11/27 America's Cup

1934年のアメリカスカップ挑戦艇にして、現存する1930年代の3艇のJ-Classヨットのうちの一艇エンデバーが何故か日本に居ることは以前にも書いた。昨日は昨日で、1995年のアメリカスカップ(正確にはその予選のルイヴィトンカップ)、Nippon Callengeのポスターをお目当てに来店したお客様がいらしたり、このところエンデバーの謎の来日と併せて店ではアメリカスカップの話題が絶える日がない。そんなお客様が見えると僕の話題はひとつだ。ポスターもエンデバーも横に置いておいて、持論である日本のアメリカスカップ奪取構想の話になるのである。僕はヨットオーナーでもなければヨット乗りでもない。オーシャンノートの海というテーマの中にヨットのポスターがあり、それを勉強で見聞きするうちに、ただただ自動車のF1レースに持つ興味と同じように、アメリカスカップというものに強く惹かれたのだ。価値観は様々あろうが、F1やサッカーのワールドカップと同じくらい重みのあるスポーツタイトルであることは疑いようも無い。

さて、「アメリカスカップとは?」と改めてやると長いので別の機会に譲るとして、日本のアメリカスカップ奪取構想というのは、たまたま東京都のオリンピック招致から来ている。簡単に言えば、オリンピックをやるなら、そのお金を使ってアメリカスカップを奪取した方が良いのではないか?という考えだ。まずオリンピックだが、悪いことだとはひとつも思わないのだが、日本ということなら東京、札幌、長野と3回やっているのだし、僕がIOCで票を持っているとすれば、地球的観点で見るなら、東京よりはまだやっていない国でやるべきだと考えるし、日本であれば東京ではないところの方が説得力があるような気がする。ニュースのうろ覚えではあるが、確か招致成功に備え東京都は1000億円をプールしたと聞いた。1000億円あれば・・・アメリカスカップで勝てるかもしれない!こう考えたのである。

アメリカスカップ艇は一艇100億円だとか。これを二艇作らなければならない。さらにトライアル艇も買わなければならない。しかしながら、今年見事にカップを防衛したスイスのアリンギチームでも予算は700〜800億円だったと聞いている。2000年、予選のルイヴィトンカップで敗退はしたものの、日本のカップレーサーはスピードだけなら一番速かったかもしれないといわれている。当時は、クルーの国籍などもうるさかったが、細かいルールは関知しないが、スキッパーの移籍劇を見てると緩和されているようだ。さて、一番速い船を作れる、スキッパーも雇える、これは1000億円、アメリカスカップに使った方が未来のためになる・・・こう思うわけだ。異論もあろうが、首尾良くカップ奪取なれば、次回、防衛の舞台は・・・城ヶ島沖が良いと思っている。海から競りあがった城ヶ島の高台はサンディエゴのラマ岬の上と同じように素晴らしい観戦ポイントになる!そして、日本は海洋一等国として認められる。海の文化が根付く!そして・・・オーシャンノートも潤う???(^^;

こんなことを思うのも、歴史は繰り返す・・・1970年台にF1が富士で開催されるものの、その後F1の文化は根付かなかった。しかしホンダの挑戦でブームが来て、中島悟さんのご苦労も今は昔、日本人のF1ドライバーも珍しくなくなったではないか?サッカーにしても、僕が子供の頃、赤き血のイレヴンなるアニメが流行って、休み時間はサッカーばかりだったものが、いつの間にやら廃れて、キャプテン翼をきっかけにサッカーが大ブームになると、Jリーグが発足して、なんのかんのと言いながらワールドカップに出られる力がついたではないか?僕の考えは唐突かもしれないが、かつてニュージランドの経済相だった方は、オーストラリアのパースで開催されたアメリカスカップを見て、ニュージランドのアメリカスカップ奪取を思いついたそうだ。そしてそれを見事に実現し、ニュージーランドでアメリカスカップを開催し大いなる経済効果を上げたのだとか・・・そう景気浮揚にもなる。ありとあらゆる面から・・・追い風だと思っている。そして、この話をした方には言っている。「いいですか、この話を3人の方に話してください」と。何の力も無い僕だが、結構本気である。ちなみに、”日本再生アメリカズカップファンド構想”なる本も出版されているようだが、僕はまだ読んでない。(2007,11,27)

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