06/11 CRAFT MUSICA ギタールシアー高山氏

久しぶりにモアーズの平坂書房に立ち寄る。子供達が児童図書館に行くので、こちらは時間つぶしだ。用があれば平成町のSCの本屋に寄るのでモアーズの方は久しぶりで、どのくらい久しぶりかといえば、3月発売のアコースティックギターマガジンVol.52を今ごろパラパラめくったくらい久しぶりである。平成町のSCの方では置いちゃあいなかったのである。

アコースティックマガジンも創刊から買い続けたが、Vol.41までで止めてしまった。10年前に娘が生まれた時にギターを実家に避難させてから弾かなくなっていたし(ちなみに去年、一念発起してストリートミュージシャンデビューするつもりだったが、そこそこ練習したものの・・・あの大震災で吹っ飛んでしまった。あの時は米とパンを得るのに大変だったなあ・・・しかし、復興は進まないなあ)、ちょっとマニアックだったアコギが結構流行ったりしたもんで、何だか気がそがれたし、何より押尾コータローが登場して「一生かかってもとてもあんなに弾けない」と思ったら気が萎えてしまった(笑)

本屋に行っても、例に依ってそそられる本や雑誌が無い。で、お決まりのようにアコースティックマガジンをパラパラめくると・・・高山さんが出ている!

高山さんは、僕が最後に勤め人をやっていたウィルクハーンジャパンの時に、工場方だった五反田グループの埼玉工場で職人さんだった方で、丁度、僕がウィルクハーンを辞したのと前後して独立してギター制作を始めた。お互い「これから」ってな訳でエールを交換したものだった。

やっぱり、石川鷹彦さんやら安田裕美さんあたりだっただろうか・・・レコードから聞こえてくるアコースティックギターの切なげな音にすっかり聞き惚れてしまった。強く弾けばビビるくらいの弦高にセッティングされていたのか、はたまた当時のイコライジングの所為なのかいいもんだった。思えば、弾いて上手になるよりアコースティックギターというモノそのものに惚れてしまっていたのかもしれない。手は二本、指は十本であることはいつまでも変わらないのに、よくまあ次から次へとギターを買ったもんだ。今はマーチンのEMP1とヤマハのFG-1500しか残っていないが、これは娘達に一本ずつ形見にするつもりだ(笑)

30歳の時、岐阜の高峰楽器が職人を募集していた。問い合わせはしたり、「全てを捨てて岐阜に行く!」  親しい仲間には宣言したものの、結局仕事が忙し過ぎて沙汰止み・・・32歳の時には当時勤めた会社のオーナーシップ交代劇があって不愉快な出来事も多かったのでギター屋さんを開業しようと準備の準備のそのまた準備くらい手をつけたが・・・叶わなかった。誰のせいでもない、人生なんてそんなものである。

高山さんは偉い。一所懸命に拍手。とにもかくにも、20年近くも続く専門誌の連載記事できちんと取り上げられる程に名を上げられた・・・見上げたものである。これからもルシアーとして成功されることを祈ってやまない。

高山さんは決して人あたりの良いタイプでではないけれど、真面目で頑固で一本気な・・・まさに職人肌の方である。仕事を任せられる方だ。 

友がみな我よりえらく見ゆる日よ 花を買い来て妻としたしむ (啄木)

やる気満々にさせられる出来ごとなり (2012,6,11)

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