04/25 氷川丸物語 2015年新版上梓予定

かまくら春秋社・氷川丸物語

今更・・・恥ずかしながら社会科の教員免許取得者である。ペーパー先生だったから無効だろう。もう30年以上前の話だが、高校の恩師に4年次の教育実習のお願いに伺うと「お前は経済学部なのだから、これを通読してノートを作ること。これが条件だ」といわれ、この後2年間に渡って格闘したのが旧中央公論社刊の「日本の歴史」である。高校時代には良く出入りした社会科準備室の書庫、その頃は気にも留めなかったが「日本の歴史」全26巻! と同社刊「世界の歴史」全16巻はグレーのガラス引き戸のスチール書庫に全巻鎮座していた。それが全てでは無いはずだが、プロの教師のアンチョコはこれだったのである。(笑) ちなみに、勘違いがあるといけないので念のため言っておけば、社会科の教員免許に「専門」は無いので、教員になれば人事上の都合によっては社会科全科目をどれも教えることができなくてはならない。実際には運用上の問題でいろいろな便宜もあるようだが・・・ 僕は、日本史で実習して、指導の恩師も日本史のスペシャリストだったが、日本史の場合、当時は岩波講座「日本通史」などもプロの先生方の頼みの綱だったようだ。学生時代、毎年3度入るノートのチェックを受け、奈良時代と平安時代をまとめた大学ノートは7〜8冊ほどにもなったし、興味はなくとも必修の講義などの時はひたすら日本史をやっていた。

19世紀の客船について調べごとをしている。もうかれこれ三か月もかかっている。蒸気船による定期航路の大西洋横断が始まったのは1840年、初期の競合を終えて、英国のキュナードとホワイトスター、ドイツの北ドイツロイドとハパグ、19世紀の四天王が揃ったのは1870年代だが、この辺りの客船に関する記述資料が少ない。丁度ビスマルク活躍の時期だ。困っていたところに、いつも手の届くところにあって参考にさせていただいている野間恒氏の本の巻末参考文献に中公論者の「世界の歴史13」「世界の歴史14」と記してある。急がば廻れである。どうせ、わからないついでだから良い機会と思い、「世界の歴史」の12巻から15巻までを通読している。ちょっとしんどいのは、1962年当時の著述者の方々は、まだマルクス主義的指向を強く持たれていると見え、物事が革命的観点での論述に傾きすぎている点か。僕の学生時代はオイルショックやら成長の限界やらを受けて、ケインズ反証が盛んに行われた(シュンペーターのいうように、公共投資が純粋に機能しなくなっていたことを肯定せざるを得ない時代である。まあピケティなんかも、基本的にここらが出発点だろうと僕は思っている。まあ、恰好良く言えばマクロってやつでしょうか 笑)頃だったからマルクスっていわれてもねえ・・・それでも書評を見れば中央公論新社になって新たに刊行された「新版 世界の歴史」よりはずっと良いとのことである。ただし、やや経済史的な観点からみると内容が弱いので、改めて帝国主義経済、余剰資本の海外投資といったあたりは追加で資料を探している。いずれにせよ、そもそも19世紀前半に英国政府が郵便輸送を蒸気船に切り替えることに決したあたりの国家事情を掘り下げないと見えないものが多いように僕には思えるのである。好い歳こいて、相変わらずバカをやっているとは思っているが・・・ ケインズといえば、目からウロコのようなお話。ルーズベルトのニューディールがケインズ経済学のお手本ともいわれるが、実はケインズ理論が最も成功した例はヒトラーの経済政策だったそうである。1929年の恐慌から抜け出し、確かに・・・完全雇用を実現している。ついでに、そのヒトラーの公共投資で良く知られるアウトバーン、これを最初にやったのはムッソリーニである。あちこちにそんな論述も見かけるが、ヒトラーはムッソリーニの経済政策を真似したともいわれるのだそうだ。客船の研究で何でそんな方に行っちゃうのか自分でも不思議だが、一つの物事を掘り下げるといろいろな事が見えてくるのも事実である。ムッソリーニの経済政策では意外に軍事費比率は小さく、その公共投資は例えば、客船レックスやコンテ・ディ・サヴォアなんかに突っ込まれていたのである。深い話である。

古い本と言えば、25日配信毎日新聞のニュースに名著「氷川丸物語」の話題が。以下引用

昭和史と軌を一にする同船の歴史を、関係者がつづった「氷川丸ものがたり」が5月に刊行されるほか、同書を原作とする同名のアニメ映画(大賀俊二監督、虫プロダクションなど製作委員会)が製作中で、8月から順次、全国で上映される。 −中略− 「氷川丸ものがたり」は、かまくら春秋社(神奈川県鎌倉市)の伊藤玄二郎代表が企画した。78年に同社から出した「氷川丸物語」を基に、伊藤さんが関係者らに新たにインタビューするなど、大幅に加筆・改稿した。底本の著者、故高橋茂さんは出征中にラバウルでマラリアにかかり、命からがら氷川丸で帰国。復員後、毎日新聞鎌倉通信部の記者として伊藤さんと知り合った。「“命の恩人”氷川丸の本を書きたいんだ」。熱っぽく語った高橋さんは、伊藤さんの協力を得て2年がかりで出版にこぎつけ、船上で記念パーティーを開いたが、間もなくがんで亡くなった。

遺族の理解を得て、氷川丸の物語を改めて世に問うことにした伊藤さんは「戦争を知らない若者に、平和であり続けることの難しさと幸せを考えてほしい。これこそ高橋さんが伝えたかった願いです」と話している。 引用ここまで

写真は初版の「氷川丸物語」である。かまくら春秋の営業員さんと知り合って、初版「氷川丸物語」を売っていたのは以前にも書いている。2006年、氷川丸が日本郵船に戻り改装、2008年に新装公開されることになる。2007年頃、この2008年の新装公開に合わせて、かまくら春秋社は著者の高橋茂さんのご遺族に再版をするべく交渉をしていたが、再版許諾を得ることが出来なかった。当時、ご遺族の権利関係が複雑だったためと説明を受けた。初版「氷川丸物語」は、三崎の倉庫から「発掘」してもらい、ISBNコードもとらぬまま、当時の定価のままで(日本では再版価格維持制度があるために消費税以外はいじれない。むろん、安く売るだけでなく、プレミアを付けることもできないである。古書の方が理に適っているかも)かれこれ100冊近く売った。これにて、在庫はゼロになっていたのである。あの名著、一部の加筆修正はともかく(できることならオリジナル再版であってほしかったなあ)、復活するのは嬉しい限りである。もう、かまくら春秋の営業員氏も退職してつながりはないので、僕も一読者として購入したいと思っている(2015,4,25)

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