10/24 和幸 加藤和彦さん訃報

トンカツという食べ物が大好きだ。天ぷらもそうだが、家で作ってもなかなかお店のようにはゆかず、結局は外で食べるものが美味しいが、オーシャンノートの開業以来めっきり外食の機会も少なく、たかがトンカツ・・・に随分お目にかかっていない。・・・無念・・・目黒のとんきが良いだとか、そんなにこだわりがあるわけでもなく営業の仕事の頃には目に付けば入ってしまうのが和幸だった。(確か”さざんか”というメニューが多かったような。笑)和幸に行くようになったのは今では余り耳にすることもなくなった平和島の東京流通センターの展示会に行ったり、スタッフで参加したりするようになったことがきっかけだった。このTRC の和幸ですっかりキャベツお代わり自由の和幸にはまった訳なのだが、毎年ここで開催されていたオフィス環境展というイベントがあって、今や死語になっているインテリジェントビルなる言葉が建築業界やインテリア業界で盛んに使われるきっかけにもなった催しで、ちょうど駆け出しの営業マンだった僕にとっては当時少なかったまたとない勉強の場だった。(イベントといえば・・・今年も東京デザイナーズウィークのご案内なども届いているが、これも懐かしい催し。元はヨーロッパで開催されるデザイナーズサタデーというイベントを真似たもので、日本ではカッシーナ、アルフレックス、ノル、ハーマンミラー、B&Bの5社で発祥した。1986年の第1回のオープニングパーティは六本木アクシスの5Fで開かれて、このとてつもなく華やかなパーティーに何だか上手い事やってインビテーションカードを入手してもぐりこんだ僕は、今は無きカッシーナの武藤重遠さんや飛ぶ鳥を落とす勢いのアルフレックスの保科さんを遠くから眩しく眺めたものだ。このパーティーの招待客約800名の名簿・・・今だから白状するが、産業スパイ宜しく後年この門外不出の名簿を入手したことがインテリアギョーカイのスーパースターを目指す足掛かりとなったのである)

トンカツの話から昔話になったが・・・和幸といえば・・・加藤和彦さんが亡くなった。憧れのミュージシャンの一人だったし、ウィルクハーン在籍時代にはアクシスビルをブラブラされる加藤和彦さんを何度も近くで拝見して、そのカッコ良さにシビれていたので残念でならない(ウィルクハーンはアクシスの4Fだが何で4Fをブラブラされていたのかはわからない)。このところ、プロデュース業で表に出ることの少なかった加藤和彦さんを表に引っ張り出したのは、坂崎幸之助さんであることは確かで、新フォークルの延長線上に和幸(かずこう・・・加藤和彦さんの和と坂崎幸之助さんの幸で”和幸”なのである)なるユニットを結成し、これからどんなことになってゆくのかと楽しみにしていた。あまり出たがりでもなさそうな加藤和彦さんがアコースティックギターマガジンにチラチラ出るようになっていたので、ご本人にしても結構ノリ気でやられてるのだと思っていたし・・・加藤和彦さんへのあこがれのひとつは、全貌は開帳されていないそのとんでもないギターコレクションだ。マーティンのD-45といえばギタリストなら一度は手にしてみたい楽器だが、今から30年以上前、このギターの値段が70万円・・・日本には当時何本もなくて、石川鷹彦さんのD-45は有名だったけれど、戦前に91本だけ生産されたD-45が1969年に再生産されて、69年製は当時2本のみ輸入され、うち一本は加藤和彦さんの手に渡ったものと記憶している。(古い資料を調べたらありましたありました。2001年発行のアコースティックギターマガジンVol.8の136ページに銘器発見というタイトルでこのD-45が紹介されている)あとは・・・拓郎フリークだった僕にとってはあの拓郎のギブソンJ-45、あれが加藤和彦さんが拓郎にあげたギターだというのが耳に残っているエピソード・・・そんなスーパー振りが気になってしかたないカッコ良いオトコ・・・ご冥福を祈るばかりである。加藤和彦さんもトンカツが好きだったのだろうか・・・(2009,10,24)

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