9. 氷川丸の積荷

氷川丸の積荷、種牡蠣

まず前振り。1893年、アメリカの大陸横断鉄道のひとつ、グレートノーザン鉄道がシカゴ―シアトル間に全通。小麦や木材を全米から集め輸出して、生糸を輸入して全米へ運ぶ・・・これが鉄道会社としての大きな収益源となるが、そのために必要な太平洋航路定期船の運航の呼びかけに応じたのが日本郵船だった。東部の大都市圏と結ぶにはシアトル発着のグレートノーザン鉄道は他の大陸横断鉄道より条件が良く、太平洋航路の港としてもサンフランシスコ航路よりも短距離になるシアトル航路は魅力的である。但し・・・当然、大圏航路をとるわけで、北緯45度を越えなければならないシアトル航路は・・・地獄とも形容された。最短距離を結ぶ大圏航路は、一般的なメルカトル図法の地図で見れば、赤道から南北へ離れるほど、例えば北半球であれば北方へだんだん大きな弓形へ行って戻る。シアトル航路ではほぼアリューシャン列島をかすめる。

前振りその2。さて、先日見てきた氷川丸、展示コーナー的なスペースは殆ど無くなってしまっていたが、新設された展示ケースの中に、書籍「氷川丸物語」からの引用展示パネルがある。氷川丸の積荷の鮭と鰊のお話だ。上掲の56ページの写真が使用され、「鮭の上に鰊を積んではいけない」というエピソードが紹介されている。そう、塩鮭を日本へ輸入する時に、鰊を鮭の上に乗せると鰊の匂いで鮭の商品価値は無くなったのだそうだ。

今日の新聞に載っていたのが「クマモト」という牡蠣のお話。シアトルの目の前、ピュージェット湾にチャップマンという名のインレット(入り江)があるそうで、そこにクマモトという品種の牡蠣が養殖されている。(ご存知、牡蠣の養殖は、養殖とはいっても種貝をロープにつけたり、海岸に撒いたりするだけ、いわゆる餌を撒く養殖ではない)1910年代に、この地方の原種牡蠣は全滅、北米東海岸から牡蠣を移植するも育たず、日本から持ってきたクマモトが良く育ったのだそうだ。ところがこのクマモト、実は日本でも流通していない熊本産シカメガキという牡蠣だそうで、新たに育てるための、ワシントン州からの牡蠣購入の要請に、主産地の宮城だけで間に合わず、野生のシカメガキを輸出したものだそうだ。面白いのは次で、最初は生きた成貝を運んだのだがシアトルに着いた時には全滅、仕方なく死んだ牡蠣を捨てたら・・・その殻に着いていた種牡蠣が育った! で、この方法が良いということになり、牡蠣殻に種牡蠣を付けて輸出したのだそうだ。シアトルの牡蠣が全部「クマモト」という訳ではないのだそうだが、味が良く高値で取引されるのだそうだ。モンサンミシェルがあるフランスのサンマロ湾でもブロン牡蠣が全滅して日本のマガキが移殖された話を思い出すが、ふともう一度氷川丸物語を読み直すと・・・ありました、ありました。鮭の写真の隣の57ページ赤線部。昭和5年5月28日、処女航海で初めてのシアトル入港、この時の積荷に「種牡蠣58トン」とある。牡蠣の輸出は1920年代からと新聞には書いてあるから、氷川丸就航の1930年にはすでに種牡蠣を積んでいたことがわかる。シカメガキ・・・シアトルでの繁殖は成功した後、輸出はほどなく停止されたそうで、現在では食用として逆に日本に少量輸入されているようだ。DNA鑑定で、亜種ではなく、熊本・有明海の固有種であることが確認されたが有明海では絶滅寸前(マガキとの交雑などもあるそう)で、この小ぶりの牡蠣は現在熊本で「クマモト」復活が研究されている。(追記:2015年現在、クマモトは養殖に成功して毎年少量が試験出荷されている。種牡蠣も毎年、八代湾の漁協に配布されたとのこと。熊本県と各漁協にて産業化が検討されている段階のようである)

今やボーイングとマイクロソフトの町だが・・・シアトルは日本郵船の太平洋航路開設以降、日本人が入植することで大きな都市に成長してゆくことになった。日本郵船が造った町といわれる所以だ。1896年、三池丸に始まり山口丸、金州丸、信濃丸、加賀丸、伊豫丸の6隻体制、さらに1930年、12000t級18ノットの氷川丸、日枝丸、平安丸の就航・・・大戦後に残ったのは氷川丸だけだが、聞けば「クマモト」は牡蠣の女王と称されるそうで、太平洋の女王と謳われた氷川丸が牡蠣の女王を運んだとは何ともロマンチックな話である。そういえば、シアトルのお隣、バンクーバーに住む友人が数年前手紙に書いてきた。「バンクーバーでは牡蠣は誰も捕らないので食べ放題です」と。今でもそうか知らん? 僕が食べていた横須賀の牡蠣は15年前くらい前までは捕り放題だったのに、皆気づいてしまって、今では(水に入らずに採れるものは)殆ど無くなってしまった・・・残念(2008,10,26初稿、2015年加筆)

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