04/25 続・読書 赤いペガサス

赤いペガサス・汚れた英雄:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

乱読雑読でどれだけ本を読んだことだろう。前回の店長日記では老眼に鞭打って持ち込まれた本の読破に難儀している由認めたが、逆に長いこと僕の座右の書といえるのが恥ずかしながら上掲3作である。

古田足日さんの”もぐら原っぱのなかまたち”。1968年初版から40年、2008年現在驚きの132版もの版を重ねる名作だ。先ごろ、手元に無くなって久しかったところ長女に新本を買ってあげて久しぶりに読んだがやっぱり胸がキュンとする。挿絵も昔のまま、ただ函入りでは無くなった。僕がこの本を初めて読んだのは小学校4年か5年、読書の時間(昔は時間割に読書の時間があったと記憶)に学校の図書室で読んだのが最初だ。初版発行から4-5年目あたりだったろう。確か時間内には読めず、別の時間にわざわざ図書室に行って完読したと記憶している。わざわざ図書室に行って・・・なんていうのはこれが最初だったし、それほど読みたかったのだろう。この僕の通った小学校もこの3月で廃校になってしまって・・・廃校になった今だから白状するが、僕は5年生の頃”もぐら原っぱのなかまたち”を図書室から借りて、返却して、また借りて・・・を何度か繰り返し、最後にはとうとう学校に返却しなかった。ちゃんと最後に借りたのは僕になっているはずなのに、何故か学校から何も言ってくることは無かったし、大学時代でさえ気が向くと手にとったもので、その頃住んでいた家が建て変わるまではきちんとあった。その後引越しのどさくさで行方不明だが・・・僕はふとした会話の中やお酒に酔ったりすると良く”空中を歩く方法”の講釈を垂れることがある。空中に右足を出したら右足が地面につく前に左足を前に出す、その左足が地面に着く前に右足を出す・・・これを繰り返せば空中を歩ける!(笑)この話・・・実は”もぐら原っぱのなかまたち”の4章”なくしたかぎ”がネタ元だと久しぶりに読んで気づいた。

少年サンデーを欠かさず買っていたのは小学校3年くらいだったか・・・一年間欠かさず買ったものの、結局、漫画雑誌は分厚くて置いておく場所がないことが分かって買うのを止めてしまった。それが漫画であれ「本を捨ててはイケナイ」というのが母の厳しい教えだったからだ。その後は、読みたいものだけを立ち読みすることにしたが、欠かさず読んだのはサンデーに連載された”赤いペガサス”である。中学2年か3年の頃だったと思う。ただ、連載で読むには内容がディープで自動車の知識に乏しい僕にはハードルが高かった。近所に文化堂というコミックを沢山置いている本屋さんがあり所謂単行本でじっくり読んで(この本屋さんは子供達から”立ち読み専門店”と呼ばれていた。でも、お陰でどれだけ漫画を読めたことか・・・感謝)だんだんF1レースのことが理解できるようになってやがてある種の畏敬を感じるようになった。一方、現在の富士サーキットで初めてF1日本グランプリ(76年)が開催されてもまだ日本人にとっては遠いアッチの世界だったように思う。高校から大学にかけては家から自転車で5分くらいのところに漫画を沢山置いてある喫茶店に通ったもので、この時代に飽くことなく深く何度も読んだのがやはり”赤いペガサス”だった。1980年前後、まだ後に愛読するRacing Onはまだ創刊されていなかったが、驚くなかれ1966年に開発されたコスワースDFVエンジンはまだグランプリで使われていた!し、ウィングカー=グランドエフェクトカーも現役だったから”赤いペガサス”の世界はリアルそのもの、むしろ”赤いペガサス”はF1の教科書とも言えた。とまあ、いろいろあったとしても所詮レーシングドラバーを夢見るわけでもなく、僕が”赤いペガサス”に惹かれたのは・・・第15話、ブラジルGPでトップ走る主人公ケンは観客が投げたコーラの瓶をフロントグラスに受けてクラッシュ、そのことを誰にも言わないケンにある少年が「なぜみんなにあのビンのことを話さないんだ?・・・ブラジル国民のきたない妨害がなければ、オレが優勝していたはずだと!」と問われ・・・「いいかい・・・たとえどんな時にマシンの前に障害物がわこうと、F1レーサーはそれをかわさなくちゃいけない。さかなが水中を泳ぐようにマシンをコントロールできなければならない!だから・・・F1レーサーが他人のせいで事故をおこすことはない!すべて自分のミスさ!

中学の頃、小峰元の小説にゾッコンだった。青春推理小説という触れ込みだったが、アメリカ文学的なある種の無常観とさわやかな読後感がたまらなかったのだ。ところが、同級生に大藪春彦を愛読しているマセた奴がいた。その影響で大藪作品を何の気なしに手をとって、それはそれで一時ハマってゆく訳だが、角川文庫で読み進むうちに1969年発表の”汚れた英雄”に行き着いた。これは、今に至るまでまさに手放さず風邪で寝込んでいる時や、新しいことに挑戦する時・・・節目節目でいつも手にとってしまう。1960年代初頭のグランプリ(2輪)が舞台だが、そのメカニックの細かい描写とかホンダの活躍など読みどころはいろいろあろうが、北野晶夫が我が身の才能と努力、そして何よりも己の信念で人生を上り詰めてゆくところに惹かれる。・・・俺は金も無いし、育ちも悪い。だけど、乞食じゃないから物乞いはしない。欲しいものは奪い取るだけだ・・・言葉は暴力的だが、何物にも頼らず信念を貫いてゆく生き方は強烈である。読み返す度の我がヘナチョコ振りを恥じるばかりだが・・・

僕はギャンブルは一切やらない性質(宝くじだって2回くらいしか買ったことがない)だが、ギャンブルに負けない方法というのを聞いたことがあって、それはかなり単純・・・勝つまでやる・・・のだそうだ(笑) 大切なのは信念ということ、総理!わかりますか? (苦笑 2010,4,25)

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