05/22 無残! 帆船 Cutty Sark 焼失

帆船カティサーク:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

5月21日昼頃、(現地未明頃)、英国グリニッジで保存されている帆船、カティーサークが火災で全焼した。

汽船が帆船に代わって主役となるのは19世紀末のことだが、季節風を捉えて長距離を行く帆船に比べて石炭を大量に積まなければ長距離を行けない汽船が帆船にとって代わるとは当時誰も考えなかったそうである。帆船が最も活躍した華やかな場面といえば中国からのお茶の輸送である。しかし皮肉なことにテークリッパーとして建造されたカティサークが進水した1869年にスエズ運河が開通、帆船は無風のスエズ運河をゆくことができなかった。一方の大西洋では1838年にシリウスが初めて汽走だけで19日かけて大西洋を横断、1850年代にはサミュエル・キュナードが6隻の船で週一回のリバプール・ハリファックス間の定期運行を始める。まだ、季節の良い帆走のスピードに及ばないものの、時間が決まっていることは、特に郵便輸送には何よりのメリットだった。こうして帆船は汽船に主役の座をとって代わられる。

カティサークは最速の帆走性能を持ちながらティークリッパーレースには勝利できなかった。1872年の紅茶輸送競争は有名で、終始他の帆船を大きくリードしながら舵を壊してサーモピレー号に敗れたのである。しかし紅茶から羊毛に積荷を変えたウールクリッパーレースでは豪州英国間のスピード記録も作り最速の帆船の称号を手中にする。帆船の時代が終わり、カティサークは船主を変え船籍も英国から離れるが1922年再度英国へ帰還、以後練習帆船としての使用などを経てグリニッジで保存されていた。

この日記の海王丸のところでも書いたが、今後もどんなに時代が下っても帆船が無くなってしまうことはないと言われている。とにかく船の保存というものは大変で(飛行機はもっと大変らしい)そうやって大切に保存していたカティサークがなくなるのは惜しい。第一、僕はまだ英国にいったことが無いし、カティサークも見ていないのだ。船の保存といえば・・・氷川丸の行く末は少し安心だが、アメリカの"S.S. United States"の保存運動はどうなってるのだろう・・・

それにしても返す返す・・・残念である(2007,5,22)

(後日加筆:幸い鉄の構造と改装中で保管してあった艤装品や備品は無事で再建をめざすらしい)

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