12/19 法事 岩井にて

湾岸道路2010:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

10月末に旅立った義父の七七日、納骨で茨城の岩井まで行く。出不精な僕にとっては久しぶりのロングドライブである。7時に横須賀を出て、金沢八景の幸浦から湾岸へ乗る。ディズニーランド目当ての渋滞は早くも有明からだったので浜崎橋に逃げて箱崎から6号を北上、娘たちに大うけのスタルクのウンコ(アサヒビールのホールの上の炎のオブジェ)と初めて間近に見るスカイツリーをかすめて常磐道。ベイブリッジ、つばさ橋、レインボーブリッジと三橋を乗るゴージャスなドライブに一同満足。

守谷PAで休憩。B級グルメブームで屋台は繁盛してるが、僕に言わせりゃ500円とか1000円でB級とはちゃんちゃらおかしい。値段はA級だ。僕が買ったのは8本入り262円也の茨城限定うまか棒。これは・・・大あたり。フツーの納豆味なんか霞んでしまう。少しだけカラシが効いてるので子供たちはギブアップだったが旨い。守谷のB級グルメのチャンピオンはどう考えててもこれだ。

岩井という土地、関東に住んでいる方でも、”岩井”と問われて場所が分かる方は少ないだろう。鉄道の駅がないし、インターもない。名産はレタス。現在は平成の大合併で旧岩井市は坂東市となった。といっても地味なので・・・何といっても有名なのは平将門が関東一円の支配の政庁を置いていたことだ。てな縁で我が家では女房に実家から頂く、とても堅い将門煎餅をいただくことが多き。野田周辺は関東における銚子と並ぶ古くからの醤油の名産地だから、自慢の醤油味の堅ぁーい煎餅だ。

あいにく、平安時代中ごろは興味が薄く平将門という人物の文献に触れたことが無いが、京都にあった朝廷が坂東(箱根以東を指す)に強いた圧政に(結果的に)一矢報いたのは、後世の奥州藤原氏、鎌倉幕府の頼朝、果ては関八州を手中にした家康に大きな影響を与えたことには疑いがなかろう。つまり、遠方にあることを却って善しとした好例になったわけだ。

将門といえば、丸の内の三井物産隣に将門の首塚がある。史上初めて晒し首になったという将門の首が飛んできた地とされる。ところがこれが噂話で済まされて無いのが三井物産である。いまから15年程前の話だが、仕事で三井物産に出入りしていたことがある。仕事相手の女史が教えてくれたのだが「見てごらんよ小野寺さん。物産ではネ、将門の首塚に背を向けて座らないのヨ」・・・なるほど、若干はそのルールに沿わない席も見受けたけれど、基本的には背を向けてない。何でも、昔祟りがあったそうで、その頃でも物産の社員が首塚の清掃をしていた。法事と会食を終え、義兄の車と連なって家路に着くと・・・途中で急にお買い物。納骨でお墓に入られた義父は岩井に行くと必ず将門煎餅を買ったという。無き義父の供養・・・義母が将門煎餅を購入。

12月初め、義兄の家に孫誕生。親族のアイドルだった当家の娘達は従兄叔母に。義父は曾孫を抱くことなく旅立ったが、こうして新たな時は紡がれてゆくのだ・・・僕の余生はともかく(笑)、このしんどいリレーがいつまでも続かんと祈る (2010,12,19)

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