11/15 感性

感性:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

一年生の次女の感性にハッとさせられることが多い。大きなポスターを額装するために余片を切っていたら 「この紙使ってイイ?」 というので渡すとしばらく一人で淡々と鋏でチョキチョキやってる。 「ホラーッ、 シッポ」 思わず、こちらも悪ノリして尻尾をつけて夜・・・  帰宅した女房に 「アレェーッ、君は人間のくせに尻尾が無いの? ハズカシイナァ」

ぼくアホです”以来、次女が気分で書き散らすキャラクターのファンである。どうでもいい裏紙に描くことがほとんどで(何故かきちんとした紙に書いたのは愉快じゃない)、いわばゴミになってしまう絵を丹念に保存してる。長女は口が立つし屁理屈もこねるし最近では言い負けてしまうくらい口語表現に長けているが、次女は長女に比べれば言葉が拙く思ってることを上手く言葉で表現できないようなところがある。人それぞれ脳の回路は違うのだろう・・・ タカラガイのゴマちゃんもそうだったが気分を即物的に表現する能力には恐れ入ってる。

次女は 「何で皆、笑うんだろう・・・おかしくしているわけじゃないのに・・・」と言うが、この子の人を食ったようなキャラは素晴らしくて(親ばかではなく、客観的に)先般も、義父葬儀の際に係の人が寝巻をお棺に 「お納めしますか?」 と尋ねて誰も返事を出来ずにお見合いしていると 「お納めください!」 と大きな声でキッパリ答えてしまい・・・一同一瞬唖然、その後大笑い・・・悲しい場面の思わぬ大笑いなのだが、本人は大まじめなのだ。お経を聞いてれば寝てしまうし(苦笑)、僧侶の命で一同 「南無阿弥陀仏・・・」 を唱えると、次女が大真面目に独特の抑揚でやるものだから周りは困った・・・

ガッコウを出て就職したプラスという会社では、当時”感性”という言葉が大手を振って社内を闊歩してた。僕は三流私大出だったが同期入社諸君は所謂ピカピカの一流大学出ばかりである。彼らとは入社前にも顔合わせしてたから「おのおの方、なかなかデキるナ」ってなもので、負けてはならじと一世を風靡してた博報堂生活総合研究所の本など読み漁って理論武装、せいぜい気張って入社して「ある調査に依れば・・・」なんて一席ぶつと・・・「ああ、セイソウケンのデータだろ」と軽くいなされたりして(苦笑) セーソーケン?成層圏? 博報堂生活総合研究所は略してセイソウケンなのであり、当時のプラスはそういう冴えたアタマのイイ連中の独壇場で、僕は思わず荷物をまとめて研修所から帰りたいくらいだった。

プラスという会社を文具家具業界トップにまで育てた経営者の今泉氏も当時は若く(今の僕と同じくらい)、やはり”感性”なる言葉を連発していた。しかし、僕はだんだん”感性”という言葉の使われ方に違和感を感じるようになる。勢いのある会社だったから議論も多く何かと言えば「感性がない」「感性が鈍い」などという科白が飛び交う。でも本来感性はおのおの違うものだし多いの少ないのと量的に論じるものではないはずで、人間の下部意識にある”個の感性”が何ら何人からの批判や卑下される対象であるはずもない。つまり、ゲージュツでもない所詮モノ売りの営利活動に大げさにも”感性”を言葉のお遊びで持ち込むもんではないし、好き嫌い、ウケるウケないで充分だったんだろうと思う。故に・・・”感性”の印籠をかざしてブイブイ言ってた輩は、今度は科学(まあ・・・マーケティングという奴ですな)を持ってきた連中に駆逐されてしまった。

上部意識たる理性が克つのは・・・ずっと後で宜しい。娘達のその感性はそっと大事にしてあげたいものだが・・・バスケットの後、次女はビシッとセンシティヴなメモを渡してきた

うんどうのやくそく
1、人のあしをけらない
2、ずるをしない
3、みんなのきもちをかんがる。(考えるの間違いだろう)
4、これまでのことのルールをまもる

はいはいはい・・・いい歳こいてもう少し理性的になれとの御小言・・・僕の精神年齢は・・・6才以下と見える。ムキになっちゃうんだなあ・・・感性以前、本能のまま (2010,11,15)

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