04/02 客船シープリンセスは見えず

客船シープリンセスは見えず:店長日記・アートポスター販売・Ocean-Note

06:15頃浦賀水道、プリンセスクルージズのシー・プリンセス・・・がこのレンズの方に確かにいる筈だが雨で見えず。この船もカレントポジションがトレースできるので地図で追ってはいたが・・・ カレントポジションによれば浦賀水道入航は予定通り、ほぼ05:45くらいだったようだ。視界は、目を凝らすと水平線があるようなないような、近くの漁船は見えるものの浦賀水道の船は全く見えない。大きさと真っ白い船体に期待して、来れば判ると思ったものの、カレントポジションで06:20くらいになると猿島をかわしていたなので全く見えなかったということだ。勿論8倍の双眼鏡も使いながらだから、それこそ影も形も見えなかった。横浜入港をチェックしていちいち見てみようとしたのは去年からだが、このくらいのお天気だとこうなるのだという良い経験になった。(泣)

折角なのでシープリンセスのことをちょっと・・・総トン数77,499トン、全長261.31メートル、全幅32.25メートル、乗客定員は1,950人は1998年に就航したクルーズ客船である。プリンセスクルージズの客船としてシー・プリンセスの船名は二代目にあたる。パナマックスで世界最大を競っていた時代の適当なサイズのクルーズ客船といえるだろう。

プリンセスクルージズは、旧社名でありブランド名・事業名になっている。調べれば、日本の政党の血脈図か英国王室の系図のようにややこしい(苦笑)が、正式にはP&Oの客船部門とプリンセスクルージズが合併したP&Oプリンセスクルージズという船会社で“P&O”“プリンセスクルージズ”の旧社名二本立てでブランド・事業展開をしており、さらにややこしいのはP&Oプリンセスクルージズ自体がアメリカのカーニバルの傘下にあるということだ。古のJ・P・モルガンのIMMではないが、ミッキー・アリソンはそのうちクルーズ客船の事業を独占してしまうのではなかろうか?尤も・・・海運が国家的事業だった時代とは違い、クルーズはレジャーだから、それが米国資本で独占されたところで昔とは意味合いが違うのだろうが・・・

それはそれとしてP&Oプリンセスクルージズはクルーズ客船に大きな影響を与えた足跡を残している。今日見られるクルーズ客船は、いかにも客船らしかった姿を失ってホテルのような客室の塊が船殻に乗って動いているような印象を受ける。これは客室がすべてAデッキより上のハウス部分に設けられ、レストランやシアター、ショッピングエリア、カジノ、バー・・・公室が殆どAデッキより下に配置されていることによる。このような形式で建造された初めての客船が1984年就航のP&Oプリンセスクルージズ“ロイヤルプリンセス”だった。以後、御存じのとおり、殆どのクルーズ客船はこの方式を一斉に真似ることになるのだ。

クルーズ客船の歴史を正確に知る入門手引書としては、故竹野弘之氏の著書“タイタニックから飛鳥IIへ”という良書がある。日本郵船のクルーズ客船部門クルスタルクルーズを立ち上げた御当人だけあって、内容は非情緒的だが資料としては大変にありがたいものだ。御存命のうちにもっとお話を伺うのだったと後悔している(2013,4,2))

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