03/05 アマティのヨット模型

特に木村拓也氏に興味があるべくもないが(悔しいが、良い男だなぁ・・・とは思う)、TBSの華麗なる一族を欠かさず見ている。似ても似つかないが、ひとつだけ感じることがある。ひよっとして、僕には祖父の血が流れている???

祖父は、父が10歳の頃に亡くなっているので、もちろん華麗なる一族のような生々しい話があるわけでもないが、庄内竿の職人(のようなもの)だったそうだ。その道の研究家でいらっしゃった根上吾郎氏著の”随想 庄内竿”という本をひもとくと小野寺喜代治は名人上林義勝の流れを汲む職人だったようである。子供の頃、家にあった祖父の竿を振り回したのは申し訳なかったのかもしれない。今は鶴岡の致道博物館に寄贈したらしい。ちなみに、祖父は井伏鱒二の随筆にも庄内竿の名竿の持ち主として旦那衆のように登場している。前置きが長くなったが、要は、僕も職人が生に合っているような気がしてならないのである。

1930年代のJ−Classというカテゴリーのヨットが大好きである。とにかく、大きくて美しい。現代のアメリカスカップのお化けのようなフネとは違って、まさに絵に描いたような”ヨット”に見える。店では1930年のシャムロック5世、1934年のレインボーとエンデバーを飾っているが、どうしても自分で作りたくなった。実は、一年ほど前に思い立ってイタリアのアマティ社のキットは2つほど入手してあった。ただ、作るのが大変なのはわかり切っていたので、手が付けられなかった。ところが、流木をいじっていて手が動いてきたのだろう、ついに意を決して取り掛かった。20歳くらいの頃にF1のプラモに熱中して以来の模型作りである。意を決してやった割には・・・自分でもびっくりするくらい器用なのだ。スイスイとノミ一本で、デッキの板を貼るのに一日で出来てしまう。1/80で全長50センチ弱、デッキの板は一枚3ミリ弱、普通、この手の模型は3ケ月掛かりと聞く・・・そう自慢ではないが、とにかく早いのである。レジンのハルをペーパーで成型して、デッキを貼って、ハルとデッキを接着、パテで隙間を埋めて再度成型、これがわずか3日で出来てしまう。最初は母にこの手を与えてくれたことに感謝していたのだが、前述のとおり、「これは祖父の血にちがいない・・・」などと思っている。ともあれ、今掛かっているシャムロック5世は、紅茶王トーマス・リプトン卿のフネ、後半生をアメリカスカップの奪取に賭けたリプトン卿に思いを馳せて作っている。「もっと、ハルが細かったんじゃあないか?」といって削り、(微風で走るフネを徹底的に目指したはずなのだ)BBCの特番のDVD(未輸入、当店直輸入品を店舗だけで販売中、タイトルは”Returan of J's"その筋では有名なDVDです)でシャムロックのスターンの形状の違いを見つけては成型し直し、無心である。無心すぎてお客様が来店しても気づかない。ウーン、今週は売り上げが落ちたなあ・・・猛省したり。(苦笑)でも、なんだか設計者のチャールズ・ニコルソンの気持ちに少しだけ近づいているようないないような・・・

人生の節目節目で考えること。ギターを作ってみたい!この夢もいつか叶うんではないかと思う。このあたり、イメージが貧困で、あの力木をノミで削っている姿しか浮かばない・・・まずは、シャムロックである。(2007,3,5)

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