09/13 安部総理の辞任

2007年安部総理のポスター:店長日記の写真:ポスター販売・Ocean-Note

安部総理のポスターも外されて、すっかり秋風が吹いている感。昨日は定休日だったが、雨だったので横須賀人文博物館で子供たちと過ごす。市制100周年の企画展、横須賀の近代建築はボリューム的には多くはないが、まずまずの見ものではある。帰宅して3時、民主党は終わっちゃったかもしれないが、国会の代表質問でも見るか・・・とテレビをつけてビックリ!安部首相辞任?てっきり、代表質問でハプニングでも起きたのかと思った。お陰ですっかりニュース番組漬けになった休日だったが、このところのマスコミや日本全体の風潮に、少々疑問を持たざるを得ない。個人的に安部さんの辞任の仕方にとりたてて是非を感じるところもないが、ただ、僕には「寄って集って」と思えて仕方ないのだ。今朝の新聞の社説やコラムも味噌糞だ。確かに肯定的に思える辞任ではなかったのかもしれないが、今回のことに限らず、閣僚の失言問題などを見ても「寄って集って」と思えてならない。マスコミは意見を言うというより、本来は事実を伝える使命があるのだから、コメンテーターやキャスターの発言は一意見であることをわきまえる必要があるし、そういった立場の人が辞めるべき云々の発言も控えるべきと思う。なぜ、こんなことを言うのかと言えば、ペンが剣より強いのは結構なことだが、一歩間違えばペンの暴力に成りかねないと感じているからだ。日本人の民主主義は未熟で、多かれ少なかれ誰もが見出し人間だから、マスコミの言うことが”風潮”になってしまっているように思えてならないのだ。

小学校6年のとき、先生が黒板に”世論”と書いた。「よろん、またはせろんと読むのだが・・・」といって、アメリカは世論の国だといった趣旨の説明が印象的だった。佐藤栄作の内閣支持率は最低が17.3%、田中角栄は10.6%・・・子供心に何でそんな支持率で総理大臣をやってゆけるのだろう?不思議に思ったものだ。その点、アメリカ大統領の支持率は40%でも低いといわれ、40%を切ると、もう次は無いといったところ。確かに世論の国なのだ。日本でも小泉さんは平均で50%を上回る支持率を記録して、党内の支持が決して多くは無い小泉さんが任期を全うできたのは、この高い支持率のよるものだ。そしてそれが国政選挙にも反映され、良い意味で日本も世論の国になって、国民の意思が政治に反映され始めた印象も持つ。しかしながら、これが「寄って集って」になると問題だ。折角、世論が大きな力を持つようになってきたのだから、よくよく考えて是非を唱えないといけない。くれぐれもマスコミが作る風潮を鵜呑みにすることに気をつけることである。

こんな心配をするのは、返す返す、日本の民主主義が歴史的に見て脆弱で未熟だと思うからだ。アメリカは独立戦争、フランスはフランス革命・・・それぞれ支配階級を打倒して民主主義を勝ち取った。日本は・・・幕藩体制を打倒したのは民衆ではない。氏族たちだ。だから、経済史的にみれば、民衆は我が手に生産手段を勝ち取ることができなかった。これは他の国の革命とは一線を画している。民衆が生産手段を勝ち取るのは第二次大戦後だが、これまた自らの手で勝ち取ったものではなく、GHQの財閥解体や農地解放によるものだ。僕は大学時代に、これを「上からの革命」と名づけて、いわゆる市民革命とは違う!という論理を組み立てたものだ。で、要は、そういった歴史的な経緯からして、日本の民主主義が脆弱で未熟だと考えている。従って、今でも一人一人がしっかりとした考えを持てず、ついつい作られた”風潮”に流される傾向があるように危惧しているのだ。寄って集って非難の中にある安部さんにいささかの同情を禁じ得ず、つくづく民主主義のありかたを反証した一日であった。

やっぱり、誰か政治家の発言だったように記憶しているが、今でも名言と思っている。「溺れている子犬を棒でたたくようなことをしてはいけない・・・」  やれやれ、海のポスター屋さんの日記にはふさわしくないものになってしまった。ご勘弁いただきたい。それと、僕は至って普通の人であって、宗教家でもないし、政治団体にも所属しない、ごく普通の無党派というやつである。念のためお断りしておく。(苦笑)(2007,9,13)

(後年加筆:5年後、安倍晋三氏は再び総理大臣になりました)

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