07/22 JK4 Endeavour ”エンデバー”

先日、ヨットの写真集を買ってくださった建築家の阿部暢夫さんから深夜にメールを頂いた。”今日午後4時ごろ城ヶ島沖でEndeavorと遭遇、ほとんどぶっつかるぐらいに先方がサービスで接近・・・”何だ、何だ、何だ?!朝早く起きてしまって、習慣でメールを見たのだが眠気が吹っ飛んでしまった。何かの間違いだろう?

何と来ているのである。1934年のアメリカズカップ(本当は濁らずにアメリカスカップだが、日本ではどうしても”ズ”が一般的なのでそう書く)の挑戦艇、英国のエンデバーが日本に来ているのである。噂ばかりで正確なことがわからないのだが、横浜ベイサイドマリーナや剣崎、城ヶ島あたりに出没しているのだそうだ。8月中旬までは日本にいて、その後はハワイに向かうらしい・・・

話は19世紀に遡り、1851年に英国のワイト島一周レースで”アメリカ”が圧勝し100ギニーのカップを米国に持ち帰り、後にアメリカ号が獲ったカップで”アメリカスカップ”と呼ばれることになる。英国は七つの海の覇者としてどうしてもこのカップを奪還したい。ということで、ニューヨークヨットクラブに挑戦したのが、最古のスポーツトロフィー、アメリカズカップの始まりである。どうしても勝てない、とうとう英米がこのカップを巡って険悪な雰囲気になった時に、あの”王冠を賭けた恋”のウェールズ殿下の進言を受けて登場するのが、紅茶王のトーマス・リプトン卿である。1899年に初挑戦、1930まで5回挑戦するもののやはり勝てない。しかし、生涯独身だったリプトン卿が莫大な費用を賭けて挑戦したことが「一生涯と全財産を賭ける価値のある」カップという評価になり、今日までその争奪が争われるステータスを確かなものとした。

古くは、クラブ間の私的なレースの色合いが強く(今でも大儀名分はそのまま、国ではなくクラブ間のレースである)、ニューヨークヨットクラブもいつの頃からかこのカップを死守することに執着し、クラブ間の合意を良いことに、かなり地元有利なレースを開催していた。大体において、挑戦艇は自力でニューヨークに帆走するのが決まりで、微風海面のニューヨーク沖で大西洋を渡ってくるヨットとニューヨークの海に特化した防衛艇がマッチレースを戦うこと自体おかしい。リプトン卿も少なからずこのルールに泣かされたが、そうこうするうち、このレースは必ずしも最高の帆走性能を競うレースではなくなってしまいつつあった。あまりに微風海面を狙ったヨットは外洋に出る能力さえ失っていたのである。そこで、1929年、リプトン卿はルールの特殊性の回避と最高の帆走性能を両立させるため、ユニバーサルルールで最も大型のヨット、全長120Jクラスヨット、シャムロック垢妊┘鵐拭璽廛薀ぅ困膨むが敗れる。ニューヨークヨットクラブにとってもスクラッチで勝ったこのレースに自信を持ったことと思われる。リプトン卿は6度目の挑戦を表明しつつ翌年生涯を閉じるが、その遺志を継いだのが、ソプウィス卿だった。

前置きが長くなったが、ソプウィス卿は航空エンジニアだったが、ヨットレースにも長けており、シャムロック垢鮗ら買い取ってレースに出場する。そしてリプトン卿の遺志を継いでJクラスヨット”エンデバー”を建造して1934年、アメリカズカップに挑戦したのである。エンデバーはソプウィス卿の航空工学の知識をふんだんに盛り込んだヨットであり強かった。1983年、アメリカズカップはオーストラリア兇初めてアメリカ国外に持ち出すことになるのだが、それ以前、最もアメリカズカップ奪還に近づいたのがエンデバーであった。7レースで争われたこのレースで先に2連勝したのだ。第3レース、ここで勝てれば、ほぼカップ奪還である。ところが最後のマーク回航で6分以上のリード、もう勝利が目前のとき、防衛艇レインボーをカバーするために風上にタック、無風に捕まり逆転を許す。そして第4レース、エンデバーはレインボーの航路妨害で敗れた。抗議旗を揚げるも抗議が認められなかった。そしてそのまま、レインボー防衛への流れに逆らえなかったのである。しかし、このレース振りをして「英国は海でレースを制し、米国はルールでレースを制す」と言わしめるのである。

結局、第二次大戦のため中断になるまで1930年、1934年、1937年の3回、アメリカズカップはJクラスヨットで争われた。その間、建造されたのは英国米国合わせて僅か10艇である。しかし、アメリカズカップのみならず、広くヨットという意味でも、この全長120フィート超、天を突くような高いバミューダマストを備えたJクラスヨットは、最高のヨットとして人々の記憶に刻まれることになった。第二次大戦の混乱と、その大きさ故、現存するものはいずれも英国艇で3艇、シャムロック垢肇戰襯轡А璽澄△修靴謄┘鵐妊弌爾任△襦エンデバーは有名なセイラーにしてヨットのリビルダー、エリザベス・マイヤーによってレストア、1998年、エンデバーに加え、やはりレストアされたシャムロック后▲戰襯轡А璽世榔儿颯錺ぅ氾腓粒い65年振りに再会した。これがいかに大きな出来事であったか・・・BBCは特番を作った。この特番がDVDになっている。"Return to J's"というDVDである。

ああ、今度の休み、どこに行けば出会えるかなあ・・・(2007,7,22)

2007 blog

ページトップへ