12/28 表彰状をもらう

横須賀市優良商店表彰:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

去る12月22日 、大変もったいなくも蒲谷亮一横須賀市長にオーシャンノートまでお運びいただき、平成20年度横須賀市優良商店の表彰を拝受させていただいた。僕は自慢じゃないが”無冠の帝王”だから(^^;;; タイトルやら出世とは無縁だったし、興味が薄い分そういったものとは今も無縁の人生を送っている。

今日に至るまで、表彰と名のつくものは、伊豆大島の東京都釣魚連盟主催の磯釣り大会で優勝したものが唯一だった。もう20年以上前のことである。今のように1号だの2号だのといった高性能なカーボンロッドに1.5号や2.0号の細いハリスの時代ではない。当時は磯の上物ではNFT全盛時代で、”#12”という番手のグラスの剛竿に4.0〜5.0号のハリスを使って高場の磯から魚を抜き上げるのが普通だった。僕は、どことなくそのやりかたには不合理な思いを抱いて、あえて使い慣れた”#14”の竿にハリス2号で臨んだ。昔懐かしい魚釣りのコアな話題で恐縮だが、その日、伊豆大島はピーカンのベタ凪で、何と100名以上の参加者の中でメジナはたった一枚、僕だけが釣ったのだ。2位も3位も該当者無しである。そのたった一枚のメジナもわずか25cmばかりのものだった。結局、その頃大島で賞を総なめにしていた父には倣わず(こんなところで父親を誉めるのも気が引けるが、父が大島で獲った賞状は日刊スポーツやスポニチ主催の大会など五指に余る。賞状が一杯あるので子供心に磯釣りの一等なんて簡単なもんだと思った程。たまたま庄内竿の研究家、根上吾郎先生の著書”庄内竿”には、父の根上先生宛て書簡が引用されており、父の釣歴が記されている。ちなみに、昭和20年ごろに亡くなった祖父とは無論お目にかかったこともないが、”庄内竿”には祖父の竿職人としての業績が載っているし、祖父の作った庄内竿は根上先生のお骨折りで鶴岡市の致道博物館に収蔵されている。子供の頃はバチ当たりなことに祖父の竿を振り回して遊んだものである。ついでに言えば、祖父は結構な旦那だったようで、井伏鱒二の随筆”人と人影”には祖父の庄内竿のコレクションのことが書かれている)、磯釣りは止めてしまい、今のところメジナの生涯の大物は1.7k、42cmに留まっている。

そんなことで表彰状のことを思い出していたら、そうそう、ウィルクハーンジャパン勤務時代に2度、表彰状をもらったことを思い出した。これは健康優良者の表彰である(爆笑)。僕は今でもそうだが、医者に行くのと洋服を買いに行くのは大の苦手で、この健康優良者の表彰は一年間、健康保険を使わなかった者、つまり医者に掛からなかった者が頂けるものだった。僕は一人暮らしの頃は、不摂生不養生を絵に描いたような生活をしており、年一回の健康診断を不健康診断とうそぶいていたくらいだから、時の上司が健康保険組合から電話をうけた時は慌てて「ちょっと待って下さい。あいつは健康診断を不健康診断と言っているような奴で、とても健康優良者として表彰を受けさせるわけにはゆきまんせんよ」と表彰を断ったくらいなのである。単に医者に行かなかっただけで、健康診断の結果を見れば、あれこれ悪い数字が並んでいる。確かに健康優良者とはいえない。今は、規則正しく質素な食生活からよっぽど健康だが。

さて、当日の表彰は、ちょっとした騒ぎで、神奈川のタウン誌、はまかぜ新聞社や動画ニュースのアロフェイスも取材に来たし、お祝いがてら、今関商店会会長、上町教会の森田牧師、海洋少年団の参事役さんやらもいらして、表彰式の店内はすし詰め、ご近所も市役所のスーツ集団が10名近くも見えたので、僕が逮捕でもされると勘違いしたか、今だに「何かあったんですか?」と言われたり、商店街の金物屋さんの遠藤さんが、表彰の事を言って回って下さったお陰で、街々「おめでとうございます」と声を掛けられる。たまには・・・ありがたく頭を垂れて、無冠の帝王の看板を外してみるのも重畳ではある・・・哉。(2008,12,28)

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