クイーンエリザベス2

クイーンエリザベス2のポスター:四方海話:ポスター販売・Ocean-Note

Ocean Note, Queen Elizabeth 2

ポスター 四方海話 巻伍

”オーシャンライナー”という言葉を知らない人も多いだろう。【liner】とは大洋定期船のことで、丁寧に言えば【ocean liner】である。日本では列車やバス、あるいは○×便という意味にも○×ライナーという言い方をするが、これは日本独自のカタカナ英語であり、昔は定期路線の航空機も【liner】と呼んだが今では使われない。いずれにせよ、【liner】は大洋を越える定期路線を行く客船や航空機を指す言葉である。また、日本では大きな客船を十把一絡げに豪華客船と呼ぶが、これは【luxurious passanger ship】なのであり【luxurious liner】と同義にはならない。判り易く言えば、横浜に係留されている氷川丸はシアトル・サンフランシスコと横浜間の太平洋横断定期客船だったので【ocean liner】、飛鳥IIは大洋横断の定期航路客船ではないので【luxurious passanger ship】または【luxurious cruise ship】である。

ややこしくなったが、豪華客船という言葉は1975年のクイーンエリザベス2の日本初寄港の際に初めて使われたと言われる。これが日本でのクイーンエリザベス2やオーシャンライナーに対する認識の取り違えの元である。クイーンエリザベス2が日本に来たのはどんな季節か? と問われれば冬とか春と答えるだろう。20回も日本に立ち寄って冬とか春ばかり、それ以外の時はどこを航海しているのだろう? と思えば、クイーンエリザベス2は通常4月頃から12月頃まで英国サウサンプトンと米ニューヨークを行ったり来たり、北大西洋の英国・米国間の定期航路を航海していたのである。その数、40年間で800航海、平均で年間10往復20航海、北大西洋航路では冬のクルーズ航海無しの定期航路専業で最盛期16〜17往復が上限、これには及ばずも乗船需要減を考えれば驚異的な航海数である。そう、北大西洋航路のオフシーズンには世界一周などのクルーズ航海、その途中に日本へ寄港していただけで、クイーンエリザベス2こそは生粋の北大西洋航路定期客船であった。現在でも質実剛健な英国船である、何をもってそう言ったものか想像もつかないが、クイーンエリザベス2は豪華客船でも何でもなく大西洋のオーシャンライナーそのものであった。

第二次大戦では兵員輸送に大活躍しながら、幸運にもキュナードラインのクイーンメリーとクイーンエリザベスは2隻揃って生き残った。キュナード・クイーンズが軍務を解かれて北大西洋航路に戻ったのは1947年、戦時の酷使で最高速度は2ノット以上落ちたものの、巡航29ノット近くは保てたのでサウサンプトン・ニューヨーク間定期航路を2隻で毎週出航することができた。ライバルは戦没し、スピード競争も無いので平和が戻った大西洋を悠々と行けば良かった・・・筈だったが、新たなライバルは空からやって来た。二度の大戦で急速に進歩を遂げた航空機である。客船で6日近くかかる大西洋横断を、DC6やスーパーコンステレーションは丸半日で飛ぶ。その時、この歴史の必然に気づく人は少なかった。そもそも狭い座席で危険(と考えられていた)な飛行機が優雅な客船の乗客を奪うとは想像がつかず、海を渡り大陸間を結ぶ主要交通手段は未来永劫、船だけだと考えられていた。ところが1958年、北大西洋の客船と飛行機の旅客数が逆転、キュナードラインは収益が急速に悪化する中、やがて船齢30年を迎えるクイーンズの船腹更新を考えねばならなかった。最初は二船を再び80000トン級のスーパーライナーに置き換える計画だったが、乗船需要の先行き減と英政府からの建造助成金拠出中止で計画を変更、クイーンズのうち船齢が4年若いクイーンエリザベスを残し、これと共同運航できる75000トンのQ3(クイーンを名乗る3船目の意)を建造することになり1960年入札を実施、スワン・ハンター造船所が落札したものの、翌1961年にクイーンズの収益がさらに悪化したことでQ3計画はいったん白紙になる。1964年、新たに計画発表、クイーンエリザベスを残しクルーズ航海向けに改装、退役するクイーンメリーの代わりに空調完備・パナマックス(パナマ運河を通れる大きさ)のQ4、後のクイーンエリザベス2を建造することとし、かつてクイーンズを建造したジョン・ブラウン造船所が落札、新船は再びクライドバンクで建造されることになる。

意外にこのことを忘れているが、キュナードラインは何故、北大西洋定期航路にこだわるのか? 時の流れの中で細かい経営方針の変化はあったであろうが、キュナードラインにとって北大西洋定期航路の客船運航こそは社業であり、このことは今後も変わりがないからである。冷静に振り返ればキュナードラインは、貨物船を運航したことも無ければ、1999年に子会社のクルーズ客船カロニアを自社船籍にするまでクルーズ事業をあくまでサイドビジネスとしており、2007年のクイーンビクトリア就役でクルーズ事業に乗り出したものの、現在でも北大西洋定期航路の客船運航をアイデンティティとしていることに変わりはない。船の接頭名称のひとつに”R. M. S.”がある。これはRoyal Mail Shipの略称で、キュナードラインの創業は英国政府から蒸気船による定期郵便輸送業務を委託され、自社船にRoyal Mail Shipの地位を委嘱されたことから始まる。厳しい規則をクリアして英国政府から郵便輸送業務を請け負うことは名誉なことであり補助金も出た。定期郵便輸送なので、定期航路客船にのみにこの接頭名称が許されるが、キュナードラインの客船は2007年就役のクイーンビクトリアより前は全船”R. M. S.”を名乗っている。2003年にクイーンメリー2が就役した時に「わが社がRoyal Mail Shipの運航を停止することはない」と宣言、現在クイーンメリー2の正式名称は”R. M. S. QUEEN MARY 2”、クイーンエリザベス2は”R. M. S. QUEEN ELIZABETH 2”であった。

クイーンエリザベス2は、北大西洋航路の乗船需要がほぼゼロになってゆく中でオーシャンライナーの伝統をたった一隻で34年間守った。キュナードラインの努力は相当のものだった筈である。もはや、人々がロンドンやニューヨークへ行くためだけに客船を利用することは皆無で、クイーンエリザベス2を運航し続けることは不可能だと思われた。誇り高きオーシャンライナーをクルーズ航海に利用することへは社内・船員のアギューもあった。ところが、1970年代後半になるとここに一筋の光明が射した。どんな産業分野にも残存者利益というものがある。一旦は去った乗船客が、少なくとも経営的に厳しくもクイーンエリザベス2が定期運航を継続できる程度には戻ってきたのである。北大西洋航路の定期客船がクイーンエリザベス2ただ一隻になった時、懐古的な思い入れを抱く人々がクイーンエリザベス2に乗って大西洋横断を旅として楽しむようになったのである。皮肉なことだが、実用的な交通路だった北大西洋定期航路が格好のクルーズ航海路線に生まれ変わり、古式に則ったクイーンエリザベス2の船内等級さえも価値を帯びてきたのである。北大西洋定期航路はこうして現代まで生き残ることになるのである。余りにも、前置きが長すぎたが、クイーンエリザベス2を理解するために、この船が北大西洋航路の定期客船だったこと、またその意味するところや意義を考察した。

さて、後世になって振り返ると、例えばフランスの客船ノルマンディーであればカッサンドル、クイーンメリーであればキュナードレッドの背景のもの、客船フランスであればジーン・ジャクリーヌのフランス国旗が背景のもの、名船にはそれぞれ顔となるポスターがあった。40年の長きに渡り孤立無援ながら北大西洋定期航路を守ったクイーンエリザベス2、さも多くの素晴らしいポスターがあるかと思いきや、キュナードライン苦難の時期だったこと、そもそも需要が減りすぎて貼るべき場所がないという珍現象もあってポスター自体が戦前同様には製作されなかった。戦後、ポスターの製作はリトグラフからオフセット印刷に変わって審美的な価値観は軽んじられがちになったものの、無数ともいえる客船のポスターを見続ける目で選べば、ここに挙げる2枚のオフセット印刷ポスターは名船の顔となるポスターに相応しいものである。

一枚は本ページ最上部のポスター、1983年にキュナードラインによって製作されたもので、作者はJ. Olsen。オリジナルの印刷はオフセットである。残念ながらJ. Olsenの詳しい来歴は伝わらず、キュナードラインの仕事以外のイラストワークが残されていないので、キュナードラインの社内もしくはポスターやブローシャーの製作会社のデザイナーだった可能性が高い。日本にも素晴らしい紙モノコレクターは居られるが海外も同様で、70年代から90年代にかけてのキュナードラインのブローシャーをコレクションしている方が居る。今、集めているのではなくリアルタイムで入手したものを永年ご自身が保管しているのである。J. Olsenの正体が判らぬままでいた時に、氏のブローシャーコレクションからこのポスターと同じタッチの表紙を見つけた。サインを見るとJ. Olsen、北米のアートオーショナーのデータベースをあたると、このポスターの作者がJ. Olsenに間違いないことが判った。結果的にJ. Olsenの来歴はわからないままだが、少なくとも作者の特定だけはできた。ポスターの方にはサインが入っていないのである。このポスターが製作された1980年代は、上述のようにキュナードラインがどん底から脱して、新たなる大西洋航路定期客船の乗客を迎え始めた頃にあたる。コピーを見ると、あれほど苦戦した”TRANSATLANTIC CROSSINGS”(大西洋横断)、ニューヨークから欧州へと続いたあと”FOR ONCE IN YOUR LIFE LIVE”、これは80年代前半にキュナードラインが使っていたキャッチコピーで「一生に一度は・・・」くらいの意味、つまり生涯一度は客船で大西洋を横断しませんか?といったセールスコピーである。ニューヨーク・・・でわかる通り、このポスターはアメリカ向けに製作されたもので、我々が思う以上にアメリカ人は「先祖は大西洋を船で渡ってアメリカに来た」という意識が強く、祖父や曽祖父が人生を賭けて渡ってきた海を、同じように船で渡ろうといった意味合いが含まれている。何ともロマンチックな心憎さであり、何より再び大西洋横断で勝負に出たことが判るところに史料的意義を感じる。デザインの出来は素晴らしく、黒背景の格調高さ(実はコート紙のポスターでは手の脂が付くので扱いが大変である)、レトロチックなパリとロンドンの背景描画、カッサンドルのノルマンディーへのオマージュとなっているクイーンエリザベス2の船首、細かく言えば好みはあるだろうが100点満点のアールデコポスターである。まずはこのポスターをクイーンエリザベス2の顔として挙げたい。このポスターのオリジナル、現存数は余り多くは無い。アートオークションに出ることは年に2度もないだろう。しかし・・・価格はお手頃で、運が良ければ100ドルしない。リトグラフとは違い、オフセットものでは、映画ポスターで相場観が形成されているが、客船ポスターでは価値が安定していない。作品の質を考えれば大変価値のあるものと考えられる。

クイーンエリザベス2のポスター2to4:四方海話:ポスター販売・Ocean-Note

もう一枚はウィリアム ・A・スローン( William A. Sloan)によって描かれた1980年ないし1981年の冬季クルーズのポスター。オリジナルの印刷はオフセットである。スローンは、アメリカ人デザイナーでデザイン事務所勤務時代にシーグラムやバンカーズトラスト、そしてキュナードラインの仕事を手掛け、1979年から1982年のブローシャーの表紙を担当しニューヨクアートディレクターズクラブのデザインアワードを授賞、キャリアのスタートを切る。このクイーンエリザベス2のポスターはオルセンのものが大西洋横断航海をテーマにしているのに対し、カリブ海と世界一周がテーマになっており、年代の特定はできないが1982年はフォークランド紛争に徴用されており1979年はスローンが担当した最初の年で評価が定まらなかった筈なので1980年か1981年にデザインをスローン、クライアントをキュナードラインとして製作されたものとなる。どちらかと言えば堅苦しいイメージがある英国企業のポスターが、まるでヴィユモがデザインしたフレンチラインの広告のようにどことなく楽しげだったことにはインパクトがあったと想像される。極めて現存数が少なく、アートオークションに出ることも数年に一度、価値も何も計りようがないもののポスターのデザインの質としては時代を映す素晴らしいものとなっている。

クイーンエリザベス2のポスターは、これ以外にも目ぼしいものが数点ある。1970年代にはコンコルド・レッドアローズとともに撮られた有名な写真のポスター、1994年には改装工事でロイヤルブルーになった船体と地球をモチーフにした背景の有名なポスターがリリースされている。近年ではウィリアム ・A・スローンが描いた1979年のブローシャー表紙のイラストをポスターとして独自に製版・製作して販売しているものもある。どれも、状態が良く楽しめればそれでいいことだが、僕が上記2枚こそクイーンエリザベス2のポスターだと思う理由は別にもある。退役前、クイーンエリザベス2の船内のあちこちに歴代のキュナードラインの客船のポスターが飾られていた。そのうちEデッキの階段踊り場には、この2枚のポスターが額装して飾られていた。モーレタニア、ルシタニア、アキタニア、クイーンメリー・・・これらの名船達のポスターと並んでこの2枚のポスターが飾られていたのである。キュナードライン自身が、これらをクイーンエリザベス2のポスター代表作と認めていた証左だ。個人的なことになるが、子供の頃、クイーンエリザベス2が横浜に初めて寄港した際、夜中に見物に出かけた。夜中だというのにごった返していたのを憶えているが、当時の大桟橋はグランドレベルを歩くことが出来て、ここから眺めたせいで、船というよりはまるでビルのように感じたものだった。憧れの”豪華客船”・・・もう40年近くも前のことである・・・ (了)

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