13. クイーンメリー2とは

クイーンメリー2・・・マニアックな方はそれぞれ見識をお持ちであろうから、この稿をご覧になっても僕の一意見としてご批判はご勘弁いただきたく思う。今回は、この船が何故特別な船であるか私見を認める。「建造当時世界最大だった」「豪華客船」「洋上の宮殿」・・・大抵そんな接頭文言がクイーンメリー2に付けられているものの、それでは、今は最大ではないし、豪華客船ならゴロゴロしているわけで、あえて大騒ぎするほどのもんじゃあない。結論から言えば、この船のキモは大洋横断定期航路客船=オーシャンライナーである点に尽きる。

どれだけ大きくて豪華な船が他にあろうとも、大洋横断定期航海をやっているのは今やクイーンメリー2だけ、今のところ最後のオーシャンライナーなのである。タイタニックの映画に詳しい人ならジャックが晩餐の場面で「僕の今の住所はタイタニック・・・」というセリフを憶えておられるだろうが、英語では「RMS Titanic」と喋っている。このRMSというのはRoyal Mail Shipの略で、英国の郵便定期運搬船のことを言う。定期航路船は安全基準と一定の性能を満たし、年間の安定した定期運行計画を策定した上、政府と契約し「RMS」の接頭辞を名乗ることができる。そもそも帆船から汽船に時代が移るとき、石炭炊きの蒸気機関船が半月もかけて大西洋を横断すると、客船としてはとても採算がとれるものではなかった。キュナードの創業者サミュエル・キュナードは英国政府・海軍省と掛け合って、郵便輸送業務の契約をとりつけ莫大な補助金を出させることに成功した。国家としても風任せの帆船と違い、その当時、速度は帆船より遅くとも、未だ電話も無線も無い中で決まった日に郵便が届くことに大きな国益を認めたのである。やがて移民が爆発的に増加し、19世紀末頃になると客船は乗客だけで採算がとれるようになるが、RMSの響きは絶大な信用力と補助金の金看板であった。日本郵船だって外国では括弧書きで(Japan Mail)を書いて信用力を誇示したし、逆に外国の客船を日本で宣伝する際は「英郵船」とか「仏郵船」と記すことになる。郵便船の信頼度は抜群だったからである。クイーンメリー2は接頭辞を付けてRMS Queen Mary 2を名乗る。

オーシャンライナーに求められる性能は、豪華さでもサービスでもなく、船の安全性と速度である。すなわち、遊覧船であるクルーズ船とは違い、嵐の中でも港に逃げることなく洋上を行き、かつその速度は概ね大西洋を一週間以内に渡らねばならない。今は飛行機の時代だから、嵐の中の定期横断を経験した方も少なくなってきたが、横浜に係留されている氷川丸が太平洋横断をやっていたころ、台風に巻き込まれた時には船が最大27度傾いたそうだ。船が27度傾けば床と天井は殆ど壁に感じる筈だ。一見、見た目は、ゴロゴロしている豪華クルーズ船と変わらないものの、クイーンメリー2は現代の船の水準で行けば分厚い鋼板を使い嵐の中を突き進めるし、速度は公試運転で29.5ノットを記録、巡航で28ノット強、これは桁外れの性能なのである。船の理論上の速度は水線長=喫水線の長さで決まるが、無限に大きくしたところで採算上も技術上も馬力が追いつかない。かつて大西洋航路に乗客が溢れた時代、つまり船を定員近くまで乗せて採算性と速度を満たすには、全長300m、15~16万馬力、巡航29ノットという数字がはじき出された。この成功例がキュナードのクイーンメリー(初代、1936年-1967年)、クイーンエリザベス(初代、1939年-1968年)、フレンチラインのノルマンディー(1935年-1939年)だ。船の速度は重要なファクターで、乗せる日数が長ければそれだけコストも掛かり料金も上げざるを得ない。船が速ければ燃料費が掛かりやはり経済的に成り立たない。史上最速の客船はUnited Statesという客船だが、軍艦の機関を積んで巡航35ノットを越えたものの、採算が取れたことは殆ど無く、全速で運転したのは最初の大西洋横断往復の時だけだったという。先ごろ引退したクイーンエリザベス2、これがまた桁外れの性能を持っていて、1987年の機関換装後の公試運転では34ノットまで試してまだ余裕があり、その気になれば35ノットを超えることも出来たと言われる。そのあたりの事情を含みクイーンメリー2の性能を見るとお分かりのとおり、この船は、もはや移動目的で乗船する人は皆無なのにも関わらず、巡航28ノット=約5日で大西洋を渡り、映画のタイタニックでも御馴染み、旧き伝統に則り客室の等級があり(戦前ほど極端に待遇が違うわけではないが)、なおかつ、キュナードの伝統である郵便運搬定期船の任を、これまた唯一無二の存在であったクイーンエリザベス2から引継ぎ、そのキュナードの旗艦として君臨しているのである。

キュナードラインはステートメントで「わが社がRoyal Mail Shipの運行を止めることはない」と声明しているがそれは後の事、実は1990年代、クイーンエリザベス2の船齢が寿命を迎えつつあったとき、誰もがクイーンエリザベス2が最後のオーシャンライナーだと思っていた。ところがアメリカのカーニバルコーポレーションはキュナードを買収してクイーンメリー2を作ってしまう。経営者のミッキーアリソンは、タイタニックの映画を観てクイーンメリー2の建造を思い立ったといわれる。そしてあろうことか、クイーンメリー2を建造するためにキュナードを買収してしまったのである。ミッキーアリソン曰く「クイーンメリ-2を作るためにキュナードを買った。その逆じゃあない」(2009,3,5初稿、2015年加筆)

客船史【船と港のエッセイ】 CONTENT【船と港のエッセイ】 船舶という分野、職人腕を競う【船と港のエッセイ】

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