01/04 いい人 どうでもいい人?

葉山・富士山20110105:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

朝から葉山。富士山が綺麗だ。長女は理科でいくらか天体のことでも習ったのだろう。あれこれ訊くのでついつい脱線、水金地火木土天海冥を「水金地火木ドッテンバッタン」と教えて大笑い。今は水金地火木土天冥海のはずだよ・・・と補足したら・・・ちょっと気になってしらべてみると、世界天体会議とやらで冥王星は惑星でなくされてしまったそうで現在は”水金地火木土天海”だそうだ。3だった円周率が3.14に戻ったり厄介な話である。ふと思い出して、筒井康隆の”到着”という短編の話を聞かせる。そう、たった数行の短編・・・ぺちゃ・・・ぺちゃ・・・次々と地球もその他の星も落ちてつぶれる。みんな一団となって落ちてる途中だったのだ、というお話だ。たしか初期短編集の”にぎやかな未来”に載ってたと思う。今、皆で落ちてる途中、海冥だろうが冥海だろうが海.であろうがどうちらでも良いこと(笑)、シュールレアな筒井文学、唯野教授あたりがかったるくて読まなくなってしまったが、時に超刹那的な結末で失笑をもたらす筒井作品は第一級の日本文学だと思ってる。ブンダンもご苦労なところらしいが・・・

もう5年振り以上になるが、午後、昔の同僚K君からメールをもらった。ヒマな時に電話でも・・・とのことで懐かしく電話すると、あちらもいっぱしの管理職で身につまされることも多いらしい。お互いブイブイ言って肩で風を切ってた頃とは違う(苦笑)

季節はずれの海岸物語というテレヴィドラマがあって、片岡鶴太郎さん演じる圭介が、亡くなった古尾谷雅人さん演じる和彦に「お前いい加減にしろよ!いい人ってえのはどうでもいい人ってことなんだゾ!」となじられるシーンはなぜか印象が残っている。ちょいと、ドラマとは意味合いが違うが、土台、概して可も無く不可も無く褒めるとこも貶すこともなけりゃあ”いい人”なのだ。ところが往々にしてそんなどうでも”いい人”に勘違いして”いい人”を演じてしまうから性質が悪い。

聖人君主でもあるまいに一億総いい人だらけだから、息苦しくなってきて・・・果てはエビゾウ事件じゃあないが、事あらば、まるで正義を背負って立つようにしくじりを総スカンだ。「溺れてる子犬の頭を棒でたたくようなことをしちゃいかんわなあ」一介の商人たる僕は極めてノンポリティカルだが、金丸信さんが何かの時に言ってたことをいつも心に留めている。いい人はいい人を貫いてもらいたいものだ。僕は・・・降りる。K君と話してて、妙に物分りの良い、優しく、気を配り、事あらば丸く収める”いい人”・・・それはシンドイ事と同感するばかり。人間なんだから

ペニーレーンでバーボン 作詞・作曲 吉田拓郎

みんなみんないい奴ばかりだと
お世辞を使うのがおっくうになり
中にはいやな奴だっているんだよと
大声で叫ぶほどの勇気もなしに
とにかく誰にも会わないで
勝手に酔っ払っちまった方が勝ちさ
そんな時僕はバーボンを抱いている

筒井康隆さんの断筆宣言ではないが、この名曲も差別的な言葉が使われているとして、名盤”今はまだ人生を語らず”はCD未発売のままである。ソニーも”ペニーレーンでバーボン”をカットして発売しないし、拓郎ご本人もそうする必要が無いと考えてるらしい。初めてこの曲を聴いたのは75年のつま恋がNHKの7時のニュースで流れた時のことだった。その頃は、僕は何も知らないガキで、母と二人で字余りで早口言葉のような歌に大笑いしたもんだった。

”いい人”と勘違いされていい気になること無く、むしろ宜しくないことと自らを律したきものである。五倫・・・仁、義、礼、智、信・・・元旦に続き・・・自戒 (2011,1,4)

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