● 1952年 客船ユナイテッドステーツ・処女航海雑誌広告レプリカ 額入りジクレーアート
≪The New S.S. United States, Maiden Voyage July 3 from New York - July 10 from Europe, United States Lines≫
額縁・マットの色をプルダウンにてお選びください
送料無料。お届けはご注文後約7日です。価格にはアートプリントとマット・額縁、全て含まれます
作者名 :anonymous
製作年 :1952
額縁・マット : 木製カマボコ型=12mm、t=1.5mmx2枚ダブルマット、前面1.8mm厚UVカットアクリル(クラレ・コモグラス)
額縁とマット色をお選びいただけます
・黒艶消し額縁 X ブラウン/ライトベージュ・ダブルマット
・白ツヤ額縁 X ネイビー/ライトブルー・ダブルマット
額縁サイズ : 410mm x 525mm
作品サイズ : 272mm x 407mm (内側マット抜きサイズ、表側オーバーマット抜きは282 x 417mm)
当商品は伊勢和紙に顔料インクを用いたアートプリントを国産材料で額装したものです。奥行きを持たせる濃淡色二重のダブルマット仕様です。伊勢和紙は伊勢神宮の奉書紙として漉かれ全国の神宮大麻に使用されています。インクジェットに意欲的で、伊勢和紙アート紙は新たな表現材料として世界中のアーティストに使用されています。マーメード紙程度の表面テクスチャーによる風合いが楽しめ、無酸性紙に顔料の組合せはリトグラフやシルクスクリーンに比べ格段の保存性を持ち、数十年単位の鑑賞に耐えます。画像データに傷や劣化の補修、彩度などの可塑修正を施し、テストプリントを繰り返し微調整して仕上げています
● 1952年 客船ユナイテッドステーツ・処女航海雑誌広告
客船ユナイテッドステーツ、1952年7月3日の大西洋横断処女航海を知らせる雑誌広告です。この航海で客船ユナイテッドステーツは、大西洋横断東航平均速度35.59ノットという今もって破られない不滅の速度記録をたたき出すこととなります。米国内向けの広告なので復航に触れていませんが、復航の西航でも34.51ノットを記録、この処女航海で出した速度記録は客船ユナイテッドステーツ自身によっても更新されることはなく、そして今後も破られることがないと思われ、客船ユナイテッドステーツは史上最速の客船として永遠に名を刻むことになります。
本広告左本文ではデッキプランの要約的内容で船内配置と設備が箇条書きで記されています。中央部は、この船に関する賛辞的内容、右本文はセーリングスケジュールです。誌名は不明ながら、かつてユナイテッドステーツの建造中に「軍事機密」たる船体ラインズの一部が雑誌に掲載されてしまいました。その雑誌は販売中止、回収され廃棄されたそうです。このUSL・ユナイテッドステーツライン自身による広告でも、大衆が噂話に花を咲かせて知りたがっていた「軍事機密」たる客船ユナイテッドステーツの性能については一切触れられていません。とまれ、事後になれば不世出の速度記録をたたき出すことになる航海の予告の意味で大変貴重な史料であるとともに、戦勝国たるアメリカの1950年代の輝きを今日に伝える一級の風俗文化史料でもあります。
さて、客船ユナイテッドステーツの誕生は曰くつきのものでした。時の英国首相チャーチルをして「クイーンズのお陰で戦争が一年早く終わった」と言わしめた大戦中のキュナード・クイーンの活躍でしたが、米国が支払った傭船料は1億ドル、これはクイーンズどちらか一隻を造って余りある金額であり、有事の大型高速客船の必要性を痛感した米国は客船ユナイテッドステーツを建造することになります。客船ユナイテッドステーツの設計上の巡航速度は35ノット、機関は戦艦ミズーリ型と同等の高温高圧ボイラーに蒸気タービンを用いました。(良く言われる終戦で余ったミズーリ型機関の転用は誤りです) 設計者ウィリアム・ギブスによる軽量化・不燃化は徹底したもので、スタンウェイ社はアルミ製ピアノの製作を要求され不燃塗装で了承してもらったという逸話は有名です。7000万ドルもの建造費の6割を米海軍が負担し「高速輸送船」として建造された「客船」ユナイテッドステーツは、公試運転で38.34ノット、営業航海で東航35.59ノット、西航34.51ノットの速度記録を打ち立て、ブルーリボン(大西洋横断最速記録客船の称号)を獲得、客船では後塵を拝してきた戦勝国アメリカのプライドを満たします。クイーンメリーの6割の船体重量に5割増しの機関を積み30ノット近い速度で大西洋を行き来しながら、ほとんど振動に悩まされることがなかったといわれ、就航から1958年頃までは消席率が9割を割ることがなく、乗客数もキュナード・クイーンズに勝っていました。しかし、航空機が急激に乗客を奪ったことと船員や港湾労働者の度重なるストが起きて1960年代に入ると収益が悪化、米国政府も兵員輸送を航空機に切り替える方針を打ち出し運航補助金中止が決定しました。状況打破のために客船ユナイテッドステーツはクルーズ航海を実施、結果的に数度の航海に終わったものの、1969年冬季には太平洋一周クルーズも計画され、これが実現すれば日本に寄港する場面を見ることができた筈です。運航停止後は係留されたままとなり、船齢60年を超えた現在もニュージャージーの埠頭に放置されています。1990年代から保存運動の活動が起き、時には米国大統領がコメントを寄せることもありました
・ 雑感
1952年の6月に打たれた本広告、実はこのカラー版は非常に珍しいもので、かなり広範に打たれたものの大部分はモノクロ版でした。USLは、太平洋のAPLほどでないにせよ国策会社の色合いが強く、宣伝広告の手数自体は多い方でした。1950年代の広告も豊富に残されて現存して売買されていますが、相当に広範に打たれた筈の最も重要な本広告が市場に出ることはまずありません。一見してその重要性がわかるもの故、あらかたコレクターの手に渡ってしまったとしか理解できません。2000年代以降、雑誌の切り抜きに過ぎないヴィンテージ広告の「価値」に火をつけたのは間違いなくルイ・ヴィトンですが、本広告はヴィトンの雑誌広告と同程度に入手が難しいものです (T.O.)
【Maritime Gallery Ocean-Note】
● ジクレーアートプリント・客船 LL/Poster Ocean Liner INDEX
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納入事例
客船ポスター四方海話
船と港のエッセイ 1
船と港のエッセイ 2
【Maritime Gallery Ocean-Note】