06/12 片岡義男

片岡義男の本:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

朝から娘達の教会学校の随伴。今日はペンテコステ、聖霊降臨節。キリスト教も含め宗教に身を委ねるほど敬虔な精神を持たないが、月に幾度か聖書のお話に耳を傾ける時間があることは悪いものではない。

80年代、十代終わり頃、書店の書架に並ぶ先から購入して読んでいたのが片岡義男さんの本だ。赤い背表紙に白文字、角川文庫の片岡義男を手にすることで幾分かの高揚感を得たものだった。フツーの高校生だった僕にとっては、小説の登場人物たちはせいぜい一回り前後しか違わないのに随分とアメリカナイズされたオトナだった。

このところ、書店に行っても手にとってみようという本や雑誌がない。思うに、出版社や書店が想定する購入意欲盛んな年代、暮し向きのターゲットから外れたところにいるのだと思う。それが証拠に、古書店に行くと読みたい本が幾らでもある。古書店に足が向くようになったのは娘達がコミックの図書館代わりのよに気に入ってしまったからで、時間があればせがまれて足を向ける。

今では、角川書店も路線変更著しく、一世を風靡した片岡義男も全部絶版だそうで、古書店でしかお目にかかれない。何の気になしに手にとって数行・・・その言い回しは飽きるほど読んだ懐かしいものだ。メッセージや意味は希薄で、むしろ本を手に取ることに費やす時間そのものが一種のカタルシスであることに気付かされた。

片岡義男の描くライフスタイルは、それがファインダーに切り取られたような生活の一部なのだろうと割り引いても、ある人間の生きようとしては完成度の高いものだろう。ストイックだ。 問題は・・・片岡義男の描いた世界にはショーやサリンジャーのペーパーバッグはあったとしても片岡義男の角川文庫などとてもありそうにないところである(苦笑) 2011,6,12

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