天皇陛下がご臨席されたと聞いている。今でも、天皇ご一家が葉山で静養される際、帰りに寄られることも度々、直近では2007年の10月にも献花されている。(ちなみに、静養の後、横須賀まで来られると、ここ横須賀上町の横須賀市人文博物館まで足を伸ばされることも多い。林前館長と陛下はご友人なのだ)戦没海員の碑は、とりわけロケーションの良い場所で、内東京湾と外東京湾の両方が前後に望める。観音崎散策の際は是非立ち寄られることをお勧めする。(2008、7、22)

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