03/21 客船アマデア(AMADEA 元・飛鳥)

客船アマデア(元・日本郵船飛鳥):店長日記・アートポスター販売・Ocean-Note

客船アマデア(AMADEA)が本日横浜に寄港。入港は遅れて、仕事からちょくちょく目を上げて窓外を見やりつつ、観音崎・東京湾海上交通センターのライブカメラや大桟橋のライブ映像をチェック(おまけにアマデアのライヴトラッキングまで見て、房総半島を入ったところから追って・・・現代の技術はすごいなあ、最近防犯カメラが犯人逮捕に大活躍だが・・・こりゃあいよいよ悪いことはできない・・・笑)、娘達も「来ないねぇ、来ないねぇ・・・」  16:20、約3時間半遅れ程でやっと浦賀水道を見やる仕事場よりアマデアを眺める。今更言うまでもないことながら、アマデアは1991年に三菱長崎造船所で竣工した日本郵船のクルーズ客船、(初代の)飛鳥である。日本郵船が客船事業に復帰したのは1990年のこと。氷川丸が退役して北太平洋定期航路を閉鎖、合わせて貨物船の乗客サービス(貨物船では12名以下の乗客サービスができる)も含め客船事業から完全撤退したのは1960年のことだった(そうである・・・というのは、僕はまだ生れていない)

客船事業への復帰といっても、定期航路はもう存在しえない訳で、子会社クリスタル・クルーズ社を設立、責任者となったのは後に日本郵船博物館長もつとめられた故・竹野弘之さんである。北米市場に投入したのはクリスタル・ハーモニー、日本市場へは飛鳥、いずれもラグジュアリー・マーケットの位置づけで、クルーズ客船事業への参入は見事に成功した。この辺の事情は成山堂書店“タイタニックから飛鳥IIへ”(竹野弘之著)に詳しい。

北米で3隻体制まで進捗するが、3隻体制によってやや消席率が落ちたこと、日本では逆に飛鳥が満席気味だったことが重なり、北米向け第一船クリスタル・ハーモニーを日本に引き揚げ改装したのが飛鳥II、初代の方の飛鳥は2006年2月に一旦運航停止され、ドイツのフェニックス・ライゼン社に売却され三菱重工横浜製作所で改装、翌3月に改称してアマデアとして再デビューした。以後、バルト海のクルーズ客船として運用され、横浜へは2007年、2012年に寄港、今回で改称後三度目の凱旋帰国となる。今回は、横浜、清水、大阪、別府、鹿児島、名瀬、那覇、石垣島と、まるで日本縦断で飛鳥を各地で眺めることができそうだ。(2013,3,21)

2013 blog

ページトップへ