キュナードライン CUNARD BOSTON TO EUROPE

キュナードの客船ポスター CUNARD BOSTON TO EUROPE:四方海話:ポスター販売・Ocean-Note

Ocean-Note, CUNARD BOSTON TO EUROPE : Walter Thomas 1925

ポスター 四方海話 巻弐

1840年の創業にして客船ひと筋、ゆうに一世紀半以上もやっているキュナードだから、製作したポスターを全部合わせれば一千種類にもなるのではなかろうか? もっとも、ポスターという媒体が市民権を得るようになるのはパリでロートレックやスタンランが活躍した1890年代以降、キュナードに限らず船会社のポスターも沢山作られたのは20世紀の声を聞いてからのことだ。芸術の中心地は当時も今もパリで、いわば英国はこの面では片田舎だったから、現代の審美眼で見れば英国企業だったキュナードのポスターは全般に野暮ったい。そんな中で、このウォルター・トーマスによって描かれたポスターは戦前キュナードのポスターで5指に入る名作である。

まずは、このポスターのテーマから。キュナードは当初、英国・ハリファックス間の航路の蒸気船による郵便輸送で成功したが、船の航続距離が延びると米国側の港はボストンになり、最終的にはニューヨーク行が主要航路になった。英国側もリバプールから、ロンドンに近いサウサンプトンに港が移り、20世紀が明ける頃にはサウサンプトン・ニューヨーク線が花形航路になり、大きく速い客船はここに投入され、リバプールからハリファックスまたはボストン行の航路には少し小ぶりな客船が投入された。キュナードではモーレタニアやアキタニアがニューヨーク線、そして第一次大戦終結後、ボストン線のために建造された客船がここに描かれたラコニアである。

キュナードとボストニアンには美談がある。ボストニアンは誇り高く、アメリカ東部の中心地がニューヨークに移り行くのを快く思っていなかったらしく、キュナードの蒸気船のボストン寄港はいたくプライドを満たすものだったようだ。1882年、蒸気船ブリタニアがボストンに入港した際、いよいよ出航が近付くとボストン港に氷が張ってしまった。当時の最先端をゆくキュナード蒸気船の寄港をボストニアンは大切にしており、船長が出航延期を覚悟した時に信じれらないことが起こった。何と、ブリタニア出航のために数千人のボストニアンが港に出てボストン港に張った氷を割って出航を果たしたのである。営業上の利益も望めたのではあろうが、キュナードがボストン線にどうでもいい客船を充てるのではなく、20000トンながらも新船を建造して投入したのは、ボストニアンとの深い結びつきに対する心意気だったのではないかと思う。

さて、このポスターの作者はウォルター・トーマス(1894-1971)、現在のようにイラストが芸術として評価される時代ではなく、トーマスもキュナードのポスター発注先だったリバプールの印刷会社ターナー・アンド・ダネット社からの注文のみでポスター画を描いていたようだ。当時、ポスター画家は職工扱いであり、アーティスト待遇で仕事ができるようになるのは1930年代からである。ちなみにトーマスは息長く仕事をしており、1960年代までキュナードのポスターを描いている。

名作の誉れが高いポスターは複製が作られる。僕もこのポスターのオフセットやジクレープリントの複製品をせっせと輸入して売った。ところが、オリジナルのレプリカの製作に取り組んだところ、広く出回るこのポスターの複製品に大きな問題があることに気づいた。まず、事実としてこのポスターが描かれたのが1930sとなっているのが多いこと。アールデコ様式で描かれたことから誰かが成した解釈が広まったと推察されるが、このポスターの最初の原画はラコニアが就航した1922年に描かれている。新造客船の就航時に広告・宣伝を打つのは当然で、1930年代になってから大掛かりにポスターを製作するのは不自然である。そしてもっと大きな問題は、このポスターの複製品の殆どが何故が縦横比を大きく変えていることだ。オリジナルと比べると縦比が大きく縮められ、船がやたら”どっしり”と見えるのである。

このポスターの1922年のオリジナル版は下部のコピーが”TO BOSTON”となっている英国向け(1)で、コピーテキストの色はグリーン、このグリーンは結構色が飛んでいるものが多くオレンジっぽく見えるものもあるし、同版で再版された可能性がある。もうひとつは下部のコピーが”BOSTON TO EUROPE”の米国向け版で、1922年初版と同色のもの(2)、そして米国版同版で上掲画像、1925年製作の空水色・コピー赤のもの(3)、以上括弧1〜3の3種類の存在が確認される。当然、括弧1〜3は縦横比の違う”どっしりバージョン”ではない。(2)については、オリジナル製作年がはっきりしないが1922年の英国版と同時に作られたと思われる。大きさはそれぞれ約100X65cmほどだ。

以上オリジナル3種は結構高価で、概ね1500ポンド以上、時には5000ポンドの値がつくこともある。では、広く出回ってる復刻品、謎の”どっしりバージョン”は一体何なのか? もしかしたら、本当に1930年代に”どっしり”に作り直されて印刷されたのかもしれない。例えば、旅行会社の社名を入れるために下部に白紙部分を作るため・・・あるいは、船の安定感を示し、20000トンが何となく50000トンに見えるように(笑)そうしたのかもしれない・・・と考えてはみたものの、この”どっしりバージョン”のオリジナル版というものは海外のオークション記録を丹念にあたっても見つからなかった。つまり”どっしりバーション”オリジナルは存在しなかった! という可能性が高い。いつ、どういう事情で、誰が作ったかは不明ながら、復刻版を作るときに”どっしり”にしてしまったのではないかと推測している。しかし・・・何故、本来存在しないと推察される”どっしりバージョン”ばかりが出回っているのか・・・全てを知った今となっては不思議でしょうがない。

客船ラコニアは、1942年、ドイツ潜水艦Uボートに撃沈された。その後、生存者を救出しようとしたUボートを米爆撃機が攻撃、司令官デーニッツは以後、生存者救出を禁じることになる。これが、世に言うラコニア事件であった・・・ (了)

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