07/22 猛暑

横須賀観音崎20100722:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

子供たちの夏休みが始まると同時に猛暑、矢も楯もたまらず今シーズンの観音崎水浴の始まりだ。

子供たちの通う小学校にはプールがない。僕は東京中野の生まれ育ちだけど、少なくとも区立の小中学校でプールがないところは無かったと思う。母は昭和13年の生まれで今はフルーツ王国で知られる山形県中山町出身だがプールなど無くて最上川にロープを張って水泳の授業だったとか・・・戦中じゃああるまいし、子供たちが学校に上がるまで40万都市の横須賀でプールが無い学校があるなんて想像も出来なかった。まして、関係ないといえばそれまでながらこの小学校は総理大臣を輩出してる学校なのである。(そう娘たちは小泉純一郎さんの後輩となるのだ)

まあ、この件は議員さんなどいくつかの方面を通じ横須賀市に尋ねたけれど、「難しい」問題なのだとか。いずれにせよ、教育を受ける権利の平等の一部が果たされていないことは事実で、この小学校から中学に上がると、中学の体育の先生は妙に心得ていて、プールのない学校から上がってきた子供にはそれなりの配慮があると聞いている。(苦笑)親の責務としては、最低限自分の身を守れる程度にはしてやらなくちゃイケナイ。格好はともかくカナヅチではなくせめて浮いてほしいもんだ。

今年は、おもちゃのボディボードを買った。僕の父はそういうウィットの無い人で、特に他人が持っているものは頑なに否定的なところがあって、子供の頃”水に浮く道具”は一切買ってくれなかった。僕もとても欲しかったけれど、何故か海に行くとコーラ一本ねだることも出来ない厳しい雰囲気が我が家には漂っていて、そのムードに抗えずひたすら我慢の子であった。僕は・・・海の家というやつに入ったこともないのだ。あろうことか・・・ただ一度、例の空気を入れて浮くマットを父が買った。表は布張りの高級品だった。余りの珍事に動揺したか・・・僕はちょっとしたミスですぐに使えなくしてしまった。不思議と父は怒ることはなかったけれど、もちろん、以後、そいうものにお目にかかる機会は無くなった。

てなトラウマのせいか、今では逆に家族の顔色を伺いながら”浮き物”を買う。去年までは空気を入れるパトカーが活躍していたが、次女も「パトカーは要らない」というので空気室がひとつ破れたこともあり引退、ビート板代わりにもなるだろうと思ってボディボードを買った。実はイルカやらシャチの浮き物の狙っているんだが・・・意外に同意が得られそうになくいまだ入手できずにいる。

去年9月の右ひじの骨折・・・とうとう医者にも行かず治してしまったが、その回復具合は不安だった。まだボールもまともに投げられないのだ。幸い、平泳ぎは問題なし、クロールも完全ではないけれど大丈夫だった。背泳ぎはやらなかったけれど、残念ながらバラフライは腕が回りきらずダメだ。しかし、まずまずの回復ぶりで、これならほぼ元通りに近く回復するのではないかと一安心だ。

今夏の長女の目標は・・・5m泳いで現在の1グループから2グループに上がることだ。僕も今の長女と同じ3年生の夏に友達の親戚の家に逗留した時に町営プールか何かで泳げるようになったようにように記憶している。結局あんまり上手にはならなかったけれど・・・(2010,7,22)

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