03/26 船の科学館と二式大艇

店を構え商売をやっていると面白いことがある。ましてインターネットの時代だから思わぬ出会いもあるものだ。例えば印象的だったのは、はるか足立の方から海の写真集を買うためにわざわざいらした若い女性のお客様には感激した。曰く、どこに行っても海関連の洋書はそうそう置いてあるものではないそうだ。神保町や日本橋も随分見て歩かれて、とうとう横須賀までいらしたのだそうだ。と、思えば珍しい本だと言って感心してメモをとられる方などもいる。おおかた某Aで買うのだろう。これも時代だから仕方が無い。

さて、ある日、電話が掛かってきて「ロープノットの額はありますか?」とおっしゃる。ウェブでは額装ポスターと書籍しか販売していないのだが、あるんじゃあないかと思って電話を下さった。もちろん、ある。実は密かなヒット商品で、今月は大小含め、かれこれ5〜6枚ほど売っている。仙台のお知り合いの退職祝いに贈られるのだそうだ。メールで商品の写真をお見せしたりやりとりはしたのだが、そこに同梱するお手紙を昨夜わざわざ持参された。すると、こちらの清水さん、実は船の科学館にお勤めで学芸員をされているのだそうだ。僕は東京の生まれ育ちで、20歳前後の頃はあんなに整備される前のお台場あたりは良く行っていた、東京の海はあそこが一番近くてきれいだったのだ。特に船の科学館の海に向って左手には入り江があってそこをさらに進むときれいな砂浜があったのだ。清水さんによれば潮干狩りもできたのだという。そんなこんなを話していると二式大艇の話になった。

4〜5日前、テレビを見てたら、横浜根岸湾の飛行艇の基地を回想する番組に出くわした。わずか30分なのだがめちゃめちゃ面白いのである。戦前の飛行艇が離水する映像なんざ見れるものではない。これによれば、現在の横浜富岡総合公園が横浜海軍航空隊の基地だったそうで、その隣には日本航空株式会社の南洋航路の基地があった。で、当時のパイロットも出演して、根岸湾を滑走する飛行艇の云々を語るのだが、面白いのは飛行艇というものは、ある程度波風がないと離水できないそうで、静かな時は根岸湾の向こう岸まで届きそうになってやっと離水できたとか、当時の運賃は大卒初任給の半分くらいだったとか・・・

二式大艇は川西航空機(現在の新明和工業)が作った空前絶後の傑作機であることは知っていた。日本が世界に誇れる飛行機は零戦でも隼でもなく、二式大艇と戦後のYS-11なのだ。で、この二式大艇、件のテレビによれば連合軍が進駐してきたとき、皆、根岸湾に沈められてしまったのだとか。一機だけテスト用に生き残り、アメリカでテストされた。アメリカ人はその高性能に目を白黒させたのだとか。で、これが日本に返還されて永らく船の科学館に展示されていた。ご覧になったことのある方も多いと思う。ところが2年前、鹿児島の鹿屋に移されたそうで、清水さんによれば何と無償だったのだそうだ。以前にも書いた元海軍、元海上自衛隊の永田さんが先日おっしゃていた。「三笠の前に二式大艇や零戦を持ってこようと運動したことがあって・・・」元海軍の方々の集まり、伊呂波会での話しらしい。何で無償?永田さんに話したら伊呂波会に伝わりさぞ残念がるだろうなあ・・・

清水さん、昨日お越しの際に、船の科学館の招待券を下さった。久しぶりに子供たちを連れて(子供たちは行った事がない)行くこととしよう。昨日は海の文化について短い時間だが貴重な意見交換ができた。(2007,3,26)

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