02/11 船に手を振る

横須賀鎮守府、逸見波止場跡20130211:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

今日は建国記念の日。2673年前に神武天皇が即位した日である。日本書紀の真偽の程は誰にもわからないことだが、昨日はフィギアスケート、昔を思えば札幌オリンピックのスキージャンプで日の丸が3つ並べばウルウル。サッカーやボクシングの試合前に君が代が流れりゃ低く口ずさむし・・・それで宜しいのではないだろうか? 日の丸や君が代や紀元節がどうのこうの言うよりも、もっと国民が心ひとつにしてこの国に貢献して、子供達に日本を渡すために足元観て一生懸命励むことが肝要である。

2673年前に出来た国(笑) ニッポンは、歴史こそ古いものの面積は世界61番目の小さな国だ。ところが、領海と排他的経済水域の面積では世界6位、領土と領海に排他的経済水域を足すと世界9位の大国である。日本の現在と未来は海にあるし、船がこの国の命運を握っているかもしれない。

おととい、久しぶりにJR横須賀駅横のヴェルニー公園に出かけた。横須賀鎮守府の逸見波止場跡である。向かい側は米海軍横須賀基地だが、基地内ちょうどヴェルニー公園の向こう岸は海上自衛隊潜水艦の泊地になっていて3隻が泊っていた。今から10年程前、長女がまだ一歳ちょっとの頃に肩車で二人、散歩をしたことがある。その時、ちょうど一隻の潜水艦が泊地から出港していった。甲板には自衛官たちが整列してこっち岸を見ている。「手を振ってごらん」と長女に言った。「これから海に出て行くんだから、元気でね、無事でねって」と付け加える。長女は一生懸命に手を振ったけれど、つれなくも自衛官たちは全然手を振り返してくれなかった。何年か経って、この時のことを、親しかった旧帝国海軍から海上自衛隊と潜水艦乗り一筋で退官された方に話した。「そう言うの、艦長の人格によるんですよ」とおっしゃった。

僕が社会人になった頃はまだ週休二日ではなくて、半分くらいの土曜日は出勤日だった。確か14時が終業だった筈だが、こいつが中途半端で家に帰ると大体5時過ぎくらい、そうなるといつも遊びに行くのは横浜だった。当時の土曜日は20〜21時くらいに家を出ると、環七、246、環八、第三京浜、どれも空いていて丁度良かったのだ。横浜大桟橋は寂れていて、車を停めるのもどこでもどうぞ、先端に停めて夜の海を眺めてサザンかなんかをカーステで聞いて・・・こんなんがオシャレだったのだ。日付が変わる頃になると元町裏通りのカフェバーあたりをウロウロするのだが、確か22時半だったか23時だったか、土曜日は東海汽船の船が大桟橋に寄る。竹芝を出港して横浜でもお客を乗せてから大島に向かうのである。その時間が来ると、僕は大桟橋2階のデッキに上がって、出港する船に手を振ったものだ。いくらかは船のデッキにも人が出てるから、手を振り合うわけだ。誰から聞いたわけでもないのだが、船の出港ってえのはそういうもんだと思っていた。

飛行機に乗ると、空港で飛行機が輪止めを外して滑走路に向かう時に、整備員さんが手を振ってくれる。何でも、日本の航空会社だけの習慣らしいとも聞くが、気持ちのいいもんだ。諸説あって、那覇空港の整備士さんが乗客に「また沖縄へどうぞ」という気持ちで始めたともいわれるが、意味合いとしては「整備は完了したので安心して飛んで下さい」というメッセージのこもったお見送りなのだとか。こうしたちょっとした気遣いは美徳だと思う。先般の日記にも登場した日本郵船関連の元船乗り氏からも聞いたことがある。氏は、ご自身もそうだったとのことだが、部下や後輩たちにも「岸に手を振ってる人がいたら必ず手を振れ。子供を見かけたら必ず手を振れ。そうして、皆、海や船や港を好きになってくれる」と厳しく言い続けたそうだ。

この国は、そりゃあ二千六百何十年やってるかもしれないが、船がなけりゃ半月もやってゆけないのだ。願わくば、船が居て人が見えたなら手を振りたいものだ。その船の安航を祈るおまじないみたいなものだし、例えばそれが大桟橋の外国客船であれば、乗客は「日本っていい国だなあ」と思うだろうし、いわばそんな挨拶は・・・船出を祝い無事を祈る・・・本当にいい国の第一歩かもしれない (2013,2,11)


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