01/06 電子立国・日本の自叙伝

電子立国日本の自叙伝:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

年末年始、何もタイタニックの100周年のビデオばかり見ていた訳ではない。もうひとつ、ずっと見直してみたかったのは、ご存知、1991年のNHKスペシャル”電子立国・日本の自叙伝”である。全6話は通しで見れば8時間にもなるから大作である。見たことがない方、見たけど良い話だったよなあ・・・と言う方は機会があったら是非ご覧になることをお薦めしたい。高価だがDVDも販売されているようだし、ストリーミング動画でもあちこちで見ることができる。

僕の実家は電気屋さんだった。物心ついた頃はIC時代が幕あけつつあり、テレビの修理などはすでに街場の電気屋の手に負えなくなっていたが、店の隅には大きな段ボール箱いっぱいに古い真空管があったり、テレビの回路図が山ほど積まれてた。今になって、僕が生まれる前の昔話(真空管時代)を父が語るところによれば「当時テレビは高くて買えるもんじゃなかったけれど、秋葉原で”キット”を買ってきて組み立てると安くできるので飛ぶように売れた。メーカーの完成品には物品税がかかったけれど、キットの組み立て品には掛からなかったから・・・」 

という環境に育ちながら、恥ずかしながら未だに真空管やらトランジスタが一体全体どういう仕事をしているのかと問われると何一つわかりゃあしない。そりゃあ、ラジオの電波が何も小さな音になって空中を飛んでいるわけでもなく、微弱な交流電気信号になっている電波をアンテナで受信して直流化する・・・んだろうなあ(苦笑)くらいは判るけど・・・その直流化=整流するのが真空管やらトランジスタなんだろう・・・貧しくもそのくらいしか知識がない。しかしながら、あの真空管がちっちゃなトランジスタになって、それをくっつけてる基盤全体がICになったのがすごいことだったのは電化製品がゴロゴロしてた店で肌身で感じていた。街場の電気屋さんが出来る仕事は減り、店の作業台でテレビがバラされている光景は段々無くなっていった。

”電子立国・日本の自叙伝”はトランジスタ、IC、LSIといった半導体の世界で、米国のベル研やRCA、WS(ウェスタン・エレクトリック)が凌ぎを削る技術開発競争の中に日本企業が乗りこんでゆき、どうやって世界一の電子立国になっていったかという、言わばニッポンのサクセスストーリーだ。

この番組が放映されたのは1991年だから僕は29歳、輸入家具のセールスマンとして清水建設本社やIBM事業所の案件などで千万単位の荒稼ぎをしていた頃だ。僕は結構なマイペース派で朝は一番早く出勤するけど帰るのも一番早くて、夜遅くまで仕事をやるのは性に合わなかったからNHKスペシャルも見ることができたんだろう。それでも、酒場で過ごすことも多かったから全話を見たのは再放送を待ってのことだったと思う。今から振り返れば、奇しくもバブルが崩壊した年であり、もしかしたら”電子立国・日本の自叙伝”を見たこの時にバブルの夢からさっさと足を洗ってニッポンのモノづくりを見つめ直すべきだったのかもしれない。

そりゃあ、円が360円だったりだとか、朝鮮特需だったりだとか、エクスキューズを言えばキリがないかもしれないが、根本的にモノづくりに賭ける気迫が違う。確かに、全6話の最後にロバート・ノイス(LSIの発明者)が言ってるように、日本が発明したものは全然なくて上手に(本家以上の)真似をしただけかもしれないが、一方でこのドキュメンタリーからは当時のモノづくりに賭ける情熱が伝わってくる。未だに企業秘密だったらしくて正確な数字は出てこなかったけれど、その努力は歩留まりにあらわれており、日米のこの分野における歩留まりには天と地ほどの差があったようだし、それを叶えたのは何も科学者や技術者の頭脳だけではなく、まさに勤勉な工員や創意工夫に長けた町工場の職人技だったことがわかる。

新しい自民党政権は10兆円もの景気刺激策を計画しているそうだが、昔のように道路や橋を作ったところで一時の効果に終わるだろう。景気を刺激するのは大事で、これが上手く需要を喚起してくれれば宜しいが、それに応えるモノづくりに励まねば、需要が喚起されても欲しいものや必要なものがないといった状況になってしまう。今改めて”電子立国・日本の自叙伝”を見ると、何だか元気が出るし、ガンバレニッポンという気分になる。

どことは言わないが、このドキュンメンタリーにも出てきた戦後創業の電器メーカーは判り易い。僕は輸入家具のセールスマンとしてこの会社に出入りさせていただいていた。この会社の当時の本社ビルは受付から一歩裏に入ると天井さえ貼ってなくて配管むき出し、先方の担当者さんは「いつでも工場に戻せるようにしてあるんですよ」と笑いながら教えてくれた。また、この会社では創業者の会長さん以下、社員は全員作業着風のベストを着用していて、まさにモノづくりスピリットを一時とも忘れないような社風は大好きだった。(スティーブ・ジョブスがこのベストを気に入ってアップルでも同じようなベストを作ったのは有名) 高価な輸入家具を買ってはくれたものの、生産設備や材料でないところへの出費に対してはシブチンで(手形のサイトが長かったなあ)、本社外の事業所の役員室へ商品を届けると「こんな立派な椅子はいらねえよ」なんて言われることも良くあったし、お付き合いしていて本当に質素な会社だと感じて、本当に良いものってえのはこんなモノづくりスピリットから生まれるんだと勉強させてもらった。  時は流れて、その10年後・・・この会社は変わっていた。僕は別の会社に移っていたが、その会社から注文があるというので懐かしい思いもあって家具を納める現場を手伝いに行った。10年で・・・玄人好みでどこか垢ぬけないけれど高性能な独自技術の固まりだったこの会社の商品は、誰が見ても美しいデザインをまとって華やかなテレビコマーシャルや広告で目を奪うものになっていた。その裏で、家具を納めに行ってみれば豪奢なオフィス、社員はあのちょっとダサいベストを脱ぎ捨てて流行りのイタリアンスーツの裾をさっそうとはためかし、トレンディドラマ(古ッ)から抜けだしてきたようだった。でも、この豪奢でリッチな費用は・・・製品コストに跳ね返るわけで・・・それは華やかな広告や宣伝も同じこと、肝心のモノ作りは大丈夫なのかと・・・昔を知る僕は密かに眉をひそめたものである。ちなみに、この家具を納めに行って以降、この会社の製品は購入したことがない。さらに10年後・・・この会社は大きな赤字を出して社長交代、ニュースを賑わせた。往年のファンとしては復活を願うばかりである。

いいものを作る。こんな基本的なモノづくりスピリットを思い返さなければ・・・これはこの先のニッポンの浮沈に関わることである。僕たちは先人たちが血のにじむような努力で築き上げた経済大国ニッポンの遺産を食いつぶしてしまったかもしれない。本当に良いものなら、テレビが某国製品に敗れ去ることはなかった筈だ。小手先の販売ゲームに浮かれて、肝心の技術や創意工夫、そしてこの手を使ってモノを作ることを怠った。10兆円の景気刺激策もどうか米百俵の精神をもってやってもらいたいし、今一度、それぞれの持ち場で頑張って子供達に素晴らしいニッポンを渡したいものである。”電子立国・日本の自叙伝”は、今だからこそ、そんなことを強く思わせてくれる元気の出るドキュメンタリーテレビ番組だった(2013,1,6)


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