01/02 ジェームズ・キャメロンとボブ・バラード

タイタニック ミルビナ・ディーンのサイン:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

あけましておめでとうございます。

僕の仕事に盆暮れ正月はないのだが、流石にご注文も少なく、家人も三日ほど留守なのでタイタニックの映像鑑賞に勤しんだ。去年はタイタニック100周年で大いに期待していたものの、ザッとみたとことろ目ぼしい映像プログラムもないようだったので時間をかけて見ることが無かったからだ。 1985年にボブ・バラード(ロバート・D・バラード)がタイタニックを発見してからもう25年以上、最後の生存者ミルビナ・ディーンさん(上掲写真はミルビナ・ディーンさんのサイン 当社蔵)も2009には亡くなって、いろいろとそれらしい新証言やら秘密は散見されても、”新事実”などもう出ようもなく、100周年といったところでナショジオもディスカバリーもヒスチャも話題性のあるプログラムを組めなかったというのが本当のところだろう。この御三家だけでも今まで数十本のドキュメンタリーを製作しているだろうし、再び3600mの深海まで潜ったところで得るものは少ない。

話は変わるが、一昨年の地デジ移行は僕にとってはエラク迷惑なことで、テレビの録画ができなくなってしまった。元々、映画とかビデオに興味が薄かったせいなのだろうが、ついぞビデオカメラなるものを買ったことがないし、VHSのビデオなんか壊れても不便を感じたことがないくらいだった。多分・・・実際、録画したテレビなんか意外に一度見たら終わりでしょ???(笑) テレビをPCで録画できるようにせいぜい頑張ってあれこれやってたのに、地デジでシステムは全てパー・・・以後、なんとかしようとせず、新しいリモコンの使い方さえ覚えられず・・・でも問題なく生きている。家内もそうだが、ついつい「チャンネル回せ!」・・・今時”回す”チャンネルなんてどこにもありゃあしませんよ。

そんな訳で、BSからドキュメンタリー御三家まで見れる環境にありながら、ケーブルテレビの膨大な番組表を見る根気もなく、見逃したタイタニック100周年は、もっぱらネット動画で見る。実は・・・マークした動画、多分10数本になるけど、まだ見終わってない。ある動画サイトなんかでは45分の動画を見るのに2時間以上かかったりする。サーバーが混んでるのか一旦通しでプラグイン再生してキャッシュしてから再度見ないと見れやしなかったりするのだ。いやはや・・・

さて、まだ最終まで行かぬものの感じていること。とにかく、全般にタイタニックという船と乗客、その出来事へのリスペクトが失せてしまっていることに残念な思いを抱く。例えば、ある日本の放送局がタイアップ翻訳した映像プログラムは酷くて、同時代のモレタニアやルシタニアに比べて古臭い設計であり、タイタニックは船史上無意味だったくらいの趣旨のことをいう。また、別のところではブルース・イズメイを批判されて当然ように扱う。僕が残念に思うのは、多分日本で一番高名な放送局が、事もあろうにそのような偏見に満ちたプログラムを買ってきて翻訳して100周年としたことである。オリジナルの製作者は、そりゃあ思想も違えば立場も違うから一意見として拝聴するばかりだが・・・しかし、この番組を買ってきた放送局の見識には疑念を持つばかりだ。それはそれとして、当段最初に書いたとおり、どの映像プログラムにもリスペクトが感じられず、それは人間の尊厳を軽んじていやしないかというフラストレーションを生じさせてしまった。

そんな中にあって、「やっぱり」と思ったこと。決して内容は面白くないのだが、タイタニック発見者である米海洋学者のボブ・バラード博士の"Save the TITANIC with Bob Ballard"は良かった。それともう一本良かったのは、あのジェームズ・キャメロン監督の"The Final Word With James Cameron"・・・とても大事なことだが、それぞれ共通しているのは”タイタニック”という事実に対する強いリスペクトがその底流にしっかりとあるということだ。非難するのは簡単だけれど、100年前に全長300mの船を造ろうとしたことには率直に敬意を持つべきだろうし、今まさに死の淵が口を開けているところでそれぞれが精一杯とった行動は、こうして平穏に暮らしてテレビを見てる僕たちが批評するにはあたらないと思う。

もう、公開から15年にもなるが映画タイタニックが心を打ったのには製作者にしっかりとした強い意志があったからなのだと改めて感じた次第である。(2013,1,2)


2013 blog

ページトップへ