03/30 氷川丸固定説(笑)

日本郵船・氷川丸固定説:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

昨日は臨時休業をいただき、久しぶりに日本郵船歴史博物館と氷川丸を見てきた。よくよく聞いてみれば娘達は氷川丸に乗ったことがないというので、それは我が家の名折れとばかりヤフオクで二束三文で売られてる株主優待券を入手して(4枚、八名分で80円也!)関内一周の小旅行。関内駅から郵船博物館、象の鼻、山下公園、氷川丸、中華街、元町、石川町駅・・・徒歩5時間余りの素敵なお散歩である。

昔とは違いネットに情報があふれる時代なので、何の分野であっても無人の野を行くような史料集めからは開放されて学者と素人の差は縮まってはいるのだろうが、それでも機会あるごとに自分で集めた情報は検証すべきであろうから時間を置いてパブリックな施設に出かけることは良いことだ。特にネット社会では一旦間違った情報が伝わるとコピペやリンクで定説になってしまっている恐れがあるので自分の目と足で確かめることは肝要だ。

日本郵船の戦前の現存史料は、その企業活動規模からすればおおよそ少ないものである。ある一枚の雑誌広告を見つけたとする。それ一枚を純粋に史料として”楽しむ”のは悪くないが、その年にリリースされた他の広告、そのデザインのシリーズ性、内容の背景・・・これらをモザイクのように組み合わせると、その時代の活動が鮮やかに浮かび上がったりするものだ。しかしながら、例えば仮面ライダーカードが546枚あるという全貌が判っていて集めるのと違って、最初に存在する史料の全体像が判っているわけではないからなかなか一筋縄ではゆかぬもので、そういった大きさの判らない欠けたモザイクを埋めるにも博物館といった存在は嬉しい。

もし、これをお読みの方で未来永劫貴方の属する集団が存続すると思うなら、社史編纂のようなものを充実するべきである。それは100年後の後輩たちに計り知れない財産をもたらすことであろう(笑)

さて、娘達に昨日一番良かったことを尋ねれば・・・中華街のブタマンでも随所の売店のおみやげでもなく、氷川丸に乗ったことだという。ヨシヨシ

僕は古い俗説で氷川丸は船底にバラストを積み(コンクリ?)海底と柱でつながっていると思ってはいたものの、階段を上って船に乗るとやっぱり揺れている気がするし、女房と長女に聞いてもやっぱり揺れていると答える。ところが次女は身長が低いせいか最後まで「揺れていない」という。結局、頭の中は???のまま帰ってきたが、戦車研究室というウェブサイトを主宰される管理人さんが2011年5月19日に氷川丸(046-641-4362)に問い合わせたところ海底には固定されていないという正式回答を得たとのことである。さらに、以前にもお世話になった(関西大学の塙友雄先生のタイタニック事故の検証論文を閲覧)関西造船協会会報”らん”に三菱重工の竹田大樹氏が寄せた一文によればドルフィン2本、陸上係船杭3本、アンカー5個で”係留”、暴風の際は海水バラストで着底できるように浚渫されていると記されている。従って氷川丸は揺れている(笑)

1930年就航の客船・・・もう船齢82年である。冷静に考えればこれは国家的遺産ではなかろうか? 一民間企業の日本郵船さんに保存をお任せするには荷が重いだろうし、国を挙げて保存に取り組むべきと思うがいかに? それともやはり将来仕分けされてしまうだろうか?(2012,3,30)

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