ノルマンディー

ポスター 四方海話 巻六

今更言うまでもなく、史上最高の名船と言えばフレンチラインのノルマンディーに落ち着く。この船の凄さは随所に書かれていることなので割愛するが、大げさに言えばノルマンディーはフランス文化の結実であり、英国やドイツに遅れをとっていたと思われる工業技術力における実力を世界に示すシンボルだった。19世紀末から過熱していた、北大西洋航路での覇権争いはノルマンディーとクイーンメリーの名勝負で最終章を迎えたといっていいだろう。史上最高の名船と謳われたノルマンディーは1939年、第二次世界大戦勃発と同時にニューヨークに係留され、翌1940年にフランスがドイツに敗れるとそのまま敵性資産としてアメリカに接収される。その最後は非劇的なもので、ニューヨークに係留されたまま兵員輸送船への改装中、宮殿のようだと謳われた大食堂で作業員のアセチレンバーナーの火が山積みの救命胴衣へ引火、火災を起こしてその場に転覆した。戦時中はそのまま放置、1946年、一部解体の上サルベージされ曳航でニューヨークを出港、スクラップとなった。僅か4年半の実働ながら伝説となったノルマンディー、その伝説のほんの一部ではあるものの、ノルマンディーのために製作されたポスターもまた名作揃いで知られる。

ノルマンデイーのポスター・カッサンドルとオヴィニュ:四方海話:ポスター販売・Ocean-Note

Ocean-Note, Normandie, A. M. Cassandre 1935
Ocean-Note, Normandie, Jan Auvigne 1935

1935年。5月にノルマンディーは大西洋航路に就航、処女航海西航で29.98ノットを記録しイタリアの客船レックスから大西洋横断記録最速船=ブルーリボンのタイトルを奪取、ニューヨークへは速度記録の30ノットを表す長さ30mの青いペナントを掲げて入港した。しかしプロペラの相性が悪く振動に悩まされ、10月で航海を打ち切りメンテナンスに入る。この年ノルマンディーのために二枚のポスターが描かれている。
一枚は言わずと知れたアールデコポスターの巨匠、アドルフ・ムールン・カッサンドル(Adolphe Mouron Cassandre 仏 1901-1968)が描いたものである。このポスターの客観的な評価を言えば、客船のポスターというよりも、巨匠カッサンドルの代表作であり、全てのアールデコポスターの代表作、そしてアールデコデザイン全般の代表作と認められている。従って、後世のグラフィックデザイナーやアーティスト達は、事あらばこの船首を見上げた構図を流用し、カッサンドルへのオマージュ作品は枚挙にいとまがない。このポスターは、下部のコピー部分は文字無しでリトグラフ印刷、コピー部分を後から重ね刷り、大きくは7種類ほどのバリエーションが製作され1938年まで使用されている。1935年に文字無しで全部印刷されたのか、それとも文字のあるなしを別にして何度も印刷されたのかは不明だが、ポスターによって背景色が微妙に違っており、複数回印刷された可能性が高い。最初に製作されたのは”VOYAGE INAUGURAL 29 MAI 1935”と処女航海日付の予告が赤文字で入れられたものである。この作品の研究はいずれ機会を見て書いてみたいと思う。長く使用されたので現存数こそ多い方だが・・・オリジナルが10000ドルを下ることはない。サイズは約600mmX1000mm。
もう一枚は、ジャン・オヴィニュ(Jan Auvigne 仏)によって描かれたものだ。珍しさだけならばカッサンドルのポスターの比ではない。余りに少ないので長いことこれがポスターであることさえ疑っていたほどだ。というのは、このポスターでは複製品の購入で失敗したことがあるからだ。ジャン・オヴィニュという人は来歴が全く不明ながら、フレンチラインのことを研究しているとやたらと名前が出てくる。フレンチライン船内ワインリストの表紙や案内ブックレットのイラスト、ポスター、ノルマンディーの冊子のアートディレクションやイラストなどなどだが、推測の域は出ないもののフレンチラインの社内アートディレクター兼デザイナーだったのではないかと思われる。この推測を決定的にしたのはノルマンディーの竣工記念に関係者に配布された冊子、通称”グリーンブック”にアートディレクターとして名前が記されていたからだ。フレンチラインがパリのドレーゲルのような広告代理店などと密接だった記録はない一方で、ジャン・オヴィニュは少なくとも5年以上フレンチラインの仕事をやっている。さて、多方面をあたってわかったことは、まず、このイラストがツーリストクラス(2等)向けデッキプランに使用されていることだった。結局、この大きさにすればB5より小さくらいのイラストが大きく引き延ばされてポスターと称されているのかと思っていたところ、アメリカのアートオークショナーのデータベースでやっとこのポスターを見つけた。ここまでなら良かったがここから先が問題で、実はいつ誰が何の目的でそうしたか判らないが、このポスターは縦横比が改竄されて今日に伝わっており、殆どの複製品は縦に長く伸ばされているのである。ご覧のとおり縦に長く伸ばされており、恥ずかしながら僕もこの改竄された複製品を・・・持っている。デッキプランブックレットもポスターも・・・このイラストの正解は縦に細長くはない。オリジナルは300mmX500mmほど、売りに出れば10000ドル近くまで値が伸びる。

ノルマンディーのポスター・リギーニとブラック:四方海話:ポスター販売・Ocean-Note

Ocean-Note, Normandie, Sigismund Righini 1936
Ocean-Note, Normandie, Postcard

1936年。ノルマンディーのライバルとなるキュナードラインの客船クイーンメリーが就航、8月に西航30.14ノットでブルーリボンを奪われる。1936年のシーズンオフ、ノルマンディーは振動問題の解決も兼ねて元々ユルケビッチが設計した4枚プロペラに換装、加えてボイラーも圧力アップされ振動問題をクリアーする。前年同様2枚のポスターが描かれる。カッサンドルのポスターは文字部分を差し替えて引き続き使用された筈だが、この年新たに製作されたポスターは、前年のアールデコ最先端から一転して保守的なものになる。
一枚はドイツ人の油彩画家、シギスムンド・リギーニ(Sigismund Righini 独 1870-1937)によるニューヨーク入港、チェルシー88番埠頭に向かってハドソン川を上るノルマンディーの図。原画は水彩。リギーニはアールデコやポスターに縁が薄く、専ら印象派の作風に徹した画家だった。しっかりとした基礎のある画家が描くと、商業イラストのアーティストとは違う奥行きのある絵画ポスターになるものである。このポスターは現代の販売業者にかかると不思議なことにアールデコのポスターとなるようだが、これはひとつにその方が売りやすいこともあるが、掛け値なしにそう見えてしまうことによるものだ。なぜそのように見えるかと言えば、これはとりもなおさずノルマディーの持つ、優雅でモダンなストリームライン(流線形)自体がアールデコのオーラを放っていることに他ならない。美しさだけで言えばノルマンディーのポスターのナンバー1である。オリジナルは約600mmX1000mm、売りに出れば6000ドル前後の値がつく。
この年、製作されたもう一枚のポスターは、英国人ポスター画家、モンタギュー・B・ブラック(Montague Birrell Black 英 1884-1964)が描いたものである。ついつい勘違いしがちだが、当時にタイムトリップすれば何もかもアールデコ一色だったわけではなく、このポスターがノルマンディーだからこそ伝わったものの、実は至極普通であるが故に埋もれてしまった水彩原画のポスターは想像以上に多くあるであろうことを思わせる。モンタギュー・B・ブラックのポスターは、この客船ポスター四方海話・タイタニックの項でも紹介のとおり、1912年にタイタニックの旅行代理店向けポスターも描いている。実はこのポスターがノルマンディーのポスターとして列せられたのは近年のことであって、10年も前の客船ポスターの図録などを見返してもまず取り上げられてはいない。かく言う僕も、このポスターの存在に気づいたのは近年のことだ。長いこと埋もれていた理由は今となってはわからないが、ノルマンディーといえばアールデコといイメージが強く、リプリント業者やオークショナーにとっては売りにくかったこと、また偶然にもこれを持っていた人・入手した人にとっては同じ理由で真贋を疑わざるをえなかったということだろうと推測される。これもインターネットによって縦糸横糸で情報が繋がれるようになった所産、この数年で日の目をみる機会を得た作品である。ブラックは、恐らく印刷所の職工さん的な画家だったのではないと推測されるが、客船ポスター以外に英サザンレイルウェイや英LNER鉄道の鉄道ポスターも描いている。鉄道ポスターもほぼ全部・・・海辺の風景のものばかりである。オリジナルは約600mmX1000mm、4000ドル弱。

ノルマンディーのポスター・コランとオヴィニュ:四方海話:ポスター販売・Ocean-Note

Ocean-Note, French Line, Paul Colin 1937

1937年。ノルマンディー最高の年である。冬季メンテナンスによって7月には西航30.58ノットを記録しクイーンメリーからブルーリボンを奪還、機関は絶好調で8月には16万馬力の設計仕様を遥か上回る19万6千馬力、最高速32.7ノットを記録する。自己最高の18往復36航海をこなし37542名の乗客を輸送した。この年に描かれたノルマンディーのポスターも知られているものが2枚ある。
一枚はフランスアールデコポスターの三銃士の一人として数えられたポール・コラン(Paul Colin 仏 1892-1985)が描いたフレンチラインのポスターである。ご覧のとおり、このポスターは上部にフレンチラインの正式社名とロゴマーク、最下部には大西洋・太平洋・地中海の文字が入れられており、ノルマンディーの船名はどこにもない。1937当時のフレンチラインの主力客船はイル・ド・フランスとノルマンディーだったが、ファッションプレート船首(凌波性を良くするブリッジに向かってせり上がっている船首デッキ形状)から容易にノルマンディーと見分けがつく。この世にポスターは無数にあれど、カッサンドルのノルマンディーと並んで、最初に目にした人々を驚かせたことでは右に出るものはなかっただろうと想像される。それほどこの大胆なトリコロールの判り易い背景は衝撃的で、後世に与えた影響は計り知れない。このポスターには、余り知られていない上部のFrench Lineロゴがイタリック体のものが存在する。現存する殆どのものは1933年に制定された見慣れたFrench Lineロゴのもので印刷の質もイタリック体バージョンより良いが、恐らくイタリック体のものが最初のオリジナルで、何らかの事情で途中で見慣れたFrench Lineロゴに差し替えられたと考えている。どちらも欄外のコピーライトは1937年なのである。蛇足ながら、このポスターは1952年頃にアメリカで再版され実際に使用されているが、もちろん、この時にはすでにここに描かれたノルマンディーは存在しない。また、近年では、背景が単純であることから、全く新たに描き直されたオフセットリプリントも製作されて出回っている。オリジナルは約600mmX1000mm、10000ドル超。
もう一枚は、前出ジャン・オヴィニュによるノルマンディーが描かれたポスターである。このポスターは大変判り易い作り方をされていて、下部テキストコピー部分は白紙で製作、文字を入れ替えて使用されている。正確に何種類のテキストコピーが入れられのかは判らないが、少なくとも2種類は確認しており文字が入っていない下部白紙のままのものも現存している。カッサンドルのノルマンディーのようにテキスト後摺りを前提にしながらも、テキスト無しで絵が完結していれば良かったのだが、思い切って白紙にしてしまったために、イラスト部分のノルマンディーの描写が羅針盤を背景にしたロマンチックな素晴らしいものであるにも関わらず、審美的な価値は一段低く見られている。文字部分については”a bord de Normandie”とブルーの文字で大きめに書かれたもの、”SERVICES REGULIERS CROISIERES ET CIRCUITS”(service regular cruises and circuits)が黒文字で書かれたものが見られ、どちらも1937年のパリ万博とのタイアップとなっている。残念ながらこの文字部分は全くデザインらしいデザインは考慮されておらず、これも一段評価が落ちる理由である。しかしながらそこはノルマンディー、アートオークションの相場は5000ドル前後である。サイズは約600mmX1000mm。

1938年。ノルマンディーは前年の好調は続かず、乗船客の減少に悩まされる。ヴェルサイユ体制打破を目指すドイツの再拡大を、ソ連牽制のために黙認してきた米英仏が我慢できず、最早戦争が避けられないと人々は思い始め、船旅を避けるようになったためである。8月、再びクイーンメリーに西航30.99ノットでブルーリボンを奪われるが、以後、ノルマンディーが奪還を狙った様子はない。赤字がかさみ運航継続が精一杯だたようで、この年の大西洋航路を終えるとノルマンディーは旅行代理店レイモンド・ウィッコムの募集で南米リオデジャネイロへのクルーズ航海を実施する。就航から4年目にして初めて、この年ノルマンディーのポスターは製作されなかった。

ノルマンディーのポスター・ハーコマー:四方海話:ポスター販売・Ocean-Note

Ocean-Note, Normandie, Herkomer 1939

1939年。いよいよ開戦まで秒読みになるものの、ノルマンディーはドイツからアメリカへ逃げるユダヤ人の渡航に一役買う。この年、一航海あたりの乗船客は900名を割ったが、その大半がユダヤ系のドイツ人だったといわれる。ビザも無い緊急渡航者に、ノルマンディーの船員が制服を貸してニューヨークの夜陰に逃すと米当局も黙認したといった話も伝わる。8月23日、1100名余りの乗客を乗せ、ノルマンディーはル・アーブルを出航、同28日ニューヨーク入港、141航海目の大西洋横断を終えるとフレンチラインからの緊急電にて出航を見合わせ、9月3日、フランスがドイツに宣戦布告、そのままニューヨークへ係留されることとなる。
この年製作されたのが、ノルマンディー最後となったハーコマー(Herkomer)によって描かれたポスターである。このポスターは世界でたった数枚しか発見されていないもので、8月にはノルマンディーが航海を停止しているので、製作だけされて使用されなった可能性さえある。現存品を見ればロンドンのヒル・シフケン印刷所にて(Hill, Siffken & Co., London) 1939年に製作されたこともわかるが、作者のハーコマーが問題で、一部に英国人画家フンベルト・ファン・ハーコマーが作者との記述もあるがこれは間違い、フンベルト・ファン・ハーコマーは1914年に亡くなっているのでノルマンディーを描きようもなく、推論の域を出ないがフンベルト・ファン・ハーコマーの息子、ジークフリート・ファン・ハーコマーが作者と思われる。ジークフリートはデザイン事務所を主宰していた。英国でこのポスターが製作された理由も不明で謎ばかりのポスターだが、出来栄えは素晴らしくリプリントの人気は昔も今も高い。オリジナルは約600mmX1000mmで、売りに出れば15000ドルを超えると言われる。

以上が客船ノルマンディーのために描かれた7枚のポスターだが、名船故にオフセット・リプリントやジクレープリント・レプリカが数多く販売されている。上記7枚でオリジナルと著しく異なるものが伝わるものは指摘したが、やはり一寸した勘違いがありがちなものを2点紹介する。

ノルマンディーブローシャー:四方海話:ポスター販売・Ocean-Note

Ocean-Note, Ile de France, Postcard

左は1935年のポスターとして販売されることも多い有名なものだが、これはポスターではなく大変素晴らしいノルマンディーのカッタウェイ断面図・ホールディングブローシャー(ブックレット)の表紙である。1935年に製作されたもので、このイラストの作者はアンドレ・ウィルキン、オリジナルは200mmX320mmほどの大きさである。写真製版をすればそれなりの大きさには出来るものである。右のもう一枚は、まれに間違った説明があるもので、ノルマンディーとして紹介されることもあるが、これはノルマンディーの前のフレンチライン旗艦、客船イル・ド・フランスのポスターである。

こうして改めて書くと・・・凄いものである。一隻の客船のために実働4年半で7枚のポスター。当時はまだオフセット印刷の技術は無いので、当代最先端だったリトグラフ印刷で製作されている。今、我々が想像するのとは違って、リトグラフが機械製作できるものでもなく、やはり一枚づつの手摺りだから大変なものだった。ポスターを一枚製作するのに多大な労力を必要とした筈だ。ノルマンディーがただ降って湧いたように生まれた名船なのではなく、このような労力が至る所に注ぎこまれて伝説になったことが判る。戦前のヴィンテージポスターなるもの、その価値観は人それぞれなのでコメントを避けるが、きちんとしたオークションハウスから出る普通のもので、概ね300ドルから500ドル、少し人気のあるもので1000ドルから1500ドルくらいのものである。ノルマンディーは、出ればどれも5000ドル以上、中には15000ドルまで行くものもある。ちなみにタイタニックは年代も古いが破格で30000ドルから上だが、客船ポスターの世界でノルマンディーは、タイタニックの次に人気がある”分野”となっている。 (了)

クイーンエリザベス2:ポスター四方海話 巻伍:ポスター販売・Ocean-Note ポスター四方海話 目次:ポスター販売・Ocean-Note キュナードホワイトスター:ポスター四方海話 巻七:ポスター販売・Ocean-Note