17. BOAC CUNARD

Aero Classics 1/400 VC-10 BOAC CUNARD

海ではなく空の話になるが・・・ニュースは日本航空がアメリカのデルタ航空かアメリカン航空に出資されることになりそうだと伝えている。日本の航空法で外資の出資は1/3以下となっているそうなので身売りする事とはならないようだが、世界第3位の売上高(ちなみに航空会社のランキングは輸送キロの単位で決まるので、それだと15位、3位は売上高である)を誇る日本のフラッグキャリアが外資の出資を扇ぐというのは気分的に寂しい。おとといお客様のSさんとも話したが、何でANAと一緒になれないんだろうと不思議である。尤も、その理由も分かっていて、競合分野が多く、複雑な労働組合を持つJALとはメリットを見出せないのだろうと落ち着いた。イタリア国営だったアリタリアもエールフランス・KLM連合に買収されたし、そもそもかつて国営だったエールフランス、国営色の強かったKLM両社が経営統合したのだから、フラッグキャリアなどという一種古風な考えも経済競争の中では成り立たないのかもしれない。パンナムも破産したし・・・

しかし、JALといえば、あの懐かしき憧れの鶴丸マークが忘れられず、今朝の通勤途上でふと口ずさんでいたのがアテンションプリーズ! もう少し後で見たものかと思ったら、1970年のテレビドラマというから僕は小学校2年である。当時、飛行機に乗ったことも無い割りに羽田で飛行機を見るのは大好きで、展望デッキにあったレストランで、美味しかった記憶はないけれど機内食を食べるもの楽しみだった。

さて、フラッグキャリアが生き残りを賭けたお話の遺産がここにもある。Aero Classicsの1/400ダイキャスト模型、ビッカーズ・スーパー・VC-10、BOAC CUNARDである。528個限定の478番のものとなる。たまたま60年代の客船ヴィンテージ広告資料を探していて見つけたものだ。この飛行機がきっかけで調べてみると1962年から1966年まで、BOACとCUNARDが事業統合をしていたらしき事実を突き止めた。英文ではオペレーションと強調されているのでBOACとCUNARDの両社が資本統合した様子はないようだ。1958年に、大西洋横断における航空機と客船の旅客数が逆転、キュナードを潰したくない英国政府が動いて、簡単に言えば旅客機の簡素なサービスにキュナード流の最上のサービスを導入しBOACを一頭地抜けたものとし、大西洋横断の料金を飛行機と客船で統一し、片道は飛行機、片道は客船という旅の提案をするという主旨だったようだ。つまり、この時点で移動目的の大西洋横断の旅客が100%航空機に乗ってしまうとは考えられず、客船の市場は残ると考えたわけであり、BOAC CUNARDによってフラッグキャリアたるキュナードを生き残らせる一手にしようとした意図があったのだ。しかし、残念ながらそうはならず、客船の時代は完全に終わって、クルーズ目的でしか人は外航船に乗らなくなるのである。大勢の見えた1960年代後半にはBOAC CUNARDのオペレーションは解消される。日本で言えば、日本航空・日本郵船ってなもんであったであろう。それでも、キュナードは存続したわけだから会社の勘定がどうなっているかは知らないが大したものである。特にオイルショック以降は客船の運航は完全に赤字のはずだったのだ。ご存知の通り、かつてのフラッグキャリア、今はアメリカ資本の軍門に下っているが、それでもキュナードはキュナード、この春にクイーンメリー2を見たらそれは立派に伝統を背負った客船の歴史は終わっちゃあいないと思ったものである。

先般、偶然にも、かつてBOACの日本支社に勤務された経験がおありだというお客様が見えて、このBOAC CUNARDの飛行機を見て感心されていた。まさに時代に埋もれたお話で、この顛末を知る人は少ないようだ。しかし、こうしてフラッグキャリアを国で維持しなくても良くなったと考えれば、世界は少しは平和になってきているということだろう。そうフラッグキャリアの使命は有事の際は・・・という訳だからだ(2009,9,16)

ハワイ・カラカウア王の来日【船と港のエッセイ】 CONTENT【船と港のエッセイ】 クイーンエリザベス2のパター【船と港のエッセイ】