11/05 中野

中野2010:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

久しぶりに中野の実家に泊まる。義父の葬儀のためである。

時間のある早朝、子供たちを連れて廃校になってしまった僕の卒業した旧仲町小学校を訪ねる。卒業して36年も経つのに使ったことのない校舎は一棟のみ、耐震補強の筋交いの鉄骨と福祉センターに鞍替えした時の塗装は見慣れないものだが、ほぼそのまま学校は残っていた。

子供達に約束していた追分公園にも連れていった。小学校2年の時など夏休みの40日間、一日も欠かさず朝から日暮れまで遊んだ公園である。昼飯は・・・公園の正面にあったお店で買うソーダのアイスキャンディー(今のガリガリ君)だけ、良く飽きもせず遊んだものだ。その後も5年生くらいまではポコペンなどして(缶けりのような遊び)良く遊んだものである。砂場にあるキノコの形の遊具?のテッペンに上るのは男の子の間では一人前のライセンスだった。背の高い奴は4年生くらいで上れるが、大体5年生で上れる。度胸の問題もあるが、僕もキノコのヘリをいじって何時間も行こうか行くまいかとやってたもんだ。(ちなみに30代の頃に営業の仕事で近所に来た時寄って面白半分で挑戦、わき腹か何かがつってしまった・・・笑)義父の葬儀を前に怪我をしたら末代までの語り草になってしまうから流石に上らなかったけれど娘達には手を貸して登らせてあげた。

義父の葬儀・・・祭礼の会社が手配してくれた僧侶は大変徳のあるお経を詠んでくれた。宗派の違いとかには疎いけれど分かり易く、お経ではない部分なのだろうが平家物語冒頭の「祇園精舎の鐘の声・・・」と似た一説があり生ある者滅びる定めから逃れることは出来ぬものと改めて無常感を得られるずにおられない。

下天のうちを比ぶれば夢幻の如くなり 一度生を享け、滅せぬもののあるべきか - 幸若舞・敦盛 - (2010,11,5)

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