04/20 岬めぐり 三浦半島説

横須賀・三浦の浮世絵:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

昨日の新聞の日曜版に三浦の春キャベツのことが載っていた。三崎口と三浦海岸を結んだあたりから南側に広がる平たい隆起台地の上、昔は大根ばかり作っていた畑だが今はキャベツ→スイカ・メロン→大根の三毛作が主流だ。確か、キャベツは三浦市が大根以外の主力産物を立ち上げようと30年ほど前に取り組みを開始して、今では関東有数の産地になったのだと聞いた記憶があるが、記事によれば現在の三浦の春キャベツは春だから春キャベツなのではなく、春キャベツという三浦向けに品種改良されたキャベツ(早口言葉みたいになってしまった、笑)なのだそうで、まん丸で中も真っ白ならぬ黄緑、柔らかくサクサクで極めて生食に向くものなのだそうだ。潮風が当たる三浦の畑は火山灰質、水はけ良く、生産者が海藻などを与えた土は農薬や肥料も少なく済み、良質な作物が出来るのだそうだ。さて、誌面をめくると、旅の紹介。この日曜版は一面で”食べものがたり”と題して産物を紹介するとその産地の旅を三面で取り上げている。三浦の旅は京浜急行の終点三崎口が旅の出発になっているが、昨年秋から京急の駅では電車の到着を知らせる駅メロが流されていて(オーナー住まう堀ノ内駅は渡辺真知子さんの出身地とのことでカモメが翔んだ日)、三崎口駅は山本コータローの岬めぐりなのだそうだ。作詞家の山上路夫さんは城ヶ島に行ったことはあるが三崎、城ヶ島あたりだけを書いたというわけではない・・・とコメントしているが、地元では岬めぐりの歌詞は三浦海岸、三崎口の駅からバスに乗り、剣崎やら城ヶ島に向かうところを歌っているものと信じられているそうだ。僕も、横須賀に移って自家用車を持っていなかったころ、休みの日にバスで小旅行を楽しんだものだったが、言われりゃなるほど、岬めぐりの歌詞がピッタリくる道程であることは確かである。

岬めぐりと言えば・・・ああ、この”岬めぐり”と”22才のわかれ”・・・この2つの曲が弾けるとギターの名手になれたものだったことを懐かしく思い出した。アコギをいじったことがある人ならわかるだろう。そのメソッドが正解かどうかは疑問だが、フォークギターの教則は大抵、”小さな日記”とか”時代”かなにかでアルペジオをやって、”岬めぐり”と”22才のわかれ”でスリーフィンガーを憶えるプロセスが常套だった。その間に、左手は難関の”F”コードが出てきて・・・この”F”とスリーフィーンガーの成否が”上手い!弾ける!”の分岐点だった。僕は高校入学早々、もう今頃の季節にはスリーフィンガーも”F”もすぐに出来たから、一応、「あいつは上手い」と指折ってもらえる人だった。ある日誰かが、「隣のクラスのTは上手いぞ」と言う。で、ライバル心むき出しでTと会うと意気投合、にわかグループを作って文化祭に出演することになる。学校中見ても、その日の演目のひとつ、アリスの”ジョニーの子守唄”のイントロを弾けるヤツはいなかったから、ルックスとにわかグループの練習不足を除けば一年生にしては良くやったと思っているが、そのライブの一曲目がTがボーカルをとった岬めぐりだった。岬めぐりという唄自体は、小学校の終わりころだったか、中野サンプラザのジュークボックスで友達と聞いて「こんないい歌が世の中にあるんだ・・・」と思ったものの、当時、ギターの腕の良し悪しはそれで決まってしまうような妙な存在感を持った曲だったから、文化祭で演目にとりあげたのも「俺たちは弾けるんだゾ」というアピールのためだったような気もする。”岬めぐり”というのはあくまで唄のタイトルだが、この唄以降、いちいち失恋しなくとも”岬めぐり”という旅の形ができてしまったのも確かなような気がする。

先週から営業時間を変更して、土曜日の午前中を家族で過ごす時間とさせていただいているが、先日は秋谷の立石に出掛けた。実は、このところ商品でリリースしている浮世絵にはまっていて、特に気に入った広重の”相州三浦秋谷の里”の風景を見たくなったのだ。思えば、北斎も広重も海っぱたを歩いて江戸時代の岬めぐりをやったに違いない。浮世絵コレクションは、良く知られる北斎の富嶽三十六景から”神奈川沖浪裏””上総の海路””相州七里浜””相州江の島”は取り上げたものの、横浜〜横須賀〜鎌倉など地元の海を描いた浮世絵に収集を絞ったので、余り知られていないレアモノが多くなった。北斎の”相州浦賀”は世界中で数枚しか現存しないし、広重の”鎌倉諸之内 由比ガ浜””江之嶋路 七里ケ浜””相州江之嶋”といった「東海道之内・・・」で始まるシリーズも日本には殆ど現存しない。(藤沢市がいくらか所蔵してるようだ。当社のものはロンドンのコレクターからソース提供を受けたもの)何故、こんなことにハマッてしまったのかというと・・・そもそも僕には変に研究熱心なところがあって、もう20数年前の話、タッチというマンガに夢中になった僕はマンガの中に出て来る電柱の住所番地を見つけては、練馬の中村橋あたりに出掛けて「ここを南ちゃんが歩いていたんだ」と一人感激したことなどもあったりして(お恥ずかしい・・・しかし喫茶店の南風はとうとう見つからなんだ)・・・そう、浮世絵を眺めていたら、特に三浦半島西海岸を描いたものは往時と現在、湘南道路と建物を除けば、ほぼ風景が変わっておらず200年近くも前の風景が現実にあることが面白くて仕方ないのだ。おまけに人後に落ちずデザインに興味が強い僕は、当然その風景のデフォルメや構成化にもそそられるのだ。地誌的に見れば、江の島が関東大震災で隆起したことも良く分かったり・・・これまた面白い。まあ、齢を重ねれば、”タッチ”が”浮世絵”に化けたりもするものである。(苦笑)(2009,4,20)

2009 blog

ページトップへ