05/14 おたまじゃくし

観音崎・おたまじゃくし20110512:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

冬にたくさんのカエルの卵を見つけていて、「おたまじゃくしになった頃に来よう」と言いながら、なかなかタイミングが合わずに気になっていたのを検分に行く。こんな光景は、今でもちょっとした郊外の住まいであれば普通に見られるものだろうが、僕が生まれ育った東京中野の南側では見れるものじゃあなかった。夏休みになって母の自家の山形に行く頃はすっかり元気なカエルになってるわけで、足の生えたおたまじゃくしは、たまにゲーノー人の葬儀などが行われている宝仙寺の臼塚(山門入って左手の石と臼でできた塔、この底部が池になっている)で見た記憶があるくらいで、本物の自然環境の下の足の生えたおたまじゃくしは生涯二度目の観察になる。

テレヴィや写真で見るのとは違う。思わず”おたまじゃくしはカエルの子 なまずの子ではあるまいな・・・”と口ずさんでしまう。娘達は(僕のような新宿の高層ビル街が遊び場だったバリバリの都会っ子ではなく)横須賀の子だから、何ら躊躇せずおたまじゃくしを捕まえては遊んでいる。今日は・・・手の生えているのはいなかった。

ところで、おたまじゃくしの歌、権兵衛さんの赤ちゃんやおたまじゃくし、果てはヨドバシカメラの”まあるい緑の山手線、真ん中通るは中央線”まで、日本では替え歌がたくさんあるけれど、原曲は19世紀に作られたゴスペルで、これが南北戦争の時に北軍の愛唱歌”リパブリック讃歌”になった。何かの映画でトランペットソロのスローテンポの演奏があったのが印象的だった。

こんなにおたまじゃくしがいたら、もっとカエルだらけになるのじゃないかと思っていたら(もっともこいつは冗談ではなく数年間住んだ石神井公園では池沿いの小道はスリップ注意になるほどだった)、女房に言わせれば、昔勤めた幼稚園で近所からもらったおたまじゃくしを飼ったことがあるそうで、何でも手足が生えてカエルになるところで淘汰される率が多いのだそうだ。しかしまあ、おたまじゃくしというのは何とも可愛らしい生物である。(2011,5,14)

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