11/19 アメリカズカップをとるために

アメリカズカップをとるために:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

娘達の学校は土曜参観の振替で休み。仕事の合間をぬって観音崎で散歩。観音崎・たたら浜のあたりも護岸整備なって、明治以来の崩れかけた石積みが無くなった。真新しい護岸はそれはそれで宜しいが、調べれば東京湾神奈川県側を湾奥までたどれば、馬堀海岸南側の走水が最後であとは湾奥までたった1mばかりも自然の海岸線は残っていないのだそうだ。浅野・渋沢の偉人コンビが成した京浜工業地帯ってそういう側面もあったということだ。魚釣りの人は判るかもしれないが、東京湾は企業による海岸線支配が強く糸を垂れるのもままならない。海って、近いようで遠い・・・この国では。

アメリカズカップの本を読み漁っていると、このあたりの海との距離感が、自分たちでは海洋民族と思いこんでいる日本人が、本当は根っからの農耕民族である由縁だ。アメリカズカップの防衛艇を5度にわたってデザインした鬼才ナットハルショフ、ある種トリッキーなレーシングマシンからは想像できないヨットも造っている。ハルショフ12 1/2というディンギーで、ハルショフのカップ艇はひとつも残っていなくとも、こっちは米国東部では沢山残っている。

以前、絵本の翻訳をやっていたころ、ロバート・マクロスキーのOne Morning In Main、Time Of Wonderという素晴らしい本に出会った。どちらもメイン州のペノブスコット湾を舞台にしたお話だがマクロスキーの絵にはハルショフ12 1/2らしきものがフツウに描かれている。そうそう、北米に限らずそんな光景は世界中どこでも当たり前で、多くの子供達はセーリングという経験をしてる。

キャプテン翼を読んだ世代が、子供の頃からサッカーボールに親しんで、出るだけで大変だったワールドカップが現実のものになったように、海の生活文化の底辺拡大をしなきゃアメリカズカップなんて夢のまた夢のようである。最後の挑戦からはすでに10数年が経ってしまったが、ニッポンチャレンジのことを認めた著作を読み返すにつけ、やるんなら大学ヨット部の延長ではベクトルが違っている様子だ。

別に・・・自分が乗ってみたい(無理だ!)とか、カップに関わりたいってわけではない。ただ、F1レースに心躍らせたように、4つの車輪で地面を走るのと海を行くヨット、日の丸ニッポンが世界一だったらいいじゃない・・・そう思う。尤も、アメリカズカップもカタマラン艇が使われていて、これが正常な発展か否か大いに疑問で、この状態はかつてのF1ホンダターボエンジンのようにチャンスのようにも見えるもののヨットレースとは言いにくくなってるような気がする。

さて、アメリカズカップの本を読み返して気づいたことを2つ。

昔、日記に書いたことがあるのだけれど、もし日本にカップが来たら、カップレースは城ケ島沖が良い・・・実は、当時のニッポンチャレンジのベースが蒲郡になる前に、シンジゲート会長の山崎氏(SB食品会長)は城ケ島にアプローチしたのだそうだ。がしかし、漁船が多く、島の内側の波も高いそうで適さないのだそうだ。島の上から沖を見れば、サンディエゴのラマ岬のようで良いと思ったのだが・・・

それと・・・、あのデニス・コナーは泳げない! 自著で書いている。驚いたねえ・・・笑   (2012,11,19)

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