12/06 九九 (やれば出来るの通信簿)

観音崎20111206:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

天気の良い日曜の午後あたりは観音崎の山の上は心地よい散歩道だ。長女のラジオフライヤーの三輪車を買ったときもこの辺でスピード出したっけなあ・・・林が途切れるごとに海が見えるというのは、一望丸見えも気持ち良いものだろうが、チラリチラリもまた風情のあるものだ。スカイツリーが見えるという案内板があったので目を凝らしていると親切な紳士が「年に何回しか見えませんよ」と。

二年生の次女はいよいよ二年生の算数の最大のヤマ場、九九の真っ最中である。長女は磯野カツオ君のようなお点をいただくことなく何事もコツコツと着実にこなしているが、次女は万事個性的なところがあって算数が大の苦手である。苦手な算数で少しくらいは楽をさせたい・・・そんな思いで九九は授業が始まる2-3週間前から取り組んでみた。最終的にどうなるかはわからないが八の段を終えて出来ましたシール獲得はクラスで単独首位のようだ。当然、家族一同、驚きもあって心底褒めちぎる。これをきっかけに大いにドーパミンを分泌してモチベーションのかけらでも得てくれればと思うのだが・・・

「やれば出来ると言われ続ける永遠の大器晩成型」は僕のキャッチフレーズだったのだが、”やれば出来る”ってえのはいろいろと聞くところによれば、褒めるところがないと先生は通信簿にそのように書くのだとか(笑) 小学校、中学校とずっとそのように書かれたから、オール3あたりをウロウロするばかりでよっぽど褒めようがなかったのだろう。冷静に考えれば、やれば出来るのは当たり前でやって出来なけりゃ問題である。

宿題があればやっていたけれど、恥ずかしながら小学校から高校まで家で殆ど机に向かったことがなかった。結局は勉強に励むモチベーションがなかったから「勉強しろ!」とどれだけ言われても身につかない。僕の年代は偏差値というやつが最も熱を帯びていた頃で受験戦争と言われた時代だったから、正月に進学塾の合宿か何かをニュースでやっていて、将来のことを聞かれた受験生が「国家公務員上級職に受かり官僚になります」と答えていたのを見てとても同年代のヒトとは思えなかった。そこまで到達点が見えていれば十分、勉強に身が入るわけである。

何でこんな話になるかと言えば、先日たまたま個人的に児童相談所の人と話す機会があって、いろんな雑談から今のような回想をしたからである。とにかく僕の両親は一夜明ければ「今日から塾に行きなさい」という感じで、それが一度や二度ではなかったから、大いに期待して勝手に入塾手続きをしてくる両親も、”行かされる”僕も不幸なものである。極めつけは中三の時で、某有名予備校の”特訓クラス”とやらに申し込んできのは良いが丁寧に選抜試験があるという。数学の問題など・・・問題の意味さえわからないくらい難しかった。それなのに合格した? さすがに「問題の意味も判らなかったんだよ。選抜試験なんてウソっぱちだよ」と父に異議を言うと、さすがに父も特訓クラスの選抜試験に受かったことを喜んでばかりいられず予備校に問い合わせの電話をしてくれた。で、予備校ではすぐに来てくれというので父と行った。その責任者の先生曰く(未だに名前まで憶えているが記しません)「確かに、試験は悪かったです。けれど小野寺君の目には”やる気があった”から合格にしました」 これで親子ともどもいい気になって即入学手続き・・・何とアホな(笑) 結果は・・・凄くレベルが高くてついてゆけず・・・一体、先生の見たやる気の目ってどんな目だったんだろう?

横須賀の某公立中学の入学式直後の父母会で担任の先生が「とにかく何でもいいですから塾に行かせてください」とおっしゃるのだとか。近年の受験事情は承知しないが、要は学校では進路指導まではできませんということで、どこの高等学校を受けるかは塾と相談してくださいということらしい。確かに三年生の担任になって手取り足とり進路指導をして山ほど願書を書いても手当てが出るわけでもないだろうからわからなくはない。受験のことは受験のプロのである塾にお願いしますというわけだ。

小学生たちも半分以上は公文やら塾、進研ゼミをやってるようだ。(恥ずかしながら中一のとき進研ゼミにも手を出してしまった) で、経験者は語る・・・ではないが当家の娘達は望まないので塾やらなにやらには一切行かせていない。自分が嫌だったことを娘達にさせたくはない。きちんと勉学にモチベーションを築いて前向きにやってこれた方は、多分、子供達もきちんとそのDNAを受け継いで塾に励んでいることだろう。どちらもありだと思う。大事な事は、押しつけても身にはつかないということである (2011,12,6)

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