36. 書籍 ノルマンディーに夢のせて

横浜大桟橋・ノルマンディーの模型

殊更、客船の薀蓄を人様に押し付けるつもりはなく、知識や収集を披露して自慢する気もないし、逆にその類の話を聞かされるのは得意ではない。でも何事も淡々と努力されて道を究めておられる方々の生きざまのようなものは大いに参考になるし「かくありたい」と思わされることはしばしばである。

何が、船というものが心を魅入るものか見当もつかぬが、僕はそこにある種の人間臭さがあるからではなかろうかと思う。1966年にビートルズが日本へ来たけれど、羽田に日本航空のハッピを着てビートルズの4人がタラップを降りた記憶はあっても、肝心の飛行機のことは印象がない。チャップリンが氷川丸に乗って日本を後にしたことや大いに天ぷらを食したことは、我々の想像力を刺激して止まないけれど、ジョンレノンが仮にJALの機内食の和牛に舌鼓を打ったとしても、そんなことは話題にもならない。この辺の違いが船にはあるんだろう。

フランスの客船ノルマンディーには、僕も通り一遍ながら強い思い入れがある。西村慶明さんのノルマンディーに関する一文を「栄光のオーシャンライナー」で読むことがなかったら、船のお勉強に時間を費やすことにはならなかったかもしれない。エアーポケットのように、たまたま手に取る機会を得なかった書籍を入手して読んだ。漆島隆志郎氏が執筆された「ノルマンディーに夢のせて」という書籍である。昭和60年上梓の本なので、かれこれ30年前の書籍ということになる。まだ当時は、今みたいに安っぽい本だらけではなく立派な本も多かったとは思うが、濃紺の凹凸の強い平織りのクロスに金押し文字の装丁は素晴らしい。当時の販売価格は3800円だから豪華本! である。内容は漆島さんの客船ノルマンディーへの強い思い入れに気圧されるもので、船舶としてのノルマンディーに関する知識の一助には殆どならなかったが、存在しない客船をまるで船内を歩いたように描写されるのを読むと、きっとデッキプランや一般配置図を暗記するほど諳んじておられるのだろうと想像がつく。

漆島隆志郎さんと言われてもピンと来ることはないだろうが、実は氏は大桟橋に飾られている1/100のノルマンディーの模型の持ち主である。このノルマンディーの模型は丸の内の洋服店に飾られて話題になったそのものであり、大桟橋での展示に関しては、2010年10月の神奈川新聞の記事によれば以下の通り。
以下引用  横浜港大さん橋国際客船ターミナルの2階ロビーに1930年代に活躍したフランスの豪華客船「ノルマンディー号」(約8万3千トン、全長約313メートル、全幅約36メートル)の100分の1大の模型が展示され話題になっている。ノルマンディー号の研究を続け、著書もある漆島隆志郎さん(71)=東京都世田谷区=が17年の歳月をかけて製作した。個々の寝室の調度品を忠実に再現、約700体の乗客はデッキなどでさまざまな表情を見せている。横浜市港湾局も芸術性を評価、客船ファンに鑑賞してもらおうと、豪華客船の“メッカ”に9月下旬からお目見えしている。 引用ここまで

あえて暴露が目的ではないが、僕が知る限りこのノルマンディーの模型は持ち主は漆島さんに違いないが、実は制作者は先の震災で亡くなられた模型職人の宮内晴美さんである。そして詳しい経緯は不明ながら(噂話のようなものは色々と聞こえるが真相は確証なく、記述を控える) 製作者であられる宮内さんの強い希望で製作者を伏せたのだという・・・大桟橋に行けばいつでも見ることができるのはアリガタイことだが、何だか隅っこに置いてあるようでしっくりこないし、地球規模で見ても相当の価値を持つ立派な模型である、大桟橋のロビーはそこそこ面積もあるのだから常設の温度湿度管理された一部屋を作ったらもっと宜しいと思うのは僕だけだろうか・・・(2014,1,31初稿、2015年加筆)

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